第七十話 アイヴァンの正体
「ああ……俺の腕と足が……。は!?」
うなされていた男はグレタによって鼻をつままれたことで飛び起きる。
ローナに尋問をされた後に呑気にお昼寝とは考えられないから、なんかしらの――男のうわごとから察するに腕と足をローナに何かされて気絶したんだろう。
体を擦って安心している様子の男を無理やり起こしたことに心苦しく思うが、襲ってきた理由を知っておかないことには事態を収拾つかないので仕方がない。
「びぃぃぃいいいいいい!!もう聞かれたら何でも答えますから!ですから、ですから!どうか、その女はどこかに!!!」
男はローナを見た途端、死神にでも出くわしたかのような反応をする。
大の大人――それも殺伐とした世界に身を置いているような男をどうやったらここまで怯えさせることができるのだろうかと想像しながらローナの方を向く。が、自分は関係ないと言わんばかりの無表情なローナから、これ以上考えるのはやめた方がいいと頭が危険シグナルを伝えてくる。
俺は大人しくその警告に従うことにした。
「ローナ。すまないけど、いったん離れてくれないか?」
「かしこまりました」
この男の怯えようだとローナがいると話が進まなさそうなので、いったん離れてもらった。
すると男は俺を見て祈るように指を組ませ涙を流し始めた。まるで信仰している神が降臨したところを目撃した信徒みたいに。
どちらかというと神を信仰するよりも神像に唾を吐き捨てていそうな男がここまで有難がっていることから、ローナは何をしたのか聞きたくなるが……知らない方が幸せな気がする。
「じゃあ、身元から教えてもらってもいいですかね?」
「分かりました。俺はヴィンドティティの狩猟課に所属しているものです」
ヴィンドティティ?何かの呪文か?
狩猟課という単語から何かしらの組織なんだろうと思いながら、助けを求めてグレタに視線を送る。
グレタは小さくため息をつき、
「ヴィンドティティ、王都で一番の奴隷商ですね?」
「はい」
「奴隷商の狩猟課のあなたはどうして私達を襲ってきたのですか?」
「あの魔族を捕らえるためです」
縛られて動けない男はアイヴァンくんに顔を向けた。
事実無根であったのなら人類の敵対者ともいえる魔族だと言われたのなら否定するはずだけど、アイヴァンくんは黙りこくる。
グレタはその反応を黒と見たのか、片側の刃が沿っている小剣をアイヴァンくんの首元につきつけた。
「なにしているんだ、グレタ!?」
「マスターは黙ってください。……アイヴァンさん、あなたは魔族なのですか」
「……はい」
アイヴァンくんが頷いてからのグレタの纏う空気が、初めて会った時に俺が前マスターではないと気づいた時と似ていた。
魔族が人に仇成す存在であることはゴールトン町の一件で身に染みているが、顔なじみぐらいにはなったアイヴァンくんを見殺しにするのはなんか違うような気もして。
「ちょっと待とうよ!まずは事情を聞いてみてもいいんじゃない?」
「……それでも遅くはないですね」
「なら、その首に突きつけている短剣もしまって」
「それはダメです」
「いやでも――」
「このままで大丈夫です。その方が皆さんも安心できるでしょうし」
アイヴァンくんは笑顔で答えた。俺にはその笑顔は作り物で寂しさを覆い隠すための仮面に見えた。
「では、あなたがここにいる理由を教えてください」
「……行方不明になった幼馴染がここにいると聞いて僕はこの街にいます」
「幼馴染?アイヴァンくんが魔族だから……」
「はい、探している幼馴染も魔族です。……この町に着いた僕は幼馴染の情報収集をして、その結果ヴィンドティティが魔族を取り扱っているという噂を耳にしたんです。ですが、訪ねてみたところ魔族は扱っていないと一点張りで……」
落ち込んでいる様子のアイヴァンくん。
探しているのが魔族なので情報を聞き出すことが難しく慣れない街を右往左往している中でヴィンドティティのうわさを聞きつけ喜んでいる姿が思い浮かぶ。そして、奴隷商を尋ねた結果当てが外れたことに今のように落ち込んでいる姿も。
アイヴァンくんが四苦八苦している姿を想像していたら、グレタは縛られている男に向いた。
グレタに視線を送られた男は悩ましそうな表情を作る。グレタは視線をローナが立ち去った方に向けると、
「その魔族の幼馴染を捕らえているのかは知りませんがうちは魔族を取り扱っています
!」
男は滝みたいな汗を浮かべてはきはきと答えた。
「……ヴィンドティティを訪れた翌日にいま縛られている方のような姿をした人達に襲われました。その人達から逃げるときに財布を落としてしまって無一文になり、街を彷徨っていたところをマコトさん達に拾われたんです」
なるほどなぁ。行き倒れているって何があったんだろうなって思ったけど……。アイヴァンくんは魔族で王都一番の奴隷商に追われているか……。
どこか諦めているように見える笑顔を浮かべているアイヴァンくんが視界に入る。
アイヴァンくんが魔族だとバレたて俺たちに攻撃してくる方が楽だったな……。
「なあ、何とかならないのか?」
「何とかとは?」
「……ヴィンドティティを訴えて、アイヴァンくんの幼馴染を取り戻すとか」
「何ですかその短絡的な考えは、と言いたいところですが……悪くない考えではありますね。人類と魔族で不可侵の条約を結んでいる中、魔族を取り扱っていることが露見したら大問題では済まないでしょうから」
「なら――」
「しかし、馬鹿正直にヴィンドティティに尋ねたところでYESという返答が帰ってくるどころか刺客を差し向けられるだけでしょう。また、仮にヴィンドティティが魔族を捕らえていることを証明できたところで、アイヴァンさんの幼馴染を取り返せるとも限りません。王国としては魔族を奴隷として扱っていたこと事態を内密にしたいでしょうから」
「確かに……。でもお前、さっきアイヴァンくんを……」
殺そうとした、という言葉をアイヴァンくんに聞かせられなくて口ごもっていると、
「知られなければ問題ありませんからね」
グレタはさらりと言う。やっぱり怖い女だ。
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