第八十二話 コラプトのクラン協会
依頼対象のコリンさんは冒険者らしく、セシリアさんの案内に従いクラン協会に到着した。
コラプトのクラン協会の第一印象はとても静かだなというものだ。うちの拠点があるクラン協会は主にアッシュロードの人たちのせいで静寂というものを知らないから余計にそう感じる。
ただアッシュロードの人達を擁護しておくとうちのクラン協会が騒がしすぎるわけじゃなくて、王都のクラン協会とかも周りを気にしないような声量で会話していたり言い争っていたしここが特別静かなんだと思う。冒険者なんていうのは無鉄砲で血の気が多いような人がつく職業なわけだから、騒がしくない方が不自然まである。まともな環境とまともな精神が宿っているなら冒険者なんていう割りの合わない職に就かないわけだし。実際、クランに所属して間もない俺でさえ命の危機は何度も経験しているわけで……グレタに脅されているわけじゃなきゃ冒険者で生計を立てようなんて思わない。
「それにしてもこの列に人が並んでいないのは意外ね。依頼対象が見つからなかったら人気なさそうな受付に並ぼうと考えていたのに」
ユーニスさんは不満げな口調だがどこか感心しているように見える。
ユーニスさんが指すこの列とは、クラスで付き合いたいランキング一位を取れそうな女性が受付している列の事だ。うちの拠点でも王都でも人気受付嬢は行列できていてほかの所は閑古鳥が鳴いているような状態だったのに、ここのクラン協会は皆均等に並んでいる。
そういえば、さっき街を歩いていた時も視線が集まらなかったな。お姉さま系、おっとり系、小悪魔系と結構強いラインナップなはずなのに。この町に来るまでは三人ともナンパされていたから俺が贔屓目に見ているというわけでもないだろうし。それこそ、今も三人に声が掛かるどころか目を追っている人すらほとんどいない。まあ、小悪魔系――レアは臭いとか言い出してついて来ていないんだけど。
「何の御用でしょうか?」
「コリンという名の冒険者の活動記録を教えていただけないかしら?」
「……申し訳ございません。守秘義務というものがございますので」
美人の受付さんは申し訳なさそうな様子で断る。現代みたいにコンプライアンスがきっちりしているわけじゃないだろうから、ユーニスさんが個人情報を聞き出そうとして、まさか!?ってびっくりしたけどそこら辺はしっかりしているみたいだ。
こんな横暴が通らなくてよかったと安堵していると、ユーニスさんがいつものように次元の裂け目から黒いカードを取り出す。
美人の受付さんは裂け目を目の当たりにして瞳を真ん丸とさせ、ユーニスさんが取り出したカードに目を向けて口をぽかんと開いた。
「Sランク認定カード!?それに空間魔法、そして美しい黒髪とその格好……ま、まさか、ソロヴァスのクランマスター、ユーニ――」
「あまり目立ちたくないの。業務に熱心であることは感心だけれども……コリンについて教えてくれるわね?」
「は、はい」
一個人の個人情報なんて権力の前では無力らしい。
美人の受付さんは一度席を外し、帰ってきたら活動記録と書かれた本を手にしてコリンさんが受けてきた依頼を語ってくれる。
聞いている限り俺なんかよりも腕が立つみたいで、毎日依頼を受けたりと働き者らしい。
「そんなところで大丈夫よ。教えてくれてありがとう」
ユーニスさんは美人受付さんが活動記録を読み上げている途中でそう言い、俺が第一印象で抱いたユーニスさんっぽい大人な態度で受付を後にした。
い、いえとんでもございません、と畏怖のこもった謝罪を耳にしつつ、とりあえず俺たちは人の邪魔にならない扉の近くで立ち止まる。
「受付さんの話だと、コリンさんという方はとても勤勉な方みたいですね」
「……そうね。あの受付から聞いた話の通りなら、そろそろ来るはずだけれど」
セシリアさんの言葉にユーニスさんは考え込んでいるような様子で頷いてから独り言をつぶやく。その独り言とタイミングを同じくして、金髪の男性が入ってきた。見た目は気が弱そうであまり荒事に向いているようには見えない。その男性の胸元には女神の像のようなものが描かれたバッジをつけていた。
所属しているクランのエンブレムなんだろうかとか思っていたら、ユーニスさんはその男性に話しかけた。
「あなたがコリンよね?」
「はいそうですが?……もしかしてユーニス様でしょうか!?」
気の弱そうな男性――コリンさんは美人の受付さんと全く同じ反応をして姿勢を正す。
事態が呑み込めないのか目をぱちくりとさせていたのだが、一瞬だけ息を強く吸い込んでから顔を険しくする。
「……もしかして、エイミーに頼まれたんですか?」
「心当たりがあるようね」
「エイミーから仲がいいと聞いていたので……」
「なら話が早いわね。エイミーの所に戻りなさい。彼女、とても心配していたわよ」
「ええっと……」
信じられないと言わんばかりの様子で黙り込んだ。まあ、Sランクのクランマスターが人を連れもどす、それも様子を伺うに痴情のもつれっぽくて、そんなくだらない――くだらないはアレな表現かもしれないけど個人的な事情に多忙なクランマスターが首を突っ込んできたことに驚愕しているのだろう。
「あの、エイミーにはもう戻らないと伝えてくれませんか?」
「エイミーからは良好な関係だと聞いていたのだけれど……。エイミーに愛想が尽きたの?」
「いえ、そんな!エイミーは僕にはもったいないぐらい素晴らしい女性でした……。でも僕は、ここに骨を埋めると決めたんです……」
コリンさんは吐き捨てるように言う。意志は強そうだ。ユーニスさんはそんな覚悟を見せるコリンさんが掲示板へと向かっていくところを引き留めようとはせず、後姿を見つめる。
「……いったん引いて作戦会議よ」
作戦会議もなにも、俺たち部外者がなにをしたところでコリンさんの決心は変わらなさそうだけどな、とこぼそうとする前にユーニスさんはクラン協会から出た。
「で、どうすれば連れ戻せると思う?」
ユーニスさんは腕を組み、とても真剣な表情で俺たちに問い掛ける。
「……そもそも連れ戻さなきゃいけないんですか?」
「それが依頼なのだから当然でしょう?」
当然のようにユーニスさんは言うが、依頼だからといって当人同士で話し合ってケリをつけるべき問題を外野ともかくいうのはどうなのかと思ってしまう。
「聞いた感じ、それって当人同士で話をつけるべきじゃないの。僕たちが介入するのはおかしくない?」
いつの間にか戻ってきていたレアは俺が考えていたことをそのまんま口にした。凄くまともな意見で驚くが、この手の事では色々と経験してきていそうだしまともでもおかしくはないか。
ユーニスさんも一理あると思ったのか反論せず俯いた。そして悩ましそうな様子で口を開く。
「エイミー、凄く優しい彼氏ができたって喜んでいたのよ。彼女、男運がないから長いこと続かなくて悩んでいるの。だから、今回はうまくいってほしくて……」
ここで、だとしても俺たちが関わることじゃないと考えてしまうのは非情なんだろうか?というか、俺達からできることなんてほとんどないような気がしてしまう。
……こんなことを考えている時点で他人事に思っているんだろうな。本人を目の前にして発言できる意見じゃないわけだし。
「はい!」
「……なに?」
突然勢いよく手を挙げるセシリアさん。
ユーニスさんは疑わしげな眼をしつつも聞き返した。あの町案内でセシリアさんの信用が地の底まで落ちていることが伺える。
「ユーニスさんが脅せばいいのではないでしょうか?戻らないとひどい目にあわすと言って」
「いや、バイオレンスすぎるだろ!」
「……それは最後の手段ね」
「いや、ダメでしょ!」
至極まっとうな意見をしたはずなのに、全員におかしな人を見るような目を向けられた。
……いや、レアはセシリアさんとユーニスさんへ正気を疑うような目をしている。
そんな目をしたレアは一度首を振ってからため息をつき、
「もし説得したいんだったらさ、コリンとかいう男がなんでこの町に留まりたいのかを知るべきじゃない?」
「それは……そうね」
しみじみと頷くユーニスさん。レアは聞かなくても理由なんて分かるけどと呟くが、頷くユーニスさんの耳には届いていなさそうだ。
レアが言ったことは思い浮かんではいたんだけどさ……。ややこしいことになりそうだから黙っていたのに……。
「じゃあ、今からコリンの動向を追ってみましょうか」
ユーニスさんは堂々とストーキング発言をする。まあ、動向調査なんてそんなもんではあるんだけど。
これってさ、コリンさんがこの町で恋人を作っていたとしたら……。うまいこと復縁するように持ち掛けるなんてことにはならないよな……?流石にそんなことするとか嫌だぞ……。
恋人を捨ててこの町に移住したい、しかもその理由伝えなかった時点でほぼ確実に愛人が理由な気がしてしまうけど、コリンさんはそんな不義理なことはしない誠実な人であって欲しいと祈った。
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