第八十八話 怪しいらしい店3
「コリンさん、ですか?」
「ええ。その様子だと知らないようね」
「存じ上げませんね」
マリアンさんは眉間にしわを寄せながら目線を天井に向ける。相当特徴的なわけでもなければ一人のお客さんのことなんて覚えているはずもないので当然の反応だろう。
「その、コリンさんという方とうちの店が何かかかわりが?」
「……いえ、知らないのなら別にいいの」
とぼけるんじゃないわよ、と騒ぎ出したりするんじゃないかと思っていたのだが、意外にもユーニスさんは首を振った。ここで疑ってかかるのは人としておかしな行為ではあるんだけれども、そんなすんなりと納得するならこの店に乗り込むなよと思ってしまう。マリアンさんが本当に何のことか分からなさそうに首を傾げていたから、関係ないんじゃないかとビビッて問い詰めるのを辞めたのかもしれない。
だったら何のためにここに来たんだか、って考えていたらセシリアさんが口を開く。
「あの、ここのお店はいつ頃開店したのでしょうか?」
「ちょうど半月前ですよ。本店の軌道が乗ってきたので、新しい場所でお店を開こうって話になりまして」
「そんな最近なんですか……!それなのに繁盛していて凄いです!」
「ありがとうございます。私には支えてくれる商会の皆がいますから」
瞳を閉じて、少しだけ首を振るマリアンさん。
偽善ぶった嘘くさい発言のように聞こえるが、マリアンさんは町の人達の生きる糧となるために悪役を演じていたということを知っているためなのか、すっと納得した。
「もう一つ質問してもいいかしら?」
「はい」
「この町で不穏なうわさや、怪しい場所に心当たりがあったりしない?」
「不穏なうわさや怪しい場所ですか?そうですね……怪しいってわけではないですけど、うちのご利用して下さる方は教会の信者さんが多いなとは感じますね。それも、うちに特別利用者が多いわけじゃなく、この町は信者さんが多いように感じます」
さっき教会に入った時、うちの町にある教会なんか比にならないくらい人が多いなと思っていたけど。結構立派な教会だしそんなもんかなって気にはならなかったな……。思い起こせば、コリンさんがつけていたバッチを身に付けていた通行人は結構いたかもしれない。あと、セシリアさんがこの町を離れる前はそんな立派な教会じゃなかったって話だし、あそこまで大きい教会が作られた経緯があるはずだよな?
セシリアさんが聖女になった恩恵だったりするんだろうかとか考えてたら、マリアンさんはさらに続ける。
「それと衣類品の売れ行きが他の町と比べてダントツです。聞いた話によると、この周辺にいる魔物たちは殺傷能力が低い代わりに衣類を溶かしたり媚薬効果のあるガスを吐いたりして服や下着をダメにしてしまうことが多いらしいので、そういった衣類がよく売れるのだと思います」
衣類を溶かす魔物。俺は依頼を受けたコリンさんの後を追っていたところで、魔物に不意を突かれて服を溶かされたセシリアさんとユーニスさんの姿が思い浮かぶ。ユーニスさんはキッと睨みつけて恥ずかしがっていたのに、ユーニスさんは平然としていて何故か俺の方が気まずくなったなんてことも。
「ねえマコト、今、余計なことを思い出していたりはしないのかしら?」
ユーニスさんは胸元を腕で抑えながら服を溶かされた時と全く同じように顔を真っ赤にしながら問い掛ける。わりかし胸があるために、山がつぶれて逆にインモラルな感じになっているのだが、指摘したら恐らくキレるだろう。
こういう時に思い出していないと言っても信用されないだろうと、素直に思ったことを口にすることにした。
「え?余計なことなんて思い出してませんよ。ユーニスさんの下着は黒のレースだった――」
下から物凄い衝撃が来て体が宙に浮かび上がった。何も制御できないまま地面に倒れ込む。
「とつぜん押しかけて悪かったわね。話を聞かせてくれてありがとう」
「いえ、とんでもないです」
ぐェ!
お腹の部分に思いっきり踏みつけられて、カエルみたいな声が出る。
「マコトさん、大丈夫ですか?」
マリアさんは覗き込むようにしながら倒れこんでいる俺に手を伸ばしてくれた。
その手を握って起き上がると、案の定、ユーニスさんとセシリアさんはいない。あと、部屋の外で待っていたアロンさんもいなくなっている。
確かにちょっと悪乗りしすぎた感はあるけど、それにしても俺だけ放置して去っていくのはひどすぎないか?
不満を抱きつつも、デリカシーがなかったのは事実なので文句を心の中で留めておこうか。
「マコトさん。その……少しお話をしませんか?」
「えっと、いいですけど」
用もないし自分もそろそろお暇しようかなと思っていたところだったが、マリアンさんが覗き込むようなおずおずとした様子でお願いしてきたので頷いた。別に断る理由もないし。
するとアッシュさんが、じゃあ吾は席を外すわ、と空気読んだ雰囲気を出して部屋から出る。
何その妙な気遣い、そんなツッコミを浮かべていると扉の閉まる音が聞こえてきて、ブン!と何かが風邪をきるような音がしたと思ったら、マリアンさんはマリアナ海溝くらい深く頭を下げていた。
「マコトさん!その節は本当にありがとうございました!」
「……その節っていうのは、ゴールトン町で起きた出来事のことですか」
「はい」
感慨深そうに頷くマリアンさんを見て、やっぱりとなる。湿っぽいと表現すればいいのだろうか……ともかくそういう雰囲気だったことでなんとなく察しはついていた。そもそも俺とマリアンさんの接点なんてそれぐらいしかないわけだし。
「今の私があるのはマコトさんのおかげです。あの時の私は全ての罪を受け入れて断罪されるつもりでしたから」
「すべての罪を受け入れるって……。べつにマリアンさんはそんなに悪くないと思いますけど」
「いえ、私のせいで不幸になってしまった人は数知れないほどいますから」
顔を俯かせながら陰を落とす。明らかに魔族のせいだし、そんな状況で何の助けもなくて、悪い要素はほとんどないは思うのだが、生真面目すぎるマリアンさんのことだ、おそらく看守長時代の行いをいまだに後悔しているんだろう。なんか自罰的過ぎるような気がして、今にでも首を吊りそうな顔をしたマリアンさんを見ているとモヤモヤする。
「でもそれって本当にマリアンさんのせいなんですかね?」
「私のせいじゃなかったら誰のせいなんですか!私が魔族に提供する捕らえられた人を決めて、あいつらを満足させるように私の手でいたぶったりもして!変な気を起こさせないように捕らえられた人たちの前で見せしめにしたことだってあります!それなのにっ!……すみません」
心の奥底に押し込んでいた暗いものを吐き出すかのような勢いで叫んでいたマリアンさんは、ハッとしたような表情をしてから顔を左斜め下に反らして謝罪する。やはり真面目過ぎる。
「だとしても自分は、マリアンさんが看守長だったからこそ被害が最小限で済んで、ゴールトンを魔族から取り戻せたんだと思っています」
「……………………ありがとうございます」
マリアンさんは目をぱちくりとさせてから唐突に顔を俯かせ、しばらくしてからあどけない少女の微笑みを浮かべて顔を上げた。
そして、口元を緩ませながら目元を人差し指でこすり、
「あの、目を閉じてもらえますか?」
「へ?」
「本当に少しの間でいいので」
なんかサプライズでお礼の品でもくれるのかな……唇と唇を合わせるようなことだったらどうしよう……なんてドキドキしながら目を閉じる。
すると、おでこに少しの衝撃が走った。驚いて目を開くと、親指と人差し指で丸を作った手を俺に向けながら年上のお兄さんにいたずらを成功させた少女みたいにニヤリとしているマリアンさんがいた。
「ええっと……」
「これは私を辱めた仕返しです」
「辱めた……?」
口にして、そういえばゴールトンから立ち去るときにマリアンさんの思春期らしい悩みをサルベージに朗読させたなぁ、と思い出す。
場を和ませるためにやったことだが、あんな大勢の前で悩みを勝手に打ち明けられるというのは公開処刑ものの所業だったといえるかもしれない。ドキドキしていたのが恥ずかしい。
「それでデコピンを?」
「そうですよ!」
可愛らしく頬を膨らませるマリアンさんを見て、ふと一つだけ疑問が浮かび上がった。
「でも、命に関わるような秘密をばらすと脅したりとか、俺の急所に蹴りを入れるとか、実験材料にしたりとかじゃないんですね」
「そんなことするわけないじゃないですか!私をなんだと思っているんです!というか、実験材料にするってどういうことですか!?」
憤慨しながらも困惑するマリアンさん。なんともマトモすぎる反応で……気づいたら涙が自分の頬をツーっと流れていた。
「え?どうして泣いているんですか!?」
「なんか、マリアンさんを見ていると……」
「それってどういう情緒なんです!?」
まあそういう感じになるよねと思いながら、頭のねじが外れた――そもそもねじが嵌められるような設計をされていなかったんじゃないかと思わせるような奴らを浮かんで、悲しい気持ちになった。
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