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第2話「千年の宿命」


【カイ=オルランド視点】


灰色の夜明けが、戦場の静寂を破ることなく訪れた。血と泥にまみれた激戦の記憶が、まだ肌に残る。目を覚ますと、見慣れた騎士団の兵舎の簡素な寝台に横たわっていた。薄い毛布の下、古傷がうずくように痛む。だが、あの戦いの中で感じたあの重さ――運命の剣舞――それだけは決して夢幻ではないと、胸に刻まれていた。


「……夢、じゃないよな」

口の中に渇いた血の味が残っている。それすらも、あの戦場の証だ。あの夜、俺は確かに、レオンと剣を交え、そして……。思い出そうとすると、胸の奥に焼けつくような痛みが走る。


外からは、まだ剣戟の音が響いてこない。いつもの朝の喧騒もない。まるで世界が一瞬だけ、俺にだけ静寂を与えているかのようだった。


寝台の端に置かれた剣に手を伸ばす。血に濡れ、刃こぼれしたままの剣は、あの戦いの名残を纏っている。指先でなぞると、冷たい鉄の感触が胸を締めつけた。


(……あの剣舞の続きを、俺は……)


だが、その時だった。頭の奥に、低く呻くような声が響いた。それは夢でも幻でもなく、確かに俺の中に忍び寄る声だった。


『カイ……カイ……お前の運命は、まだ終わらない』

深い、底なしの闇を湛えた声。それが誰なのか、俺には分からなかった。だが、その声を聞いた瞬間、血が凍るような寒気が背筋を駆け上がる。


「……誰だ……?」

思わず声に出していた。だが、返事はない。その代わり、視界の端に黒い影が揺らめくように見えた。俺の影……いや、それはもっと禍々しいもののように思えた。


『お前は、千年の宿命を背負う者……その剣を、試す時が来る』

声が遠ざかる。その最後の言葉だけが、心の奥に深く刻まれる。まるで血に刻印されるように。


「……千年の宿命……?」

そんな言葉を、誰が……。俺は剣を握りしめ、寝台から立ち上がった。体中の痛みが、意志を確かめるように俺を刺す。だが、剣を離す気はなかった。


外に出ると、まだ薄暗い廊下に冷たい空気が満ちていた。数人の兵士が、無言で鎧を整えている。その目には昨夜の疲れが残り、まだ戦いの名残が息づいている。


「カイ……大丈夫か?」

声をかけてきたのは、ジーク=ベルハルトだった。銀髪に無精ひげ、灰色の瞳はいつもの飄々とした光を失っている。だが、その顔に浮かぶのは、戦士としての確かな気迫だった。


「ああ……生きてる。それだけで十分だ」

声がかすれる。けれど、その言葉に嘘はない。生きている――それだけで、まだ戦える。


「昨夜のことは……お前の目に、どんなふうに映った?」

ジークはしばし黙っていた。やがて、ふっと笑う。


「カイ、お前の剣は、あのレオンの剣に怯えてなんかいなかった。むしろ、あれを超えようとしてた」

その言葉に、胸が震えた。自分でも信じられないほどに。


だが、同時に思い出す。あの声。俺の中に刻まれた「千年の宿命」という言葉。


(俺は……どうして、そんなものを背負わされているんだ?)


その疑問が、剣の重みをより強くする。だが、答えは見えない。それでも、進まなければならない。この剣は、守るためのものだから。


(この剣で……すべてを斬り裂いてやる)


まだ始まったばかりだ。仲間の声、血の匂い、剣戟の音。すべてが、この世界の現実だ。だから、俺は生き延びる。そして、真実を――運命の真相を見届ける。



【リシェル=エルフェリア視点】


朝の空は厚い雲に覆われ、陽の光は地上に届かず、騎士団本部の礼拝堂も薄暗いままだった。焚かれた香の香りが静寂の中に漂い、冷たい空気が肌を刺す。私は祭壇の前に立ち、剣を捧げて祈りを捧げていた。


(千年の宿命……あの言葉は幻ではない)


昨夜、カイの中に目覚めた何か。それは私が探し求めていた“鍵”かもしれない。だが、その重さは計り知れない。この世界に繰り返される血と裏切りの因果。そのすべてを、彼が一身に背負うというのか。


「リシェル」


静かな声に振り向くと、エリス=フィーネが立っていた。栗色の髪を三つ編みにまとめ、魔導書を抱きしめるその小柄な体は、どこか心許なさを感じさせる。だが、その瞳は真っ直ぐに私を見ていた。


「……カイのこと、気になりますか?」


エリスの声は、震えながらも確かだった。私も、その声に答えるように頷く。


「彼の中にある“宿命”……私にはまだ全てを見通せない。けれど、あの戦いを見て、確信したの」


あの剣舞。それは誰かに教わったものでも、剣術の型でもない。彼自身が、血と魂で編み上げた戦いの舞だった。


「でも……」


エリスの瞳に、不安の色が差す。私も、それを無視できなかった。カイの剣は確かに希望を示した。けれど同時に、それはあまりにも危うい光でもある。


(彼があのまま戦い続ければ……きっと、いつかその光は自らを燃やし尽くす)


エリスが魔導書を開き、言葉を探すように指先を滑らせる。「リシェル……あの声、カイだけじゃない。私にも聞こえた気がするの」


その告白に、息を呑む。


「声……?」


「うん……夢の中で、誰かが囁くの。『運命の剣を継ぐ者』だって……。あれは、私の……いいえ、私たち全員に向けられた声じゃないかって」


その言葉に、背筋を冷たいものが這う。確かに、あの夜の戦場には“理屈を超えた何か”が満ちていた。宿命――それは、この世界全体に絡みつく呪いなのかもしれない。


私は剣を握りしめ、目を閉じる。


(カイ……あなたはそれでも、戦うというのね)


剣士としての誇り。運命を超えるという意志。それが彼を支えているのだろう。だからこそ、私も迷わない。この剣は、ただの武器じゃない。私のすべてを託す祈りだ。


「……エリス。私たちも備えよう。カイだけにすべてを背負わせるわけにはいかない」


「……はい」小さな頷きの中に、確かな決意を見た。


礼拝堂を出ると、空はますます暗さを増していた。まるでこれから訪れる嵐を告げるように。だが、その冷たい風は、私たちを試す声のようにも思えた。


廊下を進むと、見慣れた姿が目に入る。レオン=グランフォード。あの夜の死闘の主。彼は壁に背を預け、冷たい瞳で何かを考えている。


「レオン……」


私の声に、彼はゆっくりと視線を向けた。その目に、剣士としての誇りと、運命に抗う何かが宿っているように見えた。


「リシェル。お前も……気づいているのか?」


低く抑えた声。だが、その声の奥に宿る苦悩は、私の胸を強く打つ。


「ええ……あの夜、私も感じた。カイの中に目覚めた光と、その裏に潜む深い闇を」


レオンは目を細め、わずかに頷いた。「……千年の宿命。王家に連なる者として、俺もまた無縁ではない。だが……カイが抗うその剣に、俺は賭けたい」


その言葉は、あの冷たい瞳からは想像できないほどの熱を帯びていた。


(レオン……あなたもまた、この戦いに身を投じる覚悟を決めたのね)


「私も……剣士として、彼の背を支える」


言葉を交わすだけで、剣の重さが少しだけ軽くなる気がした。


外に出ると、空は暗いままだった。けれど、その暗さの中で私たちは歩みを止めない。カイの剣が示した希望。それを信じる限り、私たちは進み続ける。"

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