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マイホームタウン・中野に帰ってきた。心なしか中野の空気はうまい(当社比)。
それは気のせいだとしても本当にいい街だ。安くて美味い飯屋も多いし、サブカル文化にも強いし、何よりも住みやすい。中野に来ることがあれば、ぜひ中野観光大使(自称)の俺にお声掛けください。
さて、そんな中野での店選びにおいて一悶着が起こった。
「えーっ!? ご飯ってラーメンですかーっ!?」
「何が不満なんだ。千円以下で食べられる最高の食事じゃないか」
日本が世界に誇るソウルフード、ラーメン。
もはや国民食となっており、お手頃な価格で食べられる庶民の味方だ。
そしてここはラーメン激戦区の中野。ラーメンという選択肢が憚られる理由はどこにもないのである。
「ラーメンも好きですけどー。こういう時はお寿司とか焼肉が定番じゃないですかぁ?」
「俺ってほら、ヴィーガンだからさ」
「え、ラーメンって豚骨とか鶏ガラとかゴリゴリ……まぁ、いいですけど……」
はい、シンプルに金がないんです。
色々言っていますがそれが一番の理由です。一希も俺の経済状況が分っているみたいで、諦めたような視線が辛い。やめろ、そんな目で俺を見るな。
「私は美味しいものなら何でもっ!」
あとあれだ。サリィに贅沢なものを覚えさせるのもよくない。
毎日、寿司や焼肉を食いたいなんて言われたら、一週間もしないうちに破産する。
「どこのお店かは決まってるんですかー?」
「やっぱり家系だな」
「いえけー?」
聞き慣れない言葉にサリィが首を傾げる。
家系ラーメン。横浜の吉村家を源流とするラーメン店。類似する濃厚豚骨醤油ラーメンのジャンルの総称。詳しい解説はウィキとか見てくださいな。
「簡単に言ってしまえば、味濃くて超美味しいラーメンのことだ」
「ほんと、治は味濃いもの好きよね」
「味も人生も濃厚なほうがいいだろ?」
「また適当なこと言って」
「騙されたと思ってさ。んじゃ、南口から出るぞ」
中野でよく行く家系の店といえば、俺にとってはやはりあそこだな。
駅の南口を出て、ファッションビルを視界の右に収めながら中野通りを直進、しばらく歩いていると赤い看板の前に並ぶ人の姿が目に入る。
「お、並んでる並んでる」
相変わらずの人気店で店前に二、三人の待ち客がいた。だが問題ない。この店はそつが無いオペレーションに定評があるので回転が速い。
それに待ち時間すらも、ラーメンを食べる上では最高のスパイスなのだ。
「凄まじい臭いがするんだけど!?」
「豚骨を炊いた匂いだな。これがまた食欲をそそるんだよ」
俺には『匂い』だけど、慣れないサリィには『臭い』なのかもしれない。
「ボクも何だかお腹減ってきましたー!」
「二人とも感覚おかしいって!」
「大丈夫だ、サリィ。お前もいずれこの『匂い』の虜になる」
店内の待機場所が空いたので、サリィを諭しながら券売機へと向かう。
迷うことなく特製ラーメンとライスを発券する。続く一希は券売機の前で「うーん」と頭を悩ませていた。
「どうしよー。ライス頼むか迷うなー」
「家系でライスを頼まない選択肢あるか?」
「ボクだって新潟県人なので、ラーメンもお米もそりゃー大好きですけど、カロリー過多なんですよ、圧倒的に!」
新潟県は米のイメージがあるが、一希曰く高頻度でラーメンも食べるらしい。
隠れたラーメン激戦区と言われているとか、言われてないとか。
「カロリーがどうって――こんな細い腕してるのに」
「ちょ、治さんっ!?」
ヒラヒラ服の上から二の腕を掴む。
同性の腕とは思えない。細いわりには骨張ってなく柔らかい。
「もうちょっと食ったほうがいいぞ、マジで」
「…………エッチ」
「わ、わりぃ」
顔を赤くして恨めしそうに睨んでくる。こいつもY染色体を持っている筈なんだ。
それが分かっているのに、反応がいじらしくて、つい目を逸らしてしまう。
『――っ!?』
視線を戻すと、また目が合ってしまった。
なんだか目が離せない。俺たちはしばしの間、無言で見つめ合ってしまう。
「あのさ、早く決めてくれる?」
そんな状況は不機嫌そうなサリィの声によって解消される。俺と一希は憑き物が落ちたような感覚とともに現実に引き戻された。
「ご、ごめんね……っ! えと、じゃあ……ライス食べちゃおっ!」
「い、いい判断だ! ほ、ほら、サリィの番だぞ!」
悪いことはしていないのだけど……なんだ、この罪悪感のようなものは。
「ふーん、へー、治は初めての私を放置するんだ」
「あぁもう! 分かった、分かった! そんな拗ねるなって!」
「別に拗ねてないし!」
分かりやすく頬が膨らんでいる。擬音で表現するなら「ぷくー」だ。
サリィを宥めながら、一希と同じくラーメンとライスを発券してやる。やはり、初めての家系でライスはマストだ。マリアージュをぜひ体験してほしい。
「食券預かっちゃいますね! お好みは?」
全員の発券が済んだタイミングで、店員さんから声が掛かる。家系の店では『麺の硬さ』、『味の濃さ』、『油の量』を好みで調整できる。俺はいつも「硬め」「濃いめ」だ。
俺と一希はそれぞれの好みを伝え、サリィのは全て普通で注文。最初はオーソドックスなものを食べてほしいからな。
「はいそれじゃ、三名様どうぞ! 三名様ご案内!」
『セイッ!』
店員さんの掛け声が特徴的で見ていて飽きない。
ちょうど三人客が退店したので、空いた席にそのまま案内される。
「お先にライスどうぞ!」
席に着いてから間も無く、全員の前にライスが置かれる。
「二人とも、戦いの幕が上がったぞ」
ラーメンが着丼する前から家系の楽しみは始まっている。カウンター上にあるおしんこ(きゅうりの漬物)をライスの上に投下した。
「ラーメンが来る前からガッツリ食べますよねー、治さん」
「え、メインってこの後に来るんでしょ?」
「主役が登場する前にこれで気持ちを高めるんだ。一希もいるだろ?」
「もらいます!」
漬物が入っている丼を左隣の一希に回した。さてと。いただきますと手を合わせ、俺はおしんことライスを掻き込む――――うん、うまい!
丁度良い炊き加減のご飯と漬物のボリボリした食感が最高だ。漬物は程よい酸っぱさでこれまたご飯がすすむ。
気が付けば器は空になっていて、店員さんにライスのおかわりをもらう。
なんとライスのおかわりは無料である。神かよ。
「サリィも食ってみ」
「なに……この緑の物体」
「とにかく食ってみろって。騙されたと思ってさ」
渋々とおしんこをライスの上にトッピングし、慣れない箸を使いながら、ええいままよと口元まで運ぶ。
「お、美味しい!」
「だよねっ!」
又隣のサリィに対して、前屈みになりながら一希は笑いかける。
「言っただろ?」
自分が好きなものを誰かと共有できるのは嬉しい。サリィはライスと漬物を一心不乱に掻き込み、「美味しい美味しい」とうわ言のように繰り返していた。
「おかわり、お願いしますっ!」
しかも、ちゃっかりとおかわりしている。メインのラーメン食えるのかよ。
「先に『硬め』のお客様!」
ライスとおしんこに夢中になっていると、いよいよメインがやってきた。
通常のラーメンにはチャーシュー、海苔、ほうれん草とTHE・家系らしいトッピング。特製はそれに加え、半熟卵と九条ネギがトッピングされている。
うむ、ここまで来たらあとは無心で食らえばいい。
まずはスープだ。レンゲでキラキラな油が浮いたスープを掬い上げる。
「キタキタキタキタッ!!」
濃厚でドロッとした液体がするすると体に入っていく。豚骨の甘みと醤油のしょっぱさが最高に調和している。これだよ、これ。この濃い味が堪らないぜ。
お次に中太の縮れた麺を啜る。
「エクセレントッ!」
硬めの弾力ある麺が濃厚スープと絡み合って、啜るたびにガツンと美味さがくる。
あまりの美味さに箸が止まらない。トッピングの九条ネギの食感も小気味よく、半熟卵は黄身がとろとろと口の中で溶ける――――あぁ、至高だ。
「さてさて」
「な、何よ! 治っ!」
ラーメン初体験・サリィの反応を窺うと、咎めるように睨まれた。
食事を邪魔するなと言いたげである。
「どうだ、美味いだろ?」
「……うん」
恥ずかしそうにして、小さな声で頷いた。
ふっ、その反応を待っていた。連れて来た甲斐があるというものだ。
「さらに先があるんだぜ。なんでライスがあると思う?」
「え、それは……さっきの緑のやつと一緒に食べるためじゃないの?」
「チッチッチ」
それだけじゃないんだよなぁ。サリィの前で指を振りながら応じる。
「なにその反応、ウザっ!」
「まぁ、見てろって」
濃厚スープに浸かったほうれん草をライスにのせ、同時に口の中へと運ぶ。
「おいちいぃぃぃ!」
思わず幼児退行してしまった。
スープの染み込んだほうれん草がたまらん。ラーメンとライスを合わせようって考えた天才にはノーベル賞をあげてほしい。
「え、なにこれ……っ!?」
おそるおそる俺の食べ方を再現し、そして『分かった』みたいだ。文字通り、目を丸くして驚いている。いいね、百点満点のリアクションだ。
「な?」
「これは、すごいわ」
此奴にも家系ラーメンの魅力が伝わったようだな。
「サリィちゃん、スープに浸した海苔と合わせても絶品だよ!」
「さすが一希、分かってるな。あとは行儀悪いかもしれないが、ラーメンのスープをひたひたになるまでライスの器に入れて――」
各々好きな食べ方をシェアして最高のラーメンを楽しんだ。
一希もライスをおかわりし、俺なんかはつい三杯も食べてしまった。ちなみにサリィは四杯も食べていた。
いや、それは食いすぎじゃね?




