第七十一話 選んだ選択
「おい!あいつがそうじゃないか!」
今日クラン協会で依頼を受けるときに見かけた男が、後ろに五人ほど引き連れてこっちに指を差し近寄ってくる。
いまいち状況がつかめなかったが、人を鎖で拘束している場面を見られていて不味いことに気づき、若干目が血走っている冒険者たちへ、
「あの、この男を拘束しているのには理由がありまして……」
「何の話だ?そんなことよりも……クソ!先を越されたか!」
男を拘束している理由を説明しようとするが、聞き耳を持たない--というよりもあんまり関心がないようだ。
「なああんた、まだあそこにいる魔族を取り押さえられてないんだろ。分け前を半々……いやこっちが四、そっちが六でいいから、捕まえるのを手伝ってやるよ」
「へ?魔族?アイヴァンくんのこと?」
「アイヴァンくん……?」
分け前とかよく分からないことを言い始めた男は首を傾げる。
「マスター、いったん逃げた方が良さそうです」
淡々と告げるグレタ。そのおかげで目の前にいる男たちがアイヴァンくんを捕らえようとしていることを理解する。
今拘束している男がどこかのタイミングで逃げ出して、アイヴァンくんが魔族であることを伝えることは不可能なはず。そもそも、逃げ出せたなら戻ってくるわけがないし。てことは、アイヴァンくんが魔族だと知っているのは俺たちと拘束している男とその男を雇い主ってことになるよな……。
「お前、その魔族の仲間か!なら、こいつら全員捕らえるぞ!」
報酬とやらを分け合う必要がないと気づいたのだろう、冒険者たちは嬉々とした様子でこっちに刃を向ける。
この場面だけを切り取ってみた場合、こっちは襲われた被害者という構図になるだろう。けど、魔族であるアイヴァンくんを匿っている点を踏まえると……。
「逃げるぞ!ローナはアイヴァンくんを頼む!」
どこかで話は聞いているだろうと思ったのでそう叫ぶと、ローナは岩陰から現れてアイヴァンくんのことを背負う。アイヴァンくんが変な声を上げるのを耳にしながら、冒険者たちから距離を取るために走る。
冒険者たちは正々堂々近寄ってきてから攻撃してくれるなんて悠長なことをしてくれるはずもなく、弓を手にしている男が矢を放ってきた。
ローナは前を向いて走っているはずなのに、さっき襲ってきた黒ずくめの男たちを一掃した鎖で後ろに目が付いているとしか思えない鎖捌きでこっちに放たれた矢をすべて打ち落とす。
「マスター。どこに逃げるつもりなんですか」
「へ?」
「やみくもに走り回ってもきりがないですよ」
グレタの冷静な指摘で、アイヴァンくんを狙っているのは今追ってきている冒険者だけではない可能性に気づかされる。可能性というか、冒険者たちが襲ってきている原因が依頼なんだとしたら、ほぼ間違いなく他にもアイヴァンくんを狙っている奴らがいるはずだ。
だからといって、良い逃げ先が思いつくわけでもなく……。
「とりあえず、王都に逃げるぞ」
人ごみに紛れれば向こうから手を出すことは難しいだろうという安直な考えでそう口にする。王都がアイヴァンくんを見たら通報されるレベルの警戒態勢である可能性もあるけど、そんな状態なんだとしたらそもそも詰んでいるから考えても無駄だろうし。
「何とか逃げきれたか……」
肩で息をしながら、冒険者たちから振りきれたことに安堵する。現在俺たちは王都の大通りで人ごみに紛れていた。
「すみません、僕のせいで……」
「いや、アイヴァンくんを引き渡さないと決めたのは俺達だから」
そんなつもりはない、そう訴えかけるようなグレタのジトッとした目が痛い。
口をした俺も、確固たる意志でアイヴァンくんを助けようと思ったわけじゃなく、流れでなんとなくって感じではあるから、セオドアさん……!と目をウルウルとさせるアイヴァンくんに視線を合わづらい。
「それで、これからどうするつもりなんですか」
「……どうしようか?」
打開策が思いつかなくて聞き返すと、グレタは俺に愚か者を見るようなまなざしを向けた。
俺はグレタから目を逸らすと、はぁ、という息が吐かれる音が耳に入る。
「私が思いつく解決策は二つ。一つはアイヴァンさんを追ってきている冒険者たちに突き出すというもの。もう一つは先ほど説明したヴィンドティティに囚われているアイヴァンさんの幼馴染を見つけだすというものです」
「先に約束を破ったのが人間側だと証明すれば、王都のお偉いさんたちとしてはうやむやにしたいってやつか。……でも、なかったことにしたいなら口封じするんじゃないか?」
「そうでしょうね。ですから、事実がなかったことにはできないほどの大きな騒ぎを起こしてしまえばいいのです」
「……その騒ぎっていうのが、ヴィンドティティにいる魔族を開放するってことか」
「はい」
なんてことなさそうにグレタは頷いた。まだ幼いのにどこにそんな胆力があるのか知りたい。
「私としてはアイヴァンさんを突き出した方法がおすすめですが」
淀みなく非道なことを口にできる胆力も知りたいところだけど。
そんな皮肉を思い浮かべながら、どっちの選択をするべきか迷う。さっきまではアイヴァンくんを助ける気だったし作戦もさっきと変わらないんだけど、もうちょっと穏便というか、見つからないように上手いことスニーキングして救出できないかなとか考えていたから……。
「あの……僕のことは気にしないでください。これ以上、マコトさん達には迷惑かけられませんから……」
アイヴァンくんは儚げな笑みを浮かべながらたどたどしく言う。さっきまでの流れからして俺たちの手助けがあることは期待していたと思う。しかし、難しい現状となかなか俺が答えを出さないから気を遣ったんだろう。
……流石に期待させるだけさせておいて、今更やっぱり見捨てますって最低すぎるよな。
「お、カームアルカディアの面々じゃん。なんで魔族と一緒に仲良くしているんだ?」
だからといって倫理観を優先して危険な道を選んでもいいのかと悩んでいると、ブレイズクルーのクランマスターであるグレンさんがたまたまあった友人みたいなノリで話しかけてきた。
「どうしてたいした功績がないクランが街ぐるみで魔族が関わっていた事件を解決できたのかと不思議だったのだけど。……私も見る目がないわね」
そして、ソロヴァスのクランマスターであるユーニスさんもいた。自嘲した様子で首を振る。
……これ、絶対に勘違いされているな。少なくともユーニスさんには。まあ、勘違いというわけでもないんだけど……。
そんなことはどうでもよくて、この状況って不味いとかそういう次元超えてるよな?グレンさんとか馬鹿っぽいし、ユーニスさんもポンコツだけど、最上級クランのクランマスターではあるわけだから戦闘に限っては最上級なわけでしょ。
「マスター、どうするんですか?」
俺の背中は汗だくだくになっているのにもかかわらず、飄々としているグレタ。めちゃくちゃに尊敬を覚える。そんでもって、この状況をどうにかして欲しい。
ちょっとあたりを見回すとさっきまでいた人通りがなくなっていて、指示を待つかのようにこっちを見つめるローナと、捨てられた子犬みたいなアイヴァンさんが視界に入る。
「ああもう!ここでアイヴァンくんを引き渡すとかないでしょ!」
やけになって叫ぶと、グレタはぽかんとした顔をしていて。
「何だよその顔」
「……いえ。ここまで追い詰められたら、いつもの軟弱な精神が浮き出る答えが出るものだと思っていましたので」
俺はグレタのことを冷血女だと思っていたが、向こうも俺のことをヘタレ人間だと思っていたみたいだ。事実だし、お互い様だからどうこう言うつもりはない。
「なに?私に楯突くつもりなの」
圧倒的上位者。ポンコツにしか見えてなかったユーニスさんが、最初の第一印象通りの出来る魔術師として映る。多分だけど、人通りがなくなっているのもユーニスさんの魔法の影響なんだろう。
重圧で口を開けないでいると、グレタが俺の前に立つ。
「マスターではこの女を足止めすることなど出来ないでしょうから、ここは私とローナが受け持ちます」
「いやでも――」
「先の言葉は要りません。目的を達するためにはヴィンドティティに向かう必要があるのですから、マスターにはそちらを任せます」
いや、ローナには許諾を取ってないはずだけど。
そう思いはしたが口に出す場面ではないことぐらいは分かっているから、
「ローナ、頼めるか?」
「ご主人様が望むなら」
確認を取るといつものように恭しく頭を下げる。
この冷静な二人の様子から、もしかしたらもしかするんじゃないかという気がした。
「アイヴァンくん、行こう」
「でも――」
アイヴァンくんが言葉をつづける前に、俺は腕を引っ張ってこの場を後にした。
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