3-1
「ってことでサリィ、よろしく頼む!」
アルケミーで食事した翌日。深々と頭を下げて、サリィに『とある』お願いをする。
「昨日はあんな自信満々だったのに、結局は人頼みって……」
「違う、これは『猫の手も借りたい作戦』だ」
「日本人が間違った日本語を使わないでよね。猫の手『も』借りたいじゃなくて、むしろ猫の手『が』借りたいって感じじゃない」
くそ、うまいこと言いやがって。
「おはよーございまーす! あれ、お取り込み中ですかー?」
渡している合鍵を使って、女装男子・一希が部屋の中に入ってきた。
「あ、一希ちゃん」
「やっほー、サリィちゃん! それと治さん、好きです!」
「よくぞ来てくれた。一希」
「ボクの告白はスルーですか……」
しょんぼりと肩を落とす一希。
いやね、もう何回も聞いてるからさ。いちいち反応してやれないのよ。
「どうして一希ちゃんが?」
「治さんに『お前の体が必要だ』って呼び出されて!」
「なっ!? ど、どういうことよ! 治!」
「あぁ、そうだな。具体的には手と足、目と耳を提供してもらえると助かるな。猫探しの助っ人として呼んだんだよ」
勘違いをさせるような発言をしっかり訂正する。
サリィのヤキモチに付き合っているほど暇じゃない。そういう展開はラブコメ主人公に任せておけばいいのだ。
「少しくらいあたふたしてくださいよー。クールすぎますってー。ま、そういうところが格好良くて好きなんですけどねっ!」
「たまに思うんだよな。俺よりもカッコいい男に出会ってみたいって」
「よっ、治さん! 日本一!」
「ふはは、気分がいいな。よし、お小遣いをやろう」
財布から万札を取り出して一希に手渡す。
「……治さん、ついに偽札に手を出したんですか?」
「失礼な。綺麗なカネだっての」
なんて言い草だ。これは必要経費として明里からもらったものである。
休みの日に呼び出したんだ。バイト代くらい出さないとな。
「お金の使い方、きちんと考えた方がいいですよ?」
「いいんだよ。俺が持っていても、パチンコに消えるだけだし」
「堂々と最低な宣言をしないでください……」
俺信者の一希もさすがに呆れていた。
「ってことでサリィ、役者は揃ったぞ。お前の力を発揮するんだ」
「その話に戻るわけね」
猫の手も借りたい。その慣用句から連想したのはサリィのことだった。
こいつは獣人だかどうとかで、常人とは異なる特別な能力を持っているらしい。嗅覚が鋭いみたいな。
だから、タバコを控えようかと悩み始めているわけで。
そんな特殊能力があれば、猫を探せるんじゃないかと思い至ったのだ。
蛇の道は蛇――いや、猫の道は猫ってとこか。
「サリィ、頼む。お前の力が必要なんだ」
「仕方ないわね」
「そんなこと言うなよ。美味いもん食わせてやるから」
「だから、別に問題ないって!」
「え、マジか」
断られる流れだと思っていたので、すんなりOKで驚いてしまう。
「居候の身として、少しは貢献しないとでしょ。そ・れ・と! 食べ物で釣れるって安易な考えは捨てなさい!」
でも、『美味いもん』って単語に耳がピクリと動いてたぞ。
口に出さないけど。ここでサリィの機嫌を損ねるのは得策ではない。
「自分で言っといてアレだが、匂いから猫を見つけるのはそもそも可能なのか?」
「可能ね。猫自身ともイエス・ノーくらいの会話だったらできるわよ」
「なにそれ最強かよ」
サリィがいれば、猫探しのプロになれるんじゃないか?
猫探し専門の探偵事務所でも設立してみるとか――いや、それだと俺の立場がないからやめておこう。尻に敷かれるのは御免だ。
「まずはそうね。猫が使っていた毛布とか、あかりさんに提供してもらいたいかな。その匂いから辿るつもり」
「サリィちゃん、すごい! あれ、治さんもボクも必要ないんじゃ……?」
「い、いわゆるアウトソーシングってやつだな!」
全て自分でやるのも効率が悪い! 専門家に依頼するのはむしろスマートだ!
うん、だから大丈夫。俺はまだ天才のままだ。
「……今の治さん、だいぶカッコ悪い」
自分でもそう思う。