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「えーと、塩コショウはどこだっけ」
無性にチャーハンが食べたくなる事ってないか。俺にはよくある。
料理なんて全くしないけど、チャーハンだけは作れるもんだからさ。コンビニで材料を揃えたわけだ。出来合いのやつも美味いけど味が薄いんだよな。
俺が作った方が一〇〇倍うまい。
コツはマヨネーズ、中華スープの素をドバドバ入れる。塩コショウを引くほどかける。
これで激ウマ・味濃いチャーハンの完成。これが酒に合うのよ。
ストロングチューハイを仰ぎながら塩コショウを探す。ウチの台所はちょっとした魔界だ。調味料が無秩序に散乱している。
「あーあれだ。昨日の晩酌で使ったから、テーブルの上か」
頭を掻きながら振り返ると、ソファーの背もたれで必死に顔を隠しながら、猫耳美少女がこちらの様子を伺っていた。残念ながら耳が丸見えである。
「なんだ、目が覚めたなら声掛けろよ」
「わ、私に何する気なの!?」
「え、なに。日本語喋れるのか、お前」
公園では違う言語で喋っていたから、てっきり言葉が通じないのかと。
「この言葉、ニホン語っていうのね」
「知らずに喋ってたのかよ。にしては、キレイな発音だな」
日本語で発せられる彼女の声は、透き通った川のような清涼感があり、いつまでも聞き入っていたい心地良いものだった。
「そ、そう?」
満更でもないようで、耳をピンと立て嬉しそうにした。
こいつ、もしや単純なタイプか。
「じゃなくて! こんな所に連れ込んで、何をする気なの!?」
猫耳美少女は思い出したかのように警戒心を強めた。胸のあたりで手をバッテンにして、こちらを睨む。
男の家だし、そりゃ不安にもなるか。
「別に何もしないけど」
威嚇しているところ悪いが、変な事をするつもりは毛頭ない。
「ウソ! わ、私の体が目的なんでしょ!?」
「ヤラせてくれるなら考えるけど。据え膳食わぬは男の恥って言うし」
「だ、ダメに決まってるでしょ!」
「じゃあいいよ。俺って結構モテるからさ。間に合ってんのよ」
モテる男はガッツかないのだ。すると余裕があるように見えて更にモテる。
これが『モテ・スパイラル』だ。モテはモテを生む。やれやれ、俺も罪な男だぜ。
「なんかムカつく」
「あぶねっ!?」
近くにあった空き缶を投げてきた。
手を出しても怒る。手を出さなくても怒る。どうすればいいんだよ。
「何が目的なのよ!」
「目的? なんだっけ? えー、あれだ、あれ。『美少女を助ける俺カッコイイ!』みたいな。とどのつまり、お前を助けた時点で、目的は達成されているわけだ」
「……バカ?」
まさかの呆れ顔だった。
感謝されたいとは思ってないけど、そこは「ありがとう」じゃないのか。
「バカとはなんだ。俺は天才だぞ」
「なんかもういいや。話しているとバカがうつる」
「だから俺は天才だと――――」
「その、ありがとう……ございます」
目を合わさずに小声でそう言った。
その頬は朱色に染まっており、明らかに照れている。指摘するのは野暮か。
「ふっ、俺に惚れるなよ?」
「やっぱバカでしょ。というか、後ろのソレは大丈夫なの?」
「うおっ!? そうだった! やばいやばい、焦げる!」
ギリギリセーフ。ちょっと焦げ目がついただけだ。これくらいの方が美味い。
怪我の功名ってやつだな。あとは塩コショウを振れば完成だ。
「も、もしかして……私のために?」
猫耳美少女は上目遣いで可愛らしくこちらを見つめる。
「違うけど」
「ありが――え、違うの!?」
驚いたような表情をしていた。世の中そんなに甘くないぞ。ちょっと可愛いからって、何でも手に入ると思ったら大間違いである。
「これは俺のつまみ。お前のはコッチ」
レジ袋から牛乳とイワシの缶詰を取り出す。
腹を空かしている様だから、わざわざスーパーまで買いに行ったのだ。
「えーと、これはなに?」
「分からんけど、お前って猫みたいなもんだろ? 猫といえば牛乳と魚だと思って」
「(プルプル…………)」
「あ、それともあれか。キャットフードの方が良かったか――って、痛っ! 爪! 爪が食い込んでるから! ちょ、やめろって!」
「キャットフードは分からないけど、極めて侮辱的なものを感じるわ!」
猫耳美少女が飛びかかってきた。小柄なのにめちゃくちゃ力が強い。空腹で弱っているんじゃないのか。
「お前! 恩を仇で返す気か!」
「食べ物を用意してくれたことには感謝だけど! チョイスに悪意があるのよ! 私にもその美味しそうなのを食べさせなさい!」
「イタタ……っ! 分かった、分かったよ! チャーハンも分けてやるから!」
酔っ払っているのを差し引いても、同等か下手するとそれ以上の力だ。
本気でじゃれ合ったら大怪我しそうなので、ここは引かせてもらうことにする。
「はいよ、かなり味濃いと思うけど」
一人前を分けても仕方がないので、全部こいつに食わせてやることにした。
平素ならフライパンで直食いするのだが、今回ばかりは皿に盛り付ける。
「――あんたは食べなくていいの?」
「俺には他のつまみがあるから。しばらく何も食ってないんだろ?」
少なくとも二、三日はまともな社会生活を営めていないことが窺える。空腹で気絶するなんて飽食の国・日本では滅多にない話だ。
「あ、ありがとう……」
「どういたしまして。じゃ、いただきます」
「い、いただきます!」
俺の仕草を真似て、猫耳美少女も手を合わせる。礼儀正しいのは良いことだ。きちんと挨拶ができる女子は好感度が高い。
さーてと、俺の二次会もスタートだ。
コンビニの新作おつまみを、ストロングチューハイで流し込む。
「カーッ! うまい!」
やっぱり酒は最高だ。これがないとやってられんわ。
「…………」
そんな酔っ払いを蔑んでいるようで、猫耳美少女はジト目になっていた。
「俺に見惚れるのは分かるが、腹が減ってるなら早く食えよ」
「ば、バカも休み休み言いなさい! 言われなくても食べるわよ!」
彼女はスプーンを握り、チャーハンをすくい上げ、パクリと口に入れる。
無言。再度同じ動作を繰り返す。無言。また同じ動作が繰り返される。そのスピードはどんどん上がっていく。もはや掻き込むという表現がふさわしい。
「う――」
うまいか、と聞こうとして止めた。いくらなんでも無粋すぎる。
「うぅ、うぅ……ひぐ……ぐすん…………うぅ」
大粒の涙を流しながら、一心不乱にチャーハンを食べている。
その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。大抵、泣き顔ってのは醜いものだが、彼女のそれは美しい――いや、違うか。尊い――――言葉にするのが難しい。
人間の根底にある善性、他者を思い遣る気持ち、そんなものを想起させる。
って、女子の泣き顔をガン見するなんてモテ男らしくないな。
「ほら、牛乳。一気に食うと喉に詰まるぞ。足りないなら同じの作ってやるから。だから、ゆっくり食え。えーと、ティッシュ、ティッシュ」
散らかった部屋からティッシュ箱を見つけ出しテーブルの脇に置く。あとは彼女の顔を見ない様にして、静かに酒を流し込む。
押し殺すような泣き声がしばらく響き続けた。




