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【10作目】クズと猫耳とお約束  作者: あぱ山あぱ太朗
酒を飲んだ後はチャーハンが食べたい
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1-4

「足りたか?」

 泣き声が聞こえなくなったタイミングで声を掛ける。食事を平らげてからも一〇分以上は泣いていた。溜めこんでいた感情が、一気に溢れ出してしまったのだろう。

「その……ごちそうさまでした。美味しかった」

 まぶたは腫れぼったく、目は充血しているけど、憑き物が落ちたように笑っていた。

 うむ、良い笑顔だ。これでいい。人が泣いていると俺もブルーになるし。

「料理の天才でもあるからな」

「ちょっと味が濃すぎると思ったけど」

「シャラップ! 元々、酒のつまみなんだよ!」

 この憎まれ口も、涙と一緒に流れてしまえば良かったのにな。

「それで、あの、えっと……」

 モジモジと何やら言いにくそうにしている。

「どうした、トイレか?」

「ち、違うわよ!」

「じゃあ、なんだよ?」

「いや、その……私の今後のことなんだけど……」

 そういうことか。今後のことねぇ。

「まぁ、その前にさ。お前、臭いからシャワー浴びてこいよ」

「なっ!? く、臭っ!? ほんと信じられない! デリカシー無し男! こんな汚い所に住んでる人に言われたくないわよ! バカ! バカ! バーカ!」

 どんな美少女だって、数日も風呂に入ってなければ臭いはする。込み入った話をするのは身綺麗にしてからでも遅くはない。

 すみませんね、ハッキリ物を言う性質でして。婉曲表現を勉強しておきます。

「だから天才だって。ほら、風呂の場所教えてやるから」

「今の言葉、一生忘れないからね! いつか後悔させてやるんだから!」

「遠回しのプロポーズか?」

「ムキぃー!!」

 リアルに『ムキぃー』って言うヤツを初めて見た。

 こいつを揶揄うの面白いな。けど、さっきからポカポカ――いや、ボコボコと殴られて痛いのでこれくらいにしとく。

 パンチ・キックを躱わしながら、玄関横の脱衣所へ移動する。

「まず訊きたいのは、お前の現代日本に関する知識はどのレベルだ? シャワーの使い方とかは分かるのか?」

 こいつは間違いなく日本人ではない。そして、日本人じゃないからと言って、アメリカ人でも、ブラジル人でも、中国人でもないのだろう。

 俺が知る限り、猫の耳と尻尾が生えている民族はこの地球上に存在しない。

「その、ごめんなさい。一から説明してもらえると助かる……」

「分かった。簡単に説明するぞ」

 洗濯機、洗面台、ドライヤー、歯ブラシ、トイレ、バスタブ、シャワー、シャンプー、リンス、ボディーソープ、それぞれの使い方や概要を説明する。

 モノによって理解度はまちまち。歯ブラシとかは使っていたみたいだ。

「大体こんな感じだけど、大丈夫そうか?」

「う、うん」

 初めて見るであろう機器や道具に、猫耳美少女は目を丸くしていた。

「で、あとそうだ。お前のことはなんて呼べばいい? 地の文(脳内)では『猫耳美少女』になってるんだけど、長くて面倒でさ」

「今更!? どうしてこのタイミングなのよ!?」

「え、なんとなく?」

「何よそれ……まぁ、いいけど――――サリィ、よ」

「へぇ、サリィね。名前は可愛げあるんだな」

 率直にいい響きだなと思った。

「名前『は』ってどういうことよ! それで、あんたは?」

「俺がどうした?」

「もう! 察しが悪いわね! あんたの名前よ!」

 そういえば俺も名乗ってなかったな。

「あー、俺は治」

「お、さ、む――――おさむ、治ねっ!」

 なぜか猫耳美少女――いや、サリィは嬉しそうだった。噛み締めるように、俺の名前を何度も繰り返している。

 しかも、なんか可愛らしい笑顔を浮かべて。名前を教えただけなんだがなぁ。

「治様と呼んでくれ」

 何だか小っ恥ずかしくて、いつもの軽口で誤魔化した。

「あんたなんて『治』で充分よ!」

「はいはい。じゃあ、着替えとタオルは適当に持ってくるから」

「覗かないでよ!?」

 出た、テンプレみたいなセリフ。ラブコメじゃないんだからさー。

「覗かん覗かん。貧乳のシャワー見たってなんも興奮せん」

「なっ!? ひ、貧乳って言うな! 見てもないのに憶測はやめてよね!」

「見てはないけど背負った時に分かったぞ。安心しろ、お前は歴とした貧乳だ」

 あの感じだと寄せて『B』あるかないかってところだな。

「殺す! 絶対に殺す!」

「ちょ、やめ、おい! 悪かったって!」

 柳眉を逆立てて、サリィが勢いよく襲い掛かってきた。

 飯を食ったこともあってか、さっきよりも断然パワーアップしている。

 なんとか謝り倒し(それでも顔面に三発は食らった)、サリィには大人しく浴室に入ってもらった。

「さてと、着替えとタオルを用意しないとな」

 俺の服を着てもらうしかないのだが、残念ながら部屋着的なものを持ち合わせていない。普段は高校時代のスポーツウェアをパジャマ代わりに使っている。

 それはさすがに申し訳ないので……あ、このパーカーとかいいんじゃないか?

 俺の身長は一八五センチ。我ながら恵まれた体格をしている。

 つまり、俺のパーカーはサイズがデカい。見るからにチビのサリィなら、ワンピースのように着こなせるんじゃないだろうか。

「入るぞー。はい、いち・にの・さん。――よし、脱衣所にはいないな。んじゃ、サリィ! タオルと着替え置いておくからな!」

 キチンとノック。ラッキースケベを回避して目的を達成する。

 酔いも回っているし、いくら貧乳とは言っても、裸なんて見ちまったらムラムラが抑えられなくなると思う。

 多少は信頼してもらっているようだからな。それを裏切りたくはない。

「ありがと!」

 浴室からサリィの声が返ってくる。やけに上機嫌だ。

 ふぅ、いい加減にタバコ吸わないと死ぬ。そのままベランダへと直行した。


「スッキリしたぁ! シャワーって最高ね!」

 一時間くらいしてサリィがリビングに戻ってきた。

 頬が上気して、真っ白な肌が朱色を帯びている。白銀の髪にも艶が戻り、薄汚れていたさっきまでと比べ、明らかに見違えていた。

 おまけにオーバーサイズのパーカーが、こじんまりとした体躯をより引き立たせ、否応なく異性であることを意識させられてしまう。

 不覚にも見惚れてしまった。ちくしょう、今日の夜は悶々とするかもしれない。

「って、臭っ! なんか煙臭いんだけど!?」

「タバコだよ、タバコ」

 そんな男の内情などお構いなしで、部屋のタバコ臭に苦情を言ってくる。

「獣人は嗅覚が鋭いの! 他にもお酒の臭いとか色々するし! そっちは我慢できたけど、この煙の臭いだけは無理! 私がここにいる限りは禁止よっ!」

 自身のニオイ問題が解決したこともあって勢いが凄まじいな。

「えーと、家主は俺なんだけど?」

「うるさい! とにかくそれ控えて! 臭いから!」

 横暴すぎる。え、マジでどうしよう。タバコ吸えないとガチで死ぬ……まぁ、いいや。面倒なことは後回しだ。きっと明日の俺がなんとかする。

 それよりも気になることがあった。

「つか、軽くスルーしたけど獣人って何よ?」

「う、うん……その、察していると思うけど、私ってこっちの生まれじゃなくて……」

「へーなるほど。やっぱそうなのか」

「お、驚かないのね?」

「こういう手合いは初めてじゃなくてな」

 その手の異形(?)に対しては耐性がある。昔、色々ありましてね。

 現代科学を持ってしても、分からないことは無数にある。

 宇宙を構成している物質のうち、人間が発見しているものは5%もないとか。この世の中には不思議がいっぱい。

 自分が知らなかった知識や見え方があるのは当然のことだ。

「そう、なんだ。理解が早くて助かるけど……」

「んで? サリィは何をするためにこっちに来たんだ?」

「……ごめんなさい。これ以上のことは何一つ覚えてないの。目が覚めたらこっちの世界にいて、記憶もなくて途方に暮れていたとこで……」

「記憶喪失ってやつか。じゃあ、帰り方とかも分からないってことだな」

「う、うん」

「まぁ、そのうち思い出すだろ。ってことでよろしく。ふぁ~、そろそろ寝ようぜ」

 色々ありすぎて疲れた。酒も入っているので超眠い。

「ちょ、ちょっと! 私の今後についてはどうするの!?」

 丈が余ったパーカー袖を振り回しながら、サリィが必死に訴えてきた。

「あれ、その話ってしたよな?」

「してないわよ!」

 もう流れ的に、と自己完結してしまっていた。

「いや、服も貸したしさ。泊まるアテもないんだろ? このまま『はい、さよなら』ってわけにもいかないし、サリィの身辺が落ち着くまではここにいろよ」

「い、いいの……?」

 おもちゃを強請る子供のように上目で見つめてくる。

 その仕草は反則だ。あまりの可愛らしさに、抱きしめてしまいそうになる。

「それ以外に選択肢ないだろ」

「で、でも! 私、何も返せないよ?」

「だから何もいらないって」

 困った女の子を助ける俺かっけぇ、って自己陶酔はできたからな。

「それじゃあこっちの気がすまないのよ! も、も、もし望むのであれば……その、た、多少エッチなこととかも……受け入れる……し…………」

 こちらを直視できないようで、顔を斜め四十五度に傾けている。隠しきれていない顔の半面は心配になるほど真っ赤になっていた。

「多少ってどんくらいよ?」

 興味本位で聞いてみる。エロいことは大好きだ。

「そ、それは――――む、む、胸を触ってもいい……とか…………?」

「あ、なら大丈夫。貧乳興味ないんで」

 やれやれ、こちとら初心な童貞じゃないんだぞ。颯太なら喜ぶかもしれないけど、俺にとってはただの生殺しだ。ABCで言うとこのBくらいは期待しちゃうよね。

 提案されたところで断るけどさ。義務感でやる行為には全く興味がない。お互いに好意があるのが大前提だ。行為と好意、なんちって。

「また貧乳って言った! 治のバカ! いいもん! 今後、頼まれたって絶対に触らせてあげないんだから!」

「はいはい、じゃあそういうことで。これからよろしくな」

 ぷりぷりと怒るサリィを無視して話を進める。

「私の話はまだ――いえ、じゃあ治。これだけは言わせて」

「ん?」

「ありがとう、これからお世話になります」

 サリィは恭しく頭を下げる。なんつーか、こういうのって照れ臭いな。

「お、おうよ。しゃーないから、お世話してやるよ」

 ――――こうして、俺とサリィの共同生活がスタートしたのだった。

「んじゃ、俺は軽くシャワー浴びて寝るから。サリィはそこのソファーで先に寝てくれ。えーと、毛布はどこだっけな」

「え、そっちのベッドは使っちゃダメなの?」

「同じベッドで寝るか? 言っとくが、一◯◯パー手ぇ出すぞ?」

 さすがに同衾をして辛抱するのは無理だ。悶々として眠れない、みたいなラブコメ展開はない。迷うことなく手を出す。

「何を堂々と宣言してんのよ! 違くてっ! こういうのは普通、女の子に譲ってあげるものじゃないの!?」

「再三繰り返すが、家主は俺なんだけど?」

「レディーファーストよ!」

「その概念、そっちの世界にもあるんだ――って、おい! ベッドを占拠するな!」

 正当なる領有権を主張するが、賊によって不法占拠されてしまう。

「おやすみー」

 俺の抗議を無視して、サリィはベッドで寝入ってしまった。盗人猛々しいとはまさしくこのことである。

 やっぱ、こいつ外にリリースしてもいい?

「はぁ、やれやれ」

 結局、俺がソファーで寝ることになりましたとさ。

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― 新着の感想 ―
まず一言、「主人公の言動がしんどい」。前回までもそうでしたが、今回は特に顕著でした。サリィが感謝したり頼ったりしている流れなのに、すぐに「貧乳」いじりや「触らせてやるなら考えるけど」とか、エロ混じりの…
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