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【10作目】クズと猫耳とお約束  作者: あぱ山あぱ太朗
歩き回った後はナポリタンが染みる
6/26

2-2

 二人に部屋を掃除してもらい(サリィは終始足を引っ張っていたが)、とてもスッキリとした気分で土曜の午後を迎えようとしている。

 コンカフェのバイトがあるため、一希は少し前に帰宅した。

 あいつの女装は趣味と実益を兼ねているのだ。池袋にある『男の娘メイド喫茶』で働いているらしい。職場に顔を出しことはないが。

 メイドとかコスプレにあまり興味がないのだ。ほら、脱がしたら一緒じゃん?

「さて、今日はどうするかー」

 労働に勤しむ一希とは異なり、今日も今日とて無職だった。毎日が夏休みです。

 学生時代ならこんな嬉しい事はなかったが、今はただ不安でしかない。

「ね、ねぇ、治……ちょっといい?」

「どうした、サリィ。そんなモジモジして。トイレなら許可なく行っていいぞ」

「違うわよ! 本当にデリカシーないんだから!」

「あ、そろそろ昼飯の時間か? 腹減ったならそう言えよ」

 冷凍食品ならあったはずだ。さっきのアレを見て、サリィに料理させようとは思わない。何を食わされるか分かったもんじゃないからな。

「それも違くて! いや、お腹は減ってるんだけど…………わ、私が言いたいのは! 

そ、その……何というか、買い物に行きたいというか……」

「ん、なんか欲しいものがあるのか? 今日も暇だし買ってくるけど」

 これからの同居生活に向けて、買い揃えなければいけないものが沢山ある。

 どうせやることもないんだし、ちょっくら新宿に買い出しでも――――

「いや、その、違くて……」

「どうした、お前らしくもない。ハッキリ言え」

「し、下着が欲しいのよ……!!」

 なるほど理解した。それは異性の俺には言いづらいか。

「もしかして、お前ってノーパン?」

「う、う、うるさいっ! し、仕方ないでしょ!」

 わお、そう考えるとめっちゃエロいな。

 スカート(パーカーだけど)めくりをしたい願望が沸々と湧いてくる。

「分かった、分かった。似合いそうな下着を見繕ってきてやろう」

 俺には女性モノの下着屋に一人で入れるメンタルがある。

「なんで治が勝手に決めるのよ! 私に選ばせてよ、普通に!」

「けど、お前を外に連れていくのはなぁ……んー、頭のソレを隠せば何とかなるか? 

よし、じゃあ一緒に出掛けるか」

「うんっ!」

 頭の耳はキャップを被らせることで解決。

 靴下と靴はブカブカだが、無いよりはマシということで俺のやつを貸す。

 下着は元々身に付けていたものが乾燥中なので、ランニング用の短パンを下着代わりに穿いてもらうことにした。

 さすがにノーパンよりはマシなはずだ。

「うぅ、屈辱」

 なんて言いながら目に涙を浮かべていたけど。

 全体的にダボダボ。ラッパーだってもうちょっとスマートな着こなしをしている。

 この状態で電車移動は酷なので、タクシーを配車することにした。

 

「わー、すごい!」

 東中野の自宅から新宿方面へ移動。駅が近づくに連れて、背の高いオフィスビルや商業ビルが顔を出し始める。

 サリィはその高層ビル群を物珍しそうに眺めていた。

「お客さん、新宿は初めてなんですか?」

 その様子が微笑ましかったのか、運転手のおっちゃんが気さくに話しかけてきた。

「え、えーとその……」

 サリィは不安そうにこちらを見つめる。

 おっちゃんに悪気はないんだろうけど、この手の質問は回答にちと困るな。

「こいつ、外国の生まれで。最近、東京に来たばっかりなんですよ」

 馬鹿正直に異世界から来たとは言えない。

 日本以外の出身という意味では、あながち嘘でも無いわけだからな。

「あ、そうなんですね。日本語がお上手でびっくりしました」

「サリィ、褒められてるぞ」

「ど、どうもありがとう」

 サリィは恥ずかしそうに感謝の言葉を口にする。

 俺たちの反応から訳アリだと察したみたいで、それ以降おっちゃんから話しかけてくることはなかった。

 東京という街の善意的な無関心。

 冷たいと言われることもあるが、あらゆる人を受け入れる優しさでもある。

 自他の線引きがはっきりしたこの街が大好きだった。

 そうじゃないと、俺みたいな人間は三日もあれば村八分にされている。

「観光、楽しんでください」

「どうもありがとうございました」

「あ、ありがとうございました!」

 新宿駅西口のロータリーで降ろしてもらう。

 土曜日の新宿駅は相変わらず人だらけだ。そんな中でサイズが合わない靴を履いているサリィは、よちよちとおぼつかない足取りをしている。

「キツイかもしれんが、ちと頑張れ。ほら、手」

「ど、ど、どうしてっ! 手を繋がないといけないのよ……っ!」

「転んだら大変だろ。迷子になられても困るし。ほれ、お前は目立つんだから早く」

 耳と尻尾を隠していても、サリィの外見は人目を引く。

 サリィの立場上、目立つのはリスクでしかない。もし警官に職質でもされようものなら一発アウトだ。自分の所在を示す身分証が何一つないんだから。

「わ、分かったわよ!」

 渋々差し出された手を握る――こいつ、手もちっこいな。

「よし、デパートでマシな服を揃えるぞ」

「は、はひ……」

 横目で見ると、茹でダコみたいに顔を赤くしていた。

 やれやれ、ウブな小娘だな。

 いつもの高飛車な態度はどうした。文字通り、借りてきた猫だ。

 手を繋ぐのがよっぽど恥ずかしいのか、しばらくはずっとこんな様子だった。


「治っ! 次はどこいく!?」


 それから店を回って行くたびに、サリィのコーデがまともになっていく。

 定番スニーカー、無地のくるぶしソックス、レディースサイズのキャップ、ゆったり目のロングスカートとオーバーサイズのニットなど数点。

 いかにも女子って感じの可愛らしいチョイス。実際に似合っているし。

 これが『センスいい』ってやつか。

 俺は昔からファッションセンスがないので羨ましい。いつも姉や元カノ達に服を選んでもらっていた。

 自分のセンスでコーディネートをしたら、颯太に大笑いされたことがあったからな。

 白のコート、赤のシャツ、緑のデニム。色のバランスは完璧だったんだぞ。

 赤と緑って補色関係なのにさ。ファッションってむずい。

 ――――まぁ、そんなことはどうでもいい。

「さてさて、お待ちかねの下着選びだ。俺の好きな青系は外せないな」

 ファッションセンスはないが、エロい下着を見繕うのは得意だ。

「治の好みに合わせる気はないしっ! 一人で買いに行くからね!?」

「俺に気を使うなって」

「気遣いとかじゃなくて、明確な拒絶なんだけど!?」

「わーったよ。その辺プラプラしてっからさ。会計の時に呼んでくれ」

 冗談はこのくらいにしておこう。

 ぷくーっと頬を膨らませる姿は見ていて飽きないが、しつこい男は嫌われるからな。

 モテ男というのは押し引きがうまいのだ。

 今の恰好なら、そこまで目立たずに買い物が出来るだろう。俺もガキのお守りではなく、自分の好きに行動したい。

「ごめん! ちょっと待ってて!」

「ほいよ」

 サリィがランジェリーショップの中に入っていく。

「えーと、どこの店だったかなー」

 それを見送った後、お目当ての店に向かって歩き始めた。


「うへー、女の下着って結構たけーな」

 かれこれ三〇分くらいしてサリィから会計に呼ばれる。

 女子は隠す場所が多い分、下着の代金にもそれが反映されているのか。その辺の相場感に関しては男の俺には分からないけど。

 こういう時、女のメンターがいたら心強いよなー。

「その、お金は大丈夫そう?」

 少し考え事をしていると、不安そうにサリィが覗き込んできた。

 いらん心配をかけてしまったみたいだ。金のことで悩んでいたわけではない。

 そもそも、金については常日頃から悩んでいるし。

「へーきへーき。俺、天才だから。金なんて、いつでも稼げるし」

「今更だけど、治って何やってる人なの?」

「一応は社長だな」

 肩書き上はそうなる。一切の利益を生み出さない会社の、だけどな。

「しゃちょー? よく分からないけど、お金持ちには見えない」

「まだ本気を出してないだけだ。その気になれば、いつでも富豪になれるぜ」

 俺の類まれなる頭脳があれば億だって余裕で稼げる。今はちょっとばかし脳を休ませているのだ。やはり、ここぞというタイミングまで温存しないとな。

「いつか、ちゃんと返すね」

「おい、今の話を聞いていなかったのか」

 まるで信用されてない。

「だ、だって……!」

「いいから気にすんな。これは投資なんだからさ。お前が家事をこなせるようになれば、ゆくゆく俺が楽できるし」

 俺は生活力が皆無な人間だからな。間違いなくサリィには苦労をかける。

 今後の家事代行費用の先行投資と考えれば安いものだ。

「わ、分かった! 頑張るっ!」

「あぁ、頼んだぞ。ってことでショッピングの続きだ。えーと、次は――あ、そういえば寝間着がまだだったよな? 家で着る服もないと困るだろ?」

 男ならパンイチという選択もありだが、サリィにそれを強要するのは酷だろう。

 俺の理性も間違いなく崩壊してしまうだろうし。

「い、いらない!」

「金で遠慮しているなら無用な心配だぞ」

「違くてっ! 治のパーカー(?)があるでしょ? あれ、着心地が良かったから! 

な、なんか安心するっていうかっ!」

 そんな真っ赤な顔で言われるとこっちも照れちゃうだろ。

 けど、俺はクール系男子だからな。ここは努めて冷静に返事をしようじゃないか。

「ふ、ふーん? ま、まぁ良いじゃね? ほ、他にも何着かあるし?」

 駄目でした。ウブな純情男子みたいな反応をしてしまう。こういう駆け引きのない愛情表現が久しぶりでね。ど真ん中のストレートすぎる。

 好ましく想われているという事実が、なんかこうむず痒いな。

「う、うん……だから、その、大丈夫…………」

 小恥ずかしくて、互いに目を合わせることができなかった。

 ――いやいや、ちょっと待て! 違うだろ! 俺はモテ男・野老澤治だぞ?

 駆け引きでは、常にイニシアティブを取らなくてはならない。

「忘れないうちに……これ、やるよ」

 ぶら下げている手荷物の中から、白い紙袋をサリィに差し出す。

「え、なにこれ?」

「ぬいぐるみ。さっきの服屋でガン見してたじゃん」

 中身はデフォルメされた茶色いクマのぬいぐるみ。流行りのゆるキャラとファッションブランドのコラボらしく、さっき入った店の商品棚に置いてあったものだ。

 ぬいぐるみをプレゼントするのは人生初の経験だったりする。プレゼントとしては敬遠されがちだしな。実用的なものがいいって娘も多いし。

 けど、まぁ、サリィはかなり子供っぽいからな。物欲しそうにぬいぐるみを見てたし、普通にアリなんじゃないかと思ってな。

 サリィが下着を物色している間、わざわざ買いに戻ったのだ。

「ほ、欲しいなんて一言も言ってないしっ!」

「じゃ、返品してくるわ」

 口ではそう言っているが、爛々とした目で物欲しそうにしている。

 そんな素直じゃないサリィを揶揄いたくなった。

「い、いらないとも言ってない!」

「どっちだよ」

「私の趣味ではないけど! 仕方ないから貰ってあげるっ!」

 ひったくるようにして紙袋を受け取った。

「素直じゃないなー。泣いて喜んでも良いんだぜ?」

「だって、本当に泣いたら――――治が困る……でしょ」

「へ?」

 今にも泣きだしそうな表情をしていた。

 まぶたで堰き止められているが、雫となって零れ落ちるのは時間の問題だ。

「溢れないように頑張ってるのっ!」

 涙のタネは光に反射し、七色に煌めいている。

「いや、泣くほどのことじゃないって! 大したもんじゃないし!」

 まさか泣いて喜ばれるとは思わなかった。

 下心はなくて、ただ何気ないプレゼントのつもりだったのだが。

「……治って、女心が分かってないよね」

「なっ! それは聞き捨てならないぞ! 俺ほど女性心理に詳しい奴いないって! 女性心理学で教授になれるくらいには精通してるっての!」

「ならさ。私の気持ち、当ててみて」

「そ、そりゃーあれだろ? ぬいぐるみ貰えてハッピーみたいな?」

「ふふっ、治ってほんとバカ」

 回答がツボだったらしく、サリィはケラケラと笑っていた。

 その拍子に溜まっていたものが溢れて、泣き笑いみたいな状態になっている。

「うっせ! 俺は天才だっての!」

「はいはい、天才天才」

 ニヤニヤと腹立たしい顔をしている。

「この話はもう終わりだ! ほら、置いてくぞ!」

「あー逃げた! ちょっと待ってよ!」

 先に歩き始めると、生意気な猫耳女が慌てて追いかけてくる。そして、横に並んだかと思うと、自然な動作で左手を握ってきた。

「なっ!?」

「その、ありがとね」

「…………」

 はにかみ笑いをする表情に釘付けだった。

 さっきまで恥ずかしがっていたのに、どういう心境の変化だよ。

「――じゃあ、行くか」

「うんっ!」

 それから二人で歩き回って、生活雑貨や家具などを買い揃えていく。

 その間、俺たちの手はずっと重なり続けていた。

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