第4話「託されし剣」
【カイ=オルランド視点】
神殿の奥深く、冷たい風が吹き抜け、石の床に張り付く苔の匂いが鼻を刺す。
目の前に広がる光景は、まるで時の止まった世界のようだ。
リシェルの一族が代々守り続けてきた聖剣の封印。
その重みを背に、俺は震える指先をしっかりと握りしめる。
剣の刃は、淡い光をまといながらも、まるで俺を試すかのように沈黙していた。
その光が、千年前の伝承を映すかのように揺らめいている。
リシェルは白銀の鎧に身を包み、静かに目を閉じて祈りの言葉を紡いでいた。
その声は、どんな剣戟よりも鋭く、俺の胸に深く刻まれる。
(リシェル……お前は、どれほどの覚悟を背負ってきたんだ?)
「……カイ」
彼女の声が俺を呼び戻す。
翡翠の瞳が、俺を真っ直ぐに見据えていた。
「この剣の封印を解くには、私だけの力では足りない。……あなたの剣に宿る“意志”が必要なの」
震えるような声。
だが、そこに迷いはなかった。
「……分かった」
短く答える。
剣を握る手に力が入る。
この剣は、ただの鉄ではない。
俺が守るべきもの――リシェルの願いを、そのすべてを背負う刃だ。
祭壇に近づくと、冷たい空気が肌を切り裂くように鋭い。
剣の柄に触れた瞬間、心の奥に鈍い痛みが走る。
まるで、この剣が俺を選ぶかどうかを見極めているかのように。
「カイ……心を、閉ざさないで」
リシェルの声が、静かに響く。
その言葉に導かれるように、俺は深く息を吸い込む。
胸の奥に潜む恐怖や疑念を押し込め、ただ真っ直ぐに剣を見つめた。
(……運命だろうと、俺は屈しない)
剣を握りしめる。
刃の冷たさが指先を伝い、骨にまで届く。
その感覚が、逆に俺の心を研ぎ澄ませていく。
「はぁ……あああああっ!」
喉の奥から、無意識に声が漏れた。
それは恐怖の声じゃない。
俺自身を奮い立たせるための、剣士の咆哮だった。
一瞬、聖剣が光を放つ。
その刃に映るのは、過去の幻か、未来の約束か。
視界が白く霞む中、リシェルの声が再び響く。
「……ありがとう、カイ。あなたなら……この剣を、継げる」
その言葉は、俺の心に深く刻まれた。
だが、次の瞬間。
神殿の奥から響いたのは、鋭い金属音だった。
足元の石床が震え、重い扉が軋む音が耳を打つ。
「っ……何だ……!」
振り向いた瞬間、空気が歪む。
黒い影が神殿を満たし、冷たい風が咆哮を上げるように吹き抜けた。
「来たか……闇の使徒どもめ」
リシェルの声が低くなる。
その瞳に宿る光は、恐れではなく、確かな闘志だ。
俺は剣を構える。
この刃は、まだ何者にも屈しない。
リシェルの祈りと、俺自身の“守る意志”を込めて――この剣で、闇を斬る。
【リシェル=エルフェリア視点】
空気は重く、冷たい闇の気配が神殿の奥から息づいていた。
この聖域は、代々私たちの一族が守り続けてきた祈りの場所。だが今、その神聖ささえも、漆黒の影に蝕まれようとしている。
黒い霧が床を這い、苔むした石壁に禍々しい影を落とす。
その影の中から、男が姿を現した。漆黒のローブに身を包み、瞳は空虚な闇のように冷たい。口元には僅かに笑みを浮かべていた。
「……聖剣を解放する儀式か。だが、ここで終わる」
その声は低く、耳元に直接囁くように響く。
背筋に冷たい刃が這うような感覚。視線が合った瞬間、私は理解した――この男は、人間の理から外れた何かだと。
カイが、私の隣へ歩み寄る。
その背中からは、恐怖を超えた確固たる意志が感じられた。
「貴様の好きにはさせない……!」
その声は鋭く、剣を構える音が空気を震わせる。
剣先に宿る光は、私たちの覚悟そのものだった。
だが、男は揺るがぬ瞳で笑う。
「無駄だ。聖剣の光は、千年の宿命と共に朽ち果てる運命だ」
言葉が胸の奥に重く響く。だが、私は剣の柄を握りしめ、震える息を整えた。
(運命……そんなものに屈してはならない)
私はカイの隣に立ち、剣を抜く。
「……この剣は、私たちの希望。運命を断ち切る刃――」
言葉を絞り出すと、指先の震えが収まっていくのを感じた。
この剣の重みは、一族の祈りの重み。そして、私自身の命の意味でもあった。
男が指を鳴らすと、黒い霧の奥から骸骨の兵士たちが姿を現した。
空洞の眼窩に、紅い光がゆらめく。獣のように呻き、影の獣が牙を剥く。
神殿を埋め尽くす闇の軍勢に、吐息が白く濁る。
「カイ……!」
「分かってる!」
カイの声は鋭く響く。
互いに視線を交わす。瞬間、二人の剣の軌跡が重なるように感じた。
カイが踏み込む。
剣が霧を裂き、銀の光が弧を描く。
私もその後に続く。
足元に広がる血の匂いに、かつての戦場の記憶が蘇る。
(私たちは……一人じゃない)
剣戟の音が神殿に響き渡る。
骸骨の兵士の骨が砕け、血のような黒い霧が舞う。
そのたびに、カイの呼吸が荒くなるのを感じた。
私はカイの肩越しに、彼の瞳の奥に潜む恐怖を見た気がした。
「カイ……恐れるな!」
思わず声が出た。
カイはわずかに頷き、剣を強く握り直した。
その動きに合わせて、私も剣を振るう。
互いの息遣いが、戦場の音に溶けていく。
だが、男の冷たい声が再び響く。
「甘いな……お前たちの光は、闇に呑まれる」
黒い魔力が渦を巻き、神殿の天井を覆い尽くす。
冷たい風が吹き抜け、血の匂いがさらに濃くなる。
耳鳴りがして、剣を握る指先が痛む。
(負けない……!)
「リシェル、下がれ!」
カイの声が飛ぶ。
だが、私は退かない。
「……退けない! カイと共に、この剣で闇を斬る!」
私の剣が再び光を帯びる。
その光は、聖剣の封印と同じ色――命を繋ぐ祈りの色。
カイの剣が私の視界を横切る。互いの剣が重なった瞬間、心の奥に熱が走った。
(私たちは……共に戦う!)
「はぁ……あああああっ!」
喉が裂けるほどの声が、胸の奥から溢れた。
剣が重く、腕が軋む。だが、諦めるという言葉は頭にはなかった。
その時、カイの剣が大きく閃いた。
彼の瞳に浮かぶのは、恐怖でも迷いでもなく――希望だった。
「運命を……超えてみせる!」
その叫びが、神殿を満たす闇を震わせた。
闇の使徒の瞳に、初めて焦りの光が宿る。
「何……っ!」
その瞬間を見逃さない。
カイの剣が一閃し、私の剣がその隙を斬り裂く。
剣戟の音が、神殿を震わせる。血の霧が舞い、影の獣が断末魔の咆哮を上げた。
胸に残るのは痛みと――確かな生の証。
私たちは確かに、共に戦っていた。
(この剣に……私のすべてを託す)
神殿の奥に、再び光が灯る。
それは聖剣の意志のように、私たちを導く光。
私の胸に、震えるほどの熱が宿った。
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