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【10作目】クズと猫耳とお約束  作者: あぱ山あぱ太朗
歩き回った後はナポリタンが染みる
8/26

2-4

「萌葉さんの料理、とっても美味しいですっ!」

「ありがと、サリィちゃん」

 サリィは口の周りをケチャップで真っ赤にしながら、萌葉さん特製ナポリタンを美味しそうに頬張っていた。

 萌葉さんが作るナポリタンは、ケチャップのベッタリ感、ウインナー、玉ねぎの旨味、マッシュルーム、ピーマンの食感、その全てが調和されており、至高の一品と言い表してしまっても過言ではない。

 しかも値段は五◯◯円。あまりにも安すぎる。

「ほら、サリィ。口の周りが真っ赤だぞ」

 夢中で食べ進めていたせいで、サリィの口周りはケチャップでベタベタだ。

 みっともない。備え付けの紙ナプキンをサリィに差し出す。

「あ、ありがと……」

「まさか、あの治がねぇー」

「温い目で見るなって。いいからハイボール頂戴」

 ニマニマしながら視線を向けてくる。だいぶ不愉快な顔をしているな。

「あいよ。いやー、香に見せてやりたいわー。ようやく弟が落ち着いたってさ」

「落ち着いてねーよ別に。バリバリ女遊びするから」

「じー」

 ジト目で睨んでくる猫耳娘。

「な、何だよ……誰とどうしようが、俺の勝手だろ」

「べっつにー。そうだよねー。治が誰とどーしよーと、私には関係ないもんねー」

 だったら、その不機嫌そうな声色を何とかしてほしい。

「コラ、治。意地悪言うんじゃないよ」

「うっせ、アンタは姉貴ぶるな。そんなことより独身である――嘘です、ごめんなさい。酒で気が緩んでいました。許してください」

 不貞腐れて嫌味を言おうとしたら、胸ぐらを掴まれました。平謝りすることで事なきを得ましたが、震えが止まりません。萌葉さんに独身イジリはダメ、絶対。

「ったく……そういえば、治。商売の方は上手くいってるの? アンタも『守るもの』が出来たんだから、しっかりしなさいよ」

 そう言ってサリィを一瞥する。いや、そりゃ、もちろん面倒は見るけどさ。『守るもの』とか言われちゃうと、ちょーっとニュアンスが違うと思うんだよな。

「それは――――悪い、サリィ。タバコ吸ってもいいか?」

 今日は一本も吸ってない。さすがに限界だ。酒も入ってるし、真面目な話をしようってタイミングなので、そろそろニコチンを入れておきたい。

「もー、なんであんな臭いの吸うのよ」

「そうよね。治はサリィちゃんのためにも禁煙しなさい、禁煙」

「萌葉さんも喫煙者じゃん! 俺の気持ち分かるっしょ!」

 営業中は吸わないけど、居酒屋で一緒に飲んだ時にはバカスカ吸っていた。

 俺は忘れない。あの山盛りになった灰皿を。

「あたしは独身だからいいのよ……って何言わせるのよ!」

「俺、何も言ってないからな!?」

 鳴いたキジが撃たれたり、藪をつついて蛇が出たり、歩く犬が棒に当たるのは自業自得だけど(最後のは可哀想)、何もしてないのに災禍に見舞われるのは納得いかん。

「まずは頻度を減らしてみたら……?」

「いけますかね……? 自分の忍耐力に信用がないんすけど」

 喫煙者二人が全く未知の領域に思いを馳せる。

「そういえば、ことりちゃんが禁煙に成功したって言ってたねぇ」

「え、まじで? あの明里が?」

「女の人っぽい名前……」

 サリィがムスッとしている。やれやれ、顔に出過ぎだっての。もうちょっと駆け引きを覚えたほうがいいぜ。これはこれで可愛げがあるんだけどな。

「明里がいけたなら俺もいけるかー。あいつ、俺よりも吸ってたし」

「頑張りなさいよ。愛しの彼女のために」

「だから彼女じゃないって……すまん、サリィ。わりと限界」

 ツッコむことが多すぎてストレスが生じていた。ストレス解消にはやはりタバコだ。

 ライターでタバコに火をつけ、深く煙を吸い込んで肺に入れる。

 ふぅぅぅぅぅぅうううー。時間を置いた分、うんめぇーな。沁みるぜぇ。

「サリィちゃん、このクズはやめておいた方がいいわよ」

「はい、私も考え直したくなりました」

 女性陣二人がゴミを見るような目を向けてくる。

「禁煙ねぇー。前向きに検討するけど」

「そんな美味そうに吸ってたら説得力ないよ。ほら、ハイボール」

 萌葉さんからハイボールを受け取ってグラスに口をつける。

 禁煙、禁煙かー。サリィと同居する上では控えた方がいいもんなー。とりあえず本数を減らして、無理そうなら禁煙外来でも行ってみるか?


「あ、治いるじゃん」


 カランコロンと店のドアベルが鳴る。扉の方を見るとギャルがいた。

「おー噂をすれば。いらっしゃい」

「萌葉さん聞いてよぉ! もぉー大変でさぁー。本当は飲んでる場合じゃないんだけど、飲んでないとやってられなくてー。とりま山崎のロックもらってもいー?」

「あいよ」

 ギャルは遠慮なく隣に座ってくる。

 ふわっとバニラ風味の甘ったるい匂いが香ってきた。なんでギャルって生き物は、常にエロい香りを纏っているんだろうな。

「山崎のロックっておっさんかよ。しかも無駄にブルジョア」

 軽く顔を傾けて、ギャルに声を掛ける。

 気怠げな雰囲気、ハイトーンの金髪ショート、整った目鼻口を際立たせるハッキリしたメイク、人を刺し殺せる長い付け爪、体のラインを強調するタイトなワンピース。

 特に目がいってしまうのはやはり胸だな。何だこの爆乳は。デカすぎてワンチャン警察に捕まるぞ(捕まらない)。

「誰かさんと違って稼いでるからねー」

「最新作みたぞ。めっちゃくちゃエロかったな」

「キモーい……じゃなくて毎度ありー」

 訂正が間に合ってない。感想を直接言う俺も大概だけど。

 このギャルは高校時代の同級生。名前は『寿明里』だ。さっきから話に出ていたタバコをやめた女とは此奴のことである。

「はい、ことりちゃん。山崎のロックね」

 そして、萌葉さんからは『ことりちゃん』の愛称で呼ばれていた。

 それは明里のもう一つの名義『古戸りか』に由来する。

 この名義は彼女の芸名に当たるもので、何を隠そう隣に座っているギャルは、全男子に夢と希望を与えてくれる存在、売れっ子のセクシー女優なのだ。

 ネットで身長、体重、スリーサイズ、カップ数の全てが検索可能である。

「んじゃ治、乾杯」

「あぁ」

 グラスとグラスを合わせる。

「で、横の可愛い子は誰なの? 私にも紹介してよ」

 琥珀色の液体を一口舐めるように飲むと、又隣に座るサリィへと視線を向けた。

 サリィも気まずそうにしている。ちゃんと紹介しないとだな。

「こいつはサリィ、以上」

「情報それだけ?」

「ま、色々あるんだよ」

 明里はぼんやりとサリィを眺めて、納得したように頷く。

 サリィもそうだが、明里にしたって簡単に話せないことがある。お互い様であることを理解してくれたみたいだ。

「りょーかい。初めましてー、サリィちゃん。私は寿明里ね。仕事の関係で古戸りかって名前もあるんだけど、ややこしいから明里って呼んでー」

「あ、あかりさん! よ、よ、よろしくお願いします……っ!」

 人見知りのサリィはそわそわと手遊びをしながら応じる。

 初対面だと明里のアンニュイな雰囲気にビビってしまうやつが多い。

「そんな緊張するなって。こいつただの変態だから」

「へ、変態……?」

「せっかくだし、明里こと『古戸りか』の出演作品でも見るか?」

「おーいいねー。それ見てもらった方が、私って人間が伝わると思うよー」

 嫌がるどころか乗り気だった。他の女優を知らないので分からんけど、こういうのって見られたくないんじゃないか。

 まぁ、明里は高校時代からぶっ飛んでいた――――いや、違うか。

 ようやく、吹っ切れたって感じか。

「あんたらはバカか。人様の店でそういう映像を流すんじゃないよ。素直で可愛いサリィちゃんを唆すのはやめなさい」

『はーい』

 お母さんに叱られる子供の図だった。だからと言って、『お母さん』とか言うとブチキレられるので要注意。

「あかりさんは……治とはどういう関係なんですか?」

「今カノとしては気になっちゃうよねー」

『彼女じゃねーよ!(か、彼女じゃないですっ!)』

 二人揃って否定する。しかし、タイミング被ってしまったせいでバツが悪い。

「サリィちゃんはともかく……治の反応は何? 珍しくガチ恋?」

「だから違うっての!」

 我ながら中学生みたいな否定の仕方だったとは思うけど。サリィのことになるとどうも調子が狂う。元来スマートなモテ男なのに。

「なんか面白いもの見ちゃったなー。サリィちゃん、ありがとね」

「い、いえっ! それで、あの、二人は……」

「私と治は……うーん、ただの同級生って感じかな――――ねぇ、治?」

「ん、だな」

 明里がそう思っているのであればそうなのだろう。

 高校三年生の時にクラスが一緒になって、そこから仲良く(?)なった。

 その後に明里が高校を中退し、女優デビューして、住む世界は変わったのだけど、何故かこうやって顔を合わすことが多い。

「目で通じ合っているような……」

「嫉妬しちゃってかわいー。安心して。私、お金待ってない男に興味ないし」

「し、し、嫉妬なんかじゃなくてっ!」

 目をぐるぐる回しながら必死に弁解していた。本当に初心なやつだな。だが、そんなことはいい。俺的にどうしても聞き捨てならない台詞があった。

「俺はいずれ大金持ちになる男だぞ」

「あーはいはい。すごいすごい。それよりも萌葉さん聞いてくださいよー」

 軽くあしらわれた。

 くそ、金持ってから泣きついて来ても知らんからな。

「どうしたのさ? 店入る時も荒れてたけど」

「実は虎丸が――あー、思い出したら泣けてきた」

 明里の声は珍しく弱々しい。

「虎丸って、最近飼い始めた猫だろ?」

「はい、ペットショップで一目惚れして」

「だから、その猫のために禁煙したって話じゃないか」

 あの明里がタバコをやめた理由は、どうやら愛猫のためだったらしい。

「人間の男と違って、一緒にいると癒されるし、可愛いし、本当に毎日が幸せで。なのに……今日の朝、家を出る時に玄関から脱走しちゃって…………」

「それは災難だったね」 

 潤み声で言葉を紡ぐ明里に対して、萌葉さんは優しく諭すように語りかける。

「でも、それなら飲んでる暇はないんじゃないの?」

「今は仕事のオファーが多くて、今日も明日もバタバタしてるんです。仕事を休むわけにいかない以上、自分で探すって選択肢は取れなくて。家に帰っても出来ることがないし、それでヤケになってこうしてるっていうか」

 明里は専属契約を断っているので、月当たりの出演回数に限りがない。バンバン仕事を入れているみたいで、かなり多忙な毎日を送っているようだ。

「ダメ人間じゃん」

『治に言われたくないしっ!(ないよ、ないわー)』

 三方向から同時にツッコミがきた。女性陣の目が冷たい。

「じゃなくてさ。いつも世話になってるし、その猫の捜索を手伝ってやんよ」

 これを伝えたかったのに一言余計だった。

 昔から一言多い。ちゃんと自覚はある。直す気はないけどな。

「え、でも、治も忙し――くはないか」

「って、うぉい」

 悪かったな、年中無職で。

 まったく、そこは素直に感謝してもいいだろうに。

「アンタは悉く評価しづらい人間だねぇ。只のクズじゃないからタチが悪い」

「んな、大したことじゃねーよ。友達が困ってれば助けるだろ」

 萌葉さんは複雑そうにしているが、ただ当然のことをしているだけだ。

「ほんとお人好しなんだから」

 バカにするように、でもどこか慈しむように、曖昧な顔でサリィが笑っている。

「……あ、そういえば」

 そんなサリィのことを見て、あることを思い出した。

 この話がそもそも『タバコ』から始まったことに。元はと言えば、禁煙するかしないかという話題から繋がっている。

 そして、なぜ禁煙をしようという流れになったのか。それが一番重要だった。

「ま、まじまじと見ないでよっ!」

 顔の前で腕をバッテンにして突き出す。別に見てないんだけどな。サリィを起点にして考え事をしていただけだ。

「何してんのよ、アンタら。急にイチャイチャするんじゃないよ」

「そういうのはベッドの上でやってよねー」

 外野がうるさいが気にしない。

 うん、きっといけるはず。きっと何とかなる。

「落ち着け、独身女たち」

『あ?』

「ごめんなさい」

 カウンター越しに胸ぐらを掴まれ、机の下で右足をグリグリと踏まれる。

「でさ、治。今回の件、本当に協力してもらっていいのー? 今は『猫の手も借りたい』状況だから、わりと正式にお願いしたいんだけど?」

「つまりそういうこと」

 俺の『考え』を表すような的確な表現だ。ナイス、明里。

「はぁ?」

「任せてくれ。俺ってほら、天才だから」

 職業は無職ではなく、天才だ。

 こうして明里の愛猫、虎丸の捜索を引き受けることになった。

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