第九話 初めの実戦
だいたい背丈が四、五メートルほどある動く木――ウィローを見上げた。
目や口のようなものがある以外はただの木にしか見えないから、戦うという考え自体に違和感があるけど、依頼だから戦わないといけない。
「どうやって倒せばいいんだ……」
これからこの木と戦い方を考えていたらどっと疲労感が押し寄せていると、ウィローが地面からむき出しになっている根っこをうねうねさせながら近づいてきて、こっちに倒れかかってくる。
色々と考えを巡らせて精神的を落ち着こうとしていたタイミングだったために完全な不意打ちだったのだが、あんな巨体にのしかかられたら当然怪我をするだけでは済まないので、頭がごちゃごちゃなまま横に飛ぶ。
一応イーデンから受け身の取り方を教えられてはいたのだが、地面に転がったことで土にまみれてしまう。
痛いし、汚いし……。
なんで俺がこんな化け物と……。
テンションが最低まで落ち込むが、自ら地面に倒れこんでくれたのならチャンスだと言い聞かせ自分を鼓舞する。
ただ、ウィローは後先考えずに倒れ込むような馬鹿ではなかったらしく、根っこの部分を伸ばして俺のことを狙ってきた。
「そんなんありかよ!……こんなやつ、異世界転生して初戦に相手する――それもチートとか特典を貰ってない奴が戦うべき魔物じゃないだろ!」
ゴブリンみたいな定番な奴がもっといるでしょ、と脳内で愚痴りながら、何とか避けて根っこの部分を剣で斬ろうとする。
しかし力が足りていなかったのか、少し切れ込みを入れただけで終わってしまい、伸びた根っこがまた俺に向かってきた。
襲い掛かってくる根っこをギリギリ避けた後、その根っこを今度は全ての力を使って剣を振り下ろす。
そのおかげか、根っこを切断することに成功した。
ただ、襲い掛かってくる根っこが一つだけで終わるはずもなく、
「フレイム!」
これ以上は無理だと思って、襲ってくる根っこに魔法の火を放った。
できることなら火の魔法だけで倒してしまいたいところだったが、一発で限界なのでだからこれ以上は使えない。
しかし、向こうは根っこをバタバタとさせて火を振り払おうとしていることから、チャンスであることにも変わりない。
隙を晒しているところを木の幹に近づきグリグリとえぐり込んで剣を差し込み、力の限りを尽くして下方向に引っ張る。
無理やりすぎて剣の刃が悪くなるような切り刻み方をしながら引っ張ったら、ウィローの動きが止まった。
……やったか。
「魔法は使わないように言ったはず。それに火はダメだと言った」
かなり頑張ったはずなのに、近くにいた白髪の犬耳少女の口から飛び出たのはダメ出しだった。
「いや、無理だって。使わなかったら俺が死んでるから」
「それは未熟なのが原因。依頼はウィローの木材が採取なのに、根っこは燃えてるし、えぐると木材として使えなくなる」
「……すみませんでした」
依頼と俺の命、どっちが大事なんだよ、と面倒な彼女みたいな考えが浮かんだり、そもそも身の丈に合ってない依頼を受けさせるな、と言いたくはあったが、イーデンはこと戦闘に関しては俺が意見しても聞き入れる耳がないことを分かっているので謝罪をする。
一応、依頼に沿ってないことをしたのは自分ではあるわけだし。
「何が良くないか、分かってる?」
「……はい」
「じゃあ言ってみて」
若干イラっとするが、相手は子供だと言い聞かせ気を静める。
それに、イーデンは言葉にするよりも手が先に出るタイプだから余計に反抗しない方がいいと学んだというのもあって。
「イライヒンヲモヤシタリ、キヅツケタノガ、ヨクナカッタデス」
「ん、分かっているならいい」
「うわぁぁぁ!!」
聞き分けのない子供を相手しているような対応にさらにいら立ちが募っていたところに、男の悲鳴が聞こえてきた。
それにより、頭に登っていた血が正常に回り出す。
ウィローにでも襲われているのか?
面倒だけど、見捨てるのは目覚めが悪くなりそうだし、聞いている話によると前マスターもこういうこところで見捨てないような気がするからなぁ。……最悪、イーデンが何とかしてくれるだろ。
気乗りはしなかったが、悲鳴が聞こえてきたところに向かっていく。後ろにイーデンがついて来ているのをしっかり確認しながら。
現場に着くと四匹のウィローに襲われている俺以上に全身を土まみれな少年とキーくん頑張ってと応援している女性がいた。
「……大丈夫ですか?」
「た、助けて!!」
不味い状況のように見えるのだが、女性がのんきに応援しているからそんな切羽詰まっているわけでもなさそうな気がして聞いてみると、少年は必至に叫んで助けを求めてきた。
「イーデンお願い」
自分じゃ対処できない数なのでお願いしたら、イーデンはウィローに殴りかかった。メキメキメキメキ!という音が聞こえて、ウィローは地面に倒れ込む。倒れたウィローのことを見てみると、体にはこぶし大の穴が開いていた。
倒し方を考えるんじゃなかったのかよと思わず言いたくなるが、地面に無残な姿で倒れこんでいるウィローが見えて口を紡ぐ。そもそも、依頼とは関係ないわけだから。
そんなことを考えていたら残りの三匹も同じ調子で倒されていき、ひと段落つく。
「大丈夫ですか?」
「ああ……」
人に話しかけるのは得意ではないのだが、イーデンに任せるのはあれなので、自分がやった方がいいと判断して話しかけた。
やんちゃそうな少年はイーデンと地面に倒れ伏しているウィロー達を交互に訝しげに見ながら、ちょこんと頭を下げる。
「キーくんを助けてくれてありがとうございます」
少し遠くから少年のことを応援していたおっとり系の美人さんが、人を安心させるような微笑みをしながらお礼を言う。
「ちょっと姉さん。人前ではそう呼ばないでって言ったじゃん!それも同業者の前で!」
「えー、いいじゃない」
尻餅をついて助けを求めている時点で見栄も何もないだろうとは思ったが、人前で子供っぽいあだ名で呼ばれる恥ずかしさも理解できるので無粋な口出しはしない。
「無事そうでよかったです。じゃあこれで」
「待ってください!」
ここにいる意味もないのでこの場を去ろうとすると、姉の方から呼び止められた。
……無視するわけにもいかないか。
「お礼をさせてください」
「……いや、べつにそういう目的があって助けたわけではないので」
ちらっとイーデンの様子を確認して、特に興味を示しているわけではなさそうだから断る。
すると、イーデンがいる後方からお腹のなる音が聞こえてきた。
「……日が暮れてきてそろそろいい時間ですし、我が家に一緒に夕食でもどうですか」
「いやいやいや、それはこっちが申し訳ないです」
この場で何かを受け取るだけならともかく、一緒に食事とか面倒だし、出されたご飯があんまりおいしくなかったらしんどいので断ると、服の裾を引っ張られる。
裾が引っ張られるままに振り向くと、よだれを垂らしたイーデンがいた。
「ごはん……」
「……この後、ちゃんといつもの飯屋で食事にするから」
これは不味いと思い、向こうに聞かれないように近づいてイーデンに小声で諭す。
「うちのご飯は美味しいですよ!それに今日は奮発してお肉料理を多めですし」
「おにく……」
姉の方がいつの間にか俺たちの横にきていて、俺ではなく明らかにイーデンに話しかけていた。
肉料理というのが印象良かったのか、イーデンはさっきよりもよだれを垂らして食いつきがいい。
「何言ってんだよ、姉さん。今日はそんなに肉を使う予定じゃ――」
「お礼ですし、気にしないで食べていいですからね」
姉の方は何かを言おうとした少年の発言を遮って、にこやかな笑みを浮かべた。
「遠慮しなくていい……。親方、ここまで言ってるのに断るのは失礼だと思う」
何が失礼だよ。さっきまで、興味なさそうだったくせに……。
姉の方もお礼をしないのは申し訳ないとかだけじゃなくて、こっちに接点を持とうとしている感じだし。
……はぁ、でも断れそうになさそう。
「じゃあ、お邪魔させていただきます」
お礼っていっても、今日だけだろうだからな……。
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