第七十二話 ヴィンドティティでの攻防
「痛ッ!?」
「大丈夫ですか!?」
必死に走っていたら前方から衝撃がきて転ぶ。アイヴァン君が気遣って手をさし伸べてくれて、俺はその好意に甘える。アイヴァンくんは小柄な体格なため一緒に倒れるんじゃないかと心配を覚えたが、大樹のような安心感のある力強さに引っ張られ無事に立ち上がる。流石は魔族パワーといったところか。
「あれ?なんかにぶつかったはずだよな?」
目の前に人通りはあるがぶつかった人がいるわけではない。そもそもあの衝撃は、人とぶつかったというよりも勢いをつけて走って壁にぶつかったという感じだった。
それに、声を上げて転んだのに誰もこっちを見ていないのはおかしい。アイヴァンくんが行き倒れていた時の通行人たちは目を逸らして見てないふりをしていたという例はある。けど、今回は気づかないふりをしているというよりも本当に気づいていなさそうに見えるのだ。
「魔法障壁が張られているんだと思います」
「魔法障壁?」
「はい。おそらく、黒髪の魔術師の方によるものだと思います」
言われて、さっき人通りがなくなったのはユーニスさんによる影響なんじゃないかと推察したことを思いだす。
もしユーニスさんが張った障壁なんだとしたら、俺が破るとか絶対に無理だよな……。
ならグレタ達を頼るしか方法は思いつかないけど……。不味くないか……。
頭を抱えていたらアイヴァンくんが覚悟を決めたような表情で、
「僕がこの障壁を破壊します」
パリーンと音がした。そして、急に通行人たちが俺たちのことに気づいてざわつき出す。
クランマスターであるユーニスさんが張った障壁を破るなんてアイヴァンくんは何者なのか気になったが、そんなことよりもこの騒ぎでアイヴァンくんを狙っている奴らがここに集まってきたら不味いから、
「行こう!ヴィンドティティまでお願いできる?」
「はい!」
アイヴァンくんの力強い返事を耳にし、この騒ぎで後戻りが出来ないことが確定したので、王都一の奴隷商なんていうやばそうなところとドンパチする覚悟がようやっと決まった。
「もう後戻りはできないのよ!うちの手慣れは全員やられちゃったんだから!」
明らかに回りよりも大きい建物からヒステリックな野太い悲鳴声が響いた。悲鳴の内容から、少しだけ肩の重荷が軽くなる。
こういう敵のアジトに乗り込むみたいなシチュエーションが三度目なのはどうしてなんだろうと運命とやらに文句をつけてやりたい気持ちになりつつ、不意を突くために扉を蹴破った。黒い服を着た男たちと厚化粧をした女物の服を着た男が素っ頓狂な表情をしていた。
「侵入者よ!それに標的も一緒にいるじゃない!捕らえなさい!」
おねえ言葉の男は目をらんらんとさせて護衛っぽいのに指示をする。俺たちのことを獲物と思っているのかもしれないが毒入りだぞ、という気概で向かてくる護衛っぽい奴らに向き合う。
今まではイーデンに任せたり、イザベルのチート薬を飲んで白狼憑依とかいう異世界特典に頼ってきたけど!
「こいつッ!強いぞ!」
「ぐわぁぁぁ!?」
目の前から迫ってきたやつは蹴り飛ばし、横から迫ってきたやつには肘をお腹に刺す。
日々討伐系の依頼を熟し、今でも週に三回ぐらいイーデンにしごかれている成果が出たんだなと思い、涙が流れそうになる。むろん嬉し涙が。
「バインド!」
セピア色の思い出に一瞬浸っていたらアイヴァンくんがホーンラビットを拘束したときの魔法名を唱えているのが聞こえ、振り返ると背後から襲い掛かってきていた奴らが身動きできなくなっていた。それも、見える限りの護衛っぽい奴ら全員が。
成長したんだなって喜ぶ場面だと思っていたけど……。これ、俺いらなくね?
「あんたたち、なにやられてんのよ!……オールディス兄弟、頼むわ!」
「留守番で一番楽だと思っていたのに、ヒューヒュー」
「兄上!タダ働きで申し訳なかったし、ちょうどいい汗が掛けそうでありますな!」
おねえ言葉の男が癇癪を起しながら叫ぶと、気温は心地いいぐらいなはずなのに白い息を吐くと男と、ムッキムキな上半身をはだけていて見るからに暑苦しい男が奥の部屋に繋がっていそうな扉から現れた。
「バインド!」
「ナイス!」
ネームドっぽい奴が現れて厄介なことになりそうと思っていたら、アイヴァンくんが得意技を炸裂させたことに思わず言葉が漏れる。漫画とかなら一波乱ある展開だけど、現実だからそういうお約束は必要ない。
「ヒュー、動けない。なら、凍らせる」
「うおぉぉぉぉぉ!!動けない!これはキクでありますよ!」
必要なかったはずなのに、一瞬だけ気温が下がると白い息を吐く男――オールディス兄は普通に動けるようになり、暑苦しい男――オールディス弟は奇声をあげながら拘束している縄を無理やりぶち破るような身動きをする。
「そんな!?魔法を凍らせるのさえ常識はずれなのに、物理的に破るなんて!?」
「ふふ、当然よ。オールディス兄は知覚できるものを凍らせ、弟のほうは野球選手として活躍したんだから」
なぜか得意げに語るおねえ言葉の男。
「それ、弟の凄さの説明になっていないと思うけど」
「なに言っているの。その鍛えた肉体から繰り出される魔球は人の頭なんて吹っ飛ぶんだから」
だとしても兄と比べるとちょっとインパクトが掛けているような……とか思っていたら、フン!という鼻息がして顔の横に何かが横切る。振り返ると、壁にはボール大の穴が開いていた。
……訂正するので勘弁してくれませんか?
「ちょっと!壁に穴を開けないでよ!」
おねえ言葉の男が訴えかけ、オールディス弟はうんうんと頷いた。
「ヒューヒュー。弟が侮辱されているのは兄として見過ごせない」
オールディス兄がそう口にした瞬間、俺は突然身動きができなくなり、体の感覚がなくなっていく。
下を向くと上半身まで体が凍り付いてきており、徐々に氷が顔まで迫ってきていた。
いや、最強能力すぎるだろ!
「ウォーミング!」
俺の人生はこんなところで終わってしまうのかと絶望しかけていたら、突然体に温かさが戻ってくる。
「俺の氷が溶かされた、ヒューヒューヒュー」
「そんな!?兄上の氷が溶かされるなんて!?ならばこれを食らえ!」
「ウォール!」
オールディス弟が投球フォームをとったところでアイヴァンくんは防御魔法的な呪文を唱える。すると、アイヴァンくんの目の前に透明な膜のようなものが現れ、恐らくオールディス弟が投げたであろう球がその膜に受け止められて地面に落ちる。
……オールディス兄弟二人の攻撃を無効化したし、もしかしてアイヴァンくんって強いのか?
「むむむ。なら、数を減らすしかないでありますな」
「ちょっと、止めなさいよ!」
オールディス弟はおねえ言葉の男の静止を聞かず投球フォームを取り、何かが通り抜けた音が耳元からする。しかも何度も。
「だから止めなさいって!あなた、ノーコンだから引退したんでしょ!」
「下手な投球も数さえあれば当たるであるよ!」
じゃあ、選手として活躍したってのは嘘だろ!なんてツッコミも入れる余裕もなく、当たらないことを祈って棒立ちをしていたら、
「ウォール!」
アイヴァンくんが俺の方に防御魔法を張ってくれたみたいで、こっちに飛んできていたであろう大量の球がぽとりと落ちていく。そのうちの一つが顔の目前に迫っており、変な汗が噴き出る。
「アイヴァンくん、攻撃手段はないの?」
「すみません。そういうのは苦手で」
アイヴァンくんの返事でどうするべきか悩む。アイヴァンくんがいれば逃げることは出来るだろうけど、オールディス兄弟を倒すことは出来ないから。
逃げてこの場をしのげたとしても冒険者たちから追われるという詰んでいる状況は変わらないし、グレタとローナがクランマスター達を相手にして無事でいられるとも思えない。つまり、俺たちがこのヴィンドティティを攻略しなければならないのだ。
……やるしかないのか。
おそらくオールディス弟の持ち込みだと思われる壁に立てかけてあるバットを拾う。そして、バッタボックスに立った時のルーティーン、バットを縦に一回転させてから構えをとった。
「アイヴァンくん!防御魔法を解いて!」
「え?でも」
「いいから早く!」
奮い立たせた決心が鈍せたくなくて声を張り上げる。
透明な膜は無くなり、届かないと分かっているのに相も変わらず投球を続けているオールディス弟の玉をカコーン!と子気味良い音を鳴らして打ち返した。
「ぬおぉぉぉぉおお!?」
渾身の打球はオールディス弟のムキムキな腹筋にヒットして壁を突き破る場外ホームランが決まる。
……やべ、やりすぎた?
「ヒューヒューヒューヒュー、おのれ弟を」
死んでいないよな、と心配していたら、建物が凍りつき始める。
おねえ言葉の男は氷像と化していた。
「おい!依頼主も凍っちゃってるぞ!」
「しらない。お前たちを凍らせることは出来ないかもしれないが、こうすればまともに動けない、ヒューヒューヒュー」
「ウォール!」
オールディス兄は鼻息を荒くしながら言い切り、つららを周囲に浮かせて放ってきた。
「マコトさん!防ぎきれません!」
アイヴァンくんが再度張ってくれた防御魔法は凍り付き、その凍った防御魔法はつららにぶつかりドンドンと削られていく。
オールディス兄はアイヴァンくんの魔法で完封だと思ったのに……。楽は出来ないってことか!
俺は何に役立つのかと頭を悩ませたスケート技術を駆使して氷上を滑りながらつららを避け、
「なぜ動ける、ヒューヒューヒューヒューヒュー」
オールディス兄の目の前にまで迫り、バットで思いっきりぶっ叩いた。
「凄いです!マコトさん!」
「……ありがとう」
目を輝かせるアイヴァンくんに感謝を告げながら、凍り付いた建物と倒れたオールディス兄とおねえ言葉の男を交互に見る。
「……とりあえず、アイヴァンくんの幼馴染を助けようか」
「はい!」
アイヴァンくんの幼馴染が凍死しているなんてオチはないよな、なんていう不安を頭の片隅に追いやりながら、事態を収束させるためにオールディス兄弟が現れた扉へと向かった。
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