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【10作目】クズと猫耳とお約束  作者: あぱ山あぱ太朗
ノーラーメン・ノーライフ
10/26

3-2

『…………』

 二人はゴミを見るような目で俺を見下ろしていた。

 もちろん、こうなったのには理由がある。

 新宿で撮影合間の明里と落ち合い、自宅の鍵を受け取った。その後、中目黒にある明里の自宅に移動する。

 明里の家に入るなり、引き出しという引き出しを開けて下着を物色した。

 下着漁りに夢中になっていた俺は、背後から近づいてきた猫耳女に気付かなかった。

 俺はその猫耳女に飛び膝蹴りをされて、痛みに悶絶していると――なんか心なしか体が縮んでいた(それくらい強力な一撃だった)。

 そうして、今に至るわけである。

「さ、さて! 猫の捜索だが、どうするかね!?」

 痛む背中を押さえながら必死に声を出す。この四面楚歌な状況を何とか打破しなくてはいけない。ということで、当初の目的に立ち返ることにしたわけである。

「クズ男が何か言ってるけど、一希ちゃんどうする?」

「サリィちゃん。クズはちゃんと屑箱に捨てないとダメだよ~」

「ねぇ、俺の人権は?」

 ぴえん。悲しいことに人間扱いされなくなっていた。

「あ、これが虎丸くんの寝床じゃないかな」

「ホントだ! 動物の抜け毛がびっしりだね!」

 俺を無視して話が進んでいく。

 このまま、いない人間扱いされるのは悲しすぎるぞ……やる、しかないか。

「――――ちょ、治!? 何やってるの!?」

「服を脱いでいる」

「その理由を聞いているのよ!」

 パンツ一丁になったところで、真っ赤な顔のサリィが声を荒げる。

 一希の方は「むほっ! すごい筋肉!」と違う意味で興奮していた。

「今から全裸で土下座をさせてもらう」

 パンツにも手を掛ける。さぁ、マイサン。皆さんにご挨拶しなさい。

「す、ストップ! そこまでしなくてもいいからっ!」

「それだと気が済まない。俺の誠意だ。ちゃんと受け取ってくれ」

「ちょ、やめなさいって! とにかく服を着なさい!」

「いや、むしろ脱ぎたい。脱がせてくれ」

「目的が変わってるよね!?」

 豆知識。社会契約論で有名なジャン=ジャック・ルソーには露出癖があったんだぜ。

「なら選んでくれ。俺を許すか、生まれたての姿にするか」

「どんな脅しよ!? もう、分かったから! 服を着なさい!」

 勝ったぜ。勝利の余韻に浸りながら服を着る。

 何故か一希は「あと少しだったのに」と残念そうだった。うん、結果的によかったかもしれない。全裸にならなくて。

「もぉ……びっくりするじゃない……男の人の裸なんて見たことないのに…………」

 頬を赤らめながら、サリィはぶつぶつと文句を言っていた。

「んじゃ、閑話休題ってことでさ。猫を探しに行こうぜ。その毛布の匂いと、同じ匂いを辿っていけばいいんだろう?」

「うん――――でも、今回は大掛かりにならないと思うわ」

「え、なんで?」

 ここからワクワクドキドキの大冒険が始まるんじゃないのか。

「虎丸くんは建物の敷地内にいる」

「その心は?」

 自信満々に言うので、その真意を問いただすことにした。

「理由は二つあるわ。一つ目は、室内で飼育されていた猫が遠くに行くとは考えづらい。慣れない環境に警戒するのもあるけど、猫って縄張り意識が強いのよ」

「縄張り意識が強い――ね。だから、サリィはベッドを占拠して手放さないのか?」

「私は猫じゃないから! 単純にフカフカなベッドで寝たいだけ!」

 だろうね。ベッドと比べて、新しく買ったマットレスは硬いです。

 ソファーほどじゃないけど疲れが取れた気がしない。

「治さん、治さん! ボクと同衾で構わないなら、ボクんちのが空いてますよ?」

「それは検討に値するな」

 背に腹は代えられないという言葉もある。

「な、なに言ってんのよ! そんなの絶対にダメに決まってるでしょ!」

 サリィがプンスカと怒っている。はい、今回はわざと嫉妬心を煽りました。

 ははは、可愛いやつめ。これくらいの反応をしてもらわないとベッドを占拠されているのが割に合わん。

「それは冗談として。虎丸がこの建物の中にいる根拠の二つ目は?」

 一希が「ボクは冗談じゃないですよー」と不貞腐れているがスルーする。

 お前と同衾したら貞操が危ういわ。絶対に朝まで持たない。

「二つ目は、建物に入った段階でオス猫特有のマーキング臭がしたの。そして、この虎丸くんの寝床や毛布だけど、さっきまでしていたのと全く同じ臭いがする。おそらく昼間は建物の隙間とかに身を潜めているんじゃないかしら」

「な、なるほどなぁ……しかし、そうなると俺の出番は?」

 サリィの完璧すぎる考察にぐうの音も出ない。

 見せ場を作ろうと思ったのに、これではタダの役立たずである。

「治にしかできないこと、あるわ」

「ほ、ほんとか!?」

 やはり、俺の天才的な頭脳が必要というわけだな。

「今回の私って、かなーり貢献してるわけじゃない? そのご褒美じゃないけど、今日も美味しいご飯が食べたいなーって」

「あのー、俺は財布ではないんですがー?」

 なんか思っていたのと違うぞ。もっと俺に相応しいクリエイティブな――

「でも、治にできることって他になくない?」

「……おっしゃる通りですね。どこで食事するか考えておきます」

 メンバーのモチベ管理も大事な役目ということで。そういうことにしよう。元より食事の件は話をしていたし。だから、俺は天才のままだ…………だよね?

 というか、結局は食べ物で釣れるんですね。サリィさん。


「やったぁ! 早速、マーキングの臭いが強い箇所を捜索しましょ!」


 サリィの後に続く形で、猫の潜伏していそうな場所を捜索する。

 自動販売機や室外機の下、建物の隙間、側溝や排水溝などを隈なく徹底的に。

「二人ともストップ」

 そんな風に二時間近く探し回ったところ、突然サリィから静止を求められた。

 目の前にはマンション敷地内に植栽された灌木がある。

「どうした、サリィ」

「小動物の息遣いが聞こえる」

「へ、息遣い? 俺には聞こえないけど?」

 普通の人間にそんな微かな音が聞こえるわけがない。

「私、耳もいいのよ――ほら、見つけた。よく見て、あそこ」

 サリィが指差す方向に何やら茶色い塊がある。

 目を凝らしてみると、明里からもらった画像に写っていた猫、つまりは虎丸であることが確認できた。

「あーっ! あれって写真の猫チャンですよねー?」

 一希も猫の姿を視認できたようだ。

「けど、どうする? 素手で捕まえるのは絶対無理だぞ」

 虎丸はじっと様子を伺っている。警戒しているな。本来、捕獲用の罠を使って捕まえるんだろうけど、今回はそういった類の道具を用意していない。

「任せて」

「任せてって……どうするつもりなんだ?」

「大丈夫、私って天才だから」

「俺の台詞を取るな」

 気軽に名乗っていい肩書きじゃないんだぞ。

「とにかく見てて」

 膝を曲げて屈んで、サリィは虎丸へとにじり寄っていく。対する虎丸は警戒心を強め、今にも逃げ出してしまいそうな様子だ。


「にゃー」

「――――ふぇ?」


 どこからか猫の鳴き声がする……いや、「どこからか」ってのもおかしいか。

 確実にサリィの口から発せられた。

「にゃーにゃー」

 猫撫で声ならぬ猫真似声だ。

「きゃわわわわ! サリィちゃん、めっちゃ可愛いですよ! 治さん!」

「どうなんだあれ……」

 だいぶ興奮気味の一希だった。こういうの好きそうだもんな。

 かくいう俺も、不本意ながら可愛いと思ってしまったが。しかし、そもそもあの行為にはどういった意味があるんだ。

「にゃーにゃー」

「――――ニャー」

 驚くべきことに、猫真似声に虎丸が応じる。

 猫と会話ができると言っていたが、その意味をようやく理解できた。

「にゃにゃにゃ?」

「ニャー」

 それからもう一言二言(?)交わすと、虎丸が茂みからゆっくり出てきて、サリィの腕の中にすっぽりと収まった。

「はい、任務完了」

「まったく腑に落ちないんだが……虎丸と何を喋ってたんだ?」

「簡単よ。『お腹減ったでしょ。あかりさんのとこに帰りましょ』って提案しただけ」

 こっちには「にゃーにゃー」言ってるだけにしか見えなかった。

 どうもその裏では、高度なやり取りが行われていたらしい。

「やったね、サリィちゃん! お手柄だよ!」

「一希ちゃん、ありがとう」

「お疲れ、サリィ。こんな楽に解決するとは思わなかった――助かったよ」

 本当に全部サリィの力で解決してしまった。それを手放しに喜べない自分がいたけど、功労者が労われないのは間違っている。しょーもないプライドはポイだ。

「まぁね! ただの居候のままじゃいられないし!」

 得意げに小さな胸を張るサリィだった。

「んじゃ、明里に連絡する」

 メッセージを送ると、ものの数秒で返信が来る。

 明里にしては珍しく感嘆符や絵文字、興奮しているのか誤字脱字のオンパレードだった。とりあえず「落ち着け」と返信をする。

「うし、じゃあ帰るか」

 俺たちは帰宅して問題ないとのことだった。

 虎丸を部屋に戻し、鍵は郵便ポストの中に入れておく。明里は仕事が終わり次第、動物病院に虎丸を連れて行くらしいので、お礼はまた今度ということで落ち着いた。

「私、お腹ペコペコ!」

「ボクも!」

「ったく、分かってるよ。中野で飯にするぞ」

『やった!!』

 無事にミッションコンプリートだ。俺の見せ場があれば完璧だったが。

 まぁいい。俺は追い込まれた時にこそ力を発揮する男だからな。夏休みの宿題は登校日の休み時間に終わらせるタイプだ。もし、次があれば頑張りますわ。

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