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【10作目】クズと猫耳とお約束  作者: あぱ山あぱ太朗
酒を飲んだ後はチャーハンが食べたい
3/26

1-3

「えーと、塩コショウはどこだっけ」

 無性にチャーハンが食べたくなる事ってないか。俺にはよくある。

 料理なんて全くしないけど、チャーハンだけは作れるもんだからさ。コンビニで材料を揃えたわけだ。出来合いのやつも美味いけど味が薄いんだよな。

 俺が作った方が一〇〇倍うまい。

 コツはマヨネーズ、中華スープの素をドバドバ入れる。塩コショウを引くほどかける。

 これで激ウマ・味濃いチャーハンの完成。これが酒に合うのよ。

 ストロングチューハイを仰ぎながら塩コショウを探す。ウチの台所はちょっとした魔界だ。調味料が無秩序に散乱している。

「あーあれだ。昨日の晩酌で使ったから、テーブルの上か」

 頭を掻きながら振り返ると、ソファーの背もたれで必死に顔を隠しながら、猫耳美少女がこちらの様子を伺っていた。残念ながら耳が丸見えである。

「なんだ、目が覚めたなら声掛けろよ」

「わ、私に何する気なの!?」

「え、なに。日本語喋れるのか、お前」

 公園では違う言語で喋っていたから、てっきり言葉が通じないのかと。

「この言葉、ニホン語っていうのね」

「知らずに喋ってたのかよ。にしては、キレイな発音だな」

 日本語で発せられる彼女の声は、透き通った川のような清涼感があり、いつまでも聞き入っていたい心地良いものだった。

「そ、そう?」

 満更でもないようで、耳をピンと立て嬉しそうにした。

 こいつ、もしや単純なタイプか。

「じゃなくて! こんな所に連れ込んで、何をする気なの!?」

 猫耳美少女は思い出したかのように警戒心を強めた。胸のあたりで手をバッテンにして、こちらを睨む。

 男の家だし、そりゃ不安にもなるか。

「別に何もしないけど」

 威嚇しているところ悪いが、変な事をするつもりは毛頭ない。

「ウソ! わ、私の体が目的なんでしょ!?」

「ヤラせてくれるなら考えるけど。据え膳食わぬは男の恥って言うし」

「だ、ダメに決まってるでしょ!」

「じゃあいいよ。俺って結構モテるからさ。間に合ってんのよ」

 モテる男はガッツかないのだ。すると余裕があるように見えて更にモテる。

 これが『モテ・スパイラル』だ。モテはモテを生む。やれやれ、俺も罪な男だぜ。

「なんかムカつく」

「あぶねっ!?」

 近くにあった空き缶を投げてきた。

 手を出しても怒る。手を出さなくても怒る。どうすればいいんだよ。

「何が目的なのよ!」

「目的? なんだっけ? えー、あれだ、あれ。『美少女を助ける俺カッコイイ!』みたいな。とどのつまり、お前を助けた時点で、目的は達成されているわけだ」

「……バカ?」

 まさかの呆れ顔だった。

 感謝されたいとは思ってないけど、そこは「ありがとう」じゃないのか。

「バカとはなんだ。俺は天才だぞ」

「なんかもういいや。話しているとバカがうつる」

「だから俺は天才だと――――」


「その、ありがとう……ございます」


 目を合わさずに小声でそう言った。

 その頬は朱色に染まっており、明らかに照れている。指摘するのは野暮か。

「ふっ、俺に惚れるなよ?」

「やっぱバカでしょ。というか、後ろのソレは大丈夫なの?」

「うおっ!? そうだった! やばいやばい、焦げる!」

 ギリギリセーフ。ちょっと焦げ目がついただけだ。これくらいの方が美味い。

 怪我の功名ってやつだな。あとは塩コショウを振れば完成だ。

「も、もしかして……私のために?」

 猫耳美少女は上目遣いで可愛らしくこちらを見つめる。

「違うけど」

「ありが――え、違うの!?」

 驚いたような表情をしていた。世の中そんなに甘くないぞ。ちょっと可愛いからって、何でも手に入ると思ったら大間違いである。

「これは俺のつまみ。お前のはコッチ」

 レジ袋から牛乳とイワシの缶詰を取り出す。

 腹を空かしている様だから、わざわざスーパーまで買いに行ったのだ。

「えーと、これはなに?」

「分からんけど、お前って猫みたいなもんだろ? 猫といえば牛乳と魚だと思って」

「(プルプル…………)」

「あ、それともあれか。キャットフードの方が良かったか――って、痛っ! 爪! 爪が食い込んでるから! ちょ、やめろって!」

「キャットフードは分からないけど、極めて侮辱的なものを感じるわ!」

 猫耳美少女が飛びかかってきた。小柄なのにめちゃくちゃ力が強い。空腹で弱っているんじゃないのか。

「お前! 恩を仇で返す気か!」

「食べ物を用意してくれたことには感謝だけど! チョイスに悪意があるのよ! 私にもその美味しそうなのを食べさせなさい!」

「イタタ……っ! 分かった、分かったよ! チャーハンも分けてやるから!」

 酔っ払っているのを差し引いても、同等か下手するとそれ以上の力だ。

 本気でじゃれ合ったら大怪我しそうなので、ここは引かせてもらうことにする。

「はいよ、かなり味濃いと思うけど」

 一人前を分けても仕方がないので、全部こいつに食わせてやることにした。

 平素ならフライパンで直食いするのだが、今回ばかりは皿に盛り付ける。

「――あんたは食べなくていいの?」

「俺には他のつまみがあるから。しばらく何も食ってないんだろ?」

 少なくとも二、三日はまともな社会生活を営めていないことが窺える。空腹で気絶するなんて飽食の国・日本では滅多にない話だ。

「あ、ありがとう……」

「どういたしまして。じゃ、いただきます」

「い、いただきます!」

 俺の仕草を真似て、猫耳美少女も手を合わせる。礼儀正しいのは良いことだ。きちんと挨拶ができる女子は好感度が高い。

 さーてと、俺の二次会もスタートだ。

 コンビニの新作おつまみを、ストロングチューハイで流し込む。

「カーッ! うまい!」

 やっぱり酒は最高だ。これがないとやってられんわ。

「…………」

 そんな酔っ払いを蔑んでいるようで、猫耳美少女はジト目になっていた。

「俺に見惚れるのは分かるが、腹が減ってるなら早く食えよ」

「ば、バカも休み休み言いなさい! 言われなくても食べるわよ!」

 彼女はスプーンを握り、チャーハンをすくい上げ、パクリと口に入れる。

 無言。再度同じ動作を繰り返す。無言。また同じ動作が繰り返される。そのスピードはどんどん上がっていく。もはや掻き込むという表現がふさわしい。

「う――」

 うまいか、と聞こうとして止めた。いくらなんでも無粋すぎる。


「うぅ、うぅ……ひぐ……ぐすん…………うぅ」


 大粒の涙を流しながら、一心不乱にチャーハンを食べている。

 その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。大抵、泣き顔ってのは醜いものだが、彼女のそれは美しい――いや、違うか。尊い――――言葉にするのが難しい。

 人間の根底にある善性、他者を思い遣る気持ち、そんなものを想起させる。

 って、女子の泣き顔をガン見するなんてモテ男らしくないな。

「ほら、牛乳。一気に食うと喉に詰まるぞ。足りないなら同じの作ってやるから。だから、ゆっくり食え。えーと、ティッシュ、ティッシュ」

 散らかった部屋からティッシュ箱を見つけ出しテーブルの脇に置く。あとは彼女の顔を見ない様にして、静かに酒を流し込む。

 押し殺すような泣き声がしばらく響き続けた。

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― 新着の感想 ―
今回の話は、前回までよりもだいぶ「漫画的なノリ」が強くなってきましたね。主人公がチャーハンを作るくだりは妙にリアルで、材料も調味料も生活感があって「あー、いるいるこういうズボラな一人暮らし」って思わさ…
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