第六十九話 人間遊び
「あの、そろそろどうして襲ってきたのかとか教えてくれませんかね?」
鎖で縛られ黒いローブを身に付けているむすっとした表情の中年の男に問い掛けるが反応は返ってこない。
男は取り立てて特徴的な容姿というわけでないのだが、だからこそ暗殺者とかそっち形の人なのではないかという感じがする。
場数を踏んできた経験から情報を吐くまでは安全だと思われている、もしくはこっちのメンツの迫力が薄いため殺されはしないと思われているのか。
「あなたのお仲間はもう土に還る準備は済ませているわけなんですけど、このまま口を閉ざしていたら同じ目に合うぐらいのことは分かっていますよね?」
脅しをかけるが反応はない。もう覚悟は済んでいて死んでも口を開かないつもりなんだろうか。もしそうなんだとしたら、漫画とかアニメ通りなら歯かなんかに毒を仕込んでいて自害するような気もするんだけど……。
「ご主人様、この男は私に貰えないでしょうか?」
「貰えないって……」
昨日、人形を買って欲しいと頼んできた調子でローナが言う。おそらく、任せてほしい、の間違いなんだろうけど……。
俺になんか不利益があるわけじゃないし、縛られているおっさんの口を割らせるような手段もないからな……。警察的なところに突き出すべきなんだろうけど、どうして俺たちを襲ってきたのかという理由を突き止めないことには同じようなことが起きちゃうかもしれないわけだし。
……そういえば、この世界に正当防衛とかってあるのかな。
俺は重大な事実に気づいて青ざめる。
「ご主人様?」
「……ああ、いいよ」
そこら辺がどうなっているのか気になりながらも、もしもの場合に向こう側の事情を知れていた方が良いだろうと任せることにした。
グレタに事情を話してセーフなのか聞いておきたい。……でも、このおっさんを連れて帰るわけにもいないよな。
「俺たちは先に帰るから、やることがあるならここで済ませておいてくれ」
「かしこまりました」
はぁ、突発的に事件を起こしてしまった犯罪者ってこういう気持ちなんだろうか?
「あの、ぼくも一緒にですか?」
「そのつもりだけど」
流石にこのうぶそうな少年に人が苦痛の声を上げるような場面を見せるわけにはいかない。
襲ってきたやつらを血祭りにあげていたローナのことをうっとりとした目を向けていたことから、実は見た目通りの純朴な少年ってわけじゃない疑いが掛かってはいるんだけど。
「大丈夫なんでしょうか?」
「……えっと、何が?」
「その、ローナさんは危険じゃないのかなって」
アイヴァンくんの言っている意味をしばらく分からなかった。が、ローナの容姿と捕らえられている男を見比べてようやく、縛られている男の鎖が何らかの理由で外れてしまった場合、ローナに危険があるのではないかと訴えかけられているのだと理解する。
「いやまあ、このおっさんを捕らえたのはローナなわけだし、何かがあっても一人で対処できるでしょ」
「……そう、ですよね」
なんとも煮え切らない態度ながらも頷いた。惚れた相手が危険な目に合うかもしれないと思い、過剰に心配をしてしまっているということなのか?
「じゃあ、ローナ任せたから」
ローナが深々と頭を下げる様子を確認し、足取りの重いアイヴァンくんの手を引っ張った。
頼りなさそうな男と冒険者へなったばかりに見える少年が立ち去り、お貴族様のご子女様が遊んでいる人形のように整った少女と二人きりになる。
少女の表情からは感情が読み取れないのは少し不気味で、俺を一瞬で無力化して同僚を一気に片付けられるような実力者ではあるのだが、年齢からして尋問をする経験値は明らかに足りていないはずだ。
まあ、経験豊富であろうと俺には通用しないがな。
「では、ご主人様に了承を貰えたことですし始めましょうか」
黒髪の少女はなんてことなさそうに言った瞬間、俺の腕と足が切り飛ばされた。
「ぐわぁぁぁ!!」
このガキ、いきなりやりやがったな……!
手始めなら指の骨を折ったりするところだろと驚きつつ痛がる演技をする。
本来だったら痛みでのたうち回っているところだが、痛覚を無くす魔道具を偽歯として埋め込んでいる俺には通用しないんだよ。無駄な労力、ご苦労様。
尋問をしている気になっている少女のことをほくそ笑みながら、次のアクションを待つ。
このまま何も処置をしなければ出血多量で死んでしまうから、一度治療魔法を掛けて元に戻し同じことをされたくなかったら素直に情報を吐けと要求してくるのがベターといったところか。
「痛いのですか?」
「ああ!だが、俺はこの程度の痛みには屈しねえ!」
普通に考えたら痛いに決まってだろ。何でそんなことを聞いてくるんだ?
もしかして痛覚を無効化していることがバレているのかと一瞬思うが、バレているのなら魔道具を探すはず。痛覚無効の魔道具を気づかれているわけではなさそうなことに安堵するが、そろそろ命の危機に陥るぐらい血が噴き出してしまっている。
「おい、出血を止めないと死んじまうぞ!」
「……そういえば、血が足りなくなると死んでしまうのでしたね」
黒髪の少女は思い出したかのように俺の腕と足を魔法の炎で焼いた。
このガキ、魔法で直すわけじゃないのかよ。それじゃあ、痛みを与える機会を減らしているだけじゃねえか……。クソ、直すのに高くつくぞ。
目の前の少女が尋問役として素人なせいで手足を復活させるための治療費を掛けなければいけなくなったことに内心舌打ちする。
「痛くないのですか?」
「ああ、痛い!だが、俺はこんなことでは屈しない!」
「そうですか……」
黒髪の少女はビー玉みたいな気持ち悪い目で俺のことを観察し、自分の腕に目を向けて観察する。そうしたら突然、自分の腕を切り飛ばした。
「どうしたのですか?そんな驚いたような表情をして?」
「……痛くないのかよ」
「?」
痛みを覚えているような様子を見せずこてんと首を傾げた。
腕を切りとされて痛みを感じないはずがないので、まず俺と同じような魔道具を使っていることは間違いない。不思議そうにしているのは異常者だと認識させて俺のことを怖がらせるためだろう。
……そうなると、俺が痛覚を無くす魔道具を使っていることがばれている可能性があるな。……不味いぞ。
初めて焦りを覚えたタイミングで、黒髪の少女は自分で切り落とした腕を見てから俺の方を向き、
「腕と足がないままだと不自由ではありませんか?」
「……ああ」
「ですよね。でしたら……」
黒髪の少女はポケットを探る様子を見せて、明らかにポケットのサイズよりも大きいオークの死体を取り出した。次元魔法が掛かっているポケットなんだろうが、そんなトップクランが扱うような代物を年端も行かない少女が持っているのはおかしい。
でかいバックがついているのか……?Aランククラン、もしくはSランククランの身内……それか……。いや、そういえば最近Sランククランがこの王都に集まってきているというのを耳にした。だとしても、厄介な奴に手を出しちまったぜッ……!
「汗が凄いですね。痛みを感じると汗が出る場合があると記述されていましたがそういうわけではないはずですし……。暑いのでしょうか?」
黒髪の少女は白いハンカチを取り出して俺のおでこ辺りを拭う。
汗を拭かれている間、痛みでは自白させられそうもないから親切を施して手なずける作戦に切り替えたのかと思考を巡らせていたら、ふとオークの腕と足を切り落とされているのが視界に入る。
「……まさかお前、そのオークの手足を俺に引っ付けようとしているんじゃないのよな?」
自分で口にして、そんなことを不可能なはずだ、馬鹿馬鹿しい、とは思う。しかし、オークを引っ張り出して腕と足を切り落とした理由がそんな馬鹿馬鹿しいことを行うつもりなのではないかと思わされてしまったのだ。
「そうですよ。そのままでは不自由だと思いまして」
九割がた否定されてると思っていた発言が肯定されてしまう。しかも、頭のねじが外れている研究者がやりそうな人体実験を実行するつもりの少女からは悪意も興味も関心の色すらも一切感じ取れない表情で、不気味を通り越して恐怖を覚えさせられた。
「お、おい、辞めろよ!そんな訳の分からないことをしたら戻ら――」
言い切る前にイカレたガキは腕と足の切断面にオークの腕と足を近づけ、ポケットから紫色の怪しげな液体が入った瓶を取り出した。
「何だよその液体!」
「イザベル様から授かった薬です。どんなものであったとしても機能するように接着させる薬だそうです。ですから、しっかりと自分の手足のように扱えますよ」
「なんだそのぶっ飛んだ薬は!おい!やめろ!!そんなことしたらほんとに戻らなくなるだろうが!!!」
頭がイカレているガキは俺の言葉には耳を貸さず薬を垂らした。オーク腕と足は俺の腕と足とどう考えても大きさがあっていないのだが、オークの腕と足の切断面がすぼまり俺の腕と足の切断面とフィットする。しかも、しっかりと動かせてしまっている。
「どうしてくれるんだ!!これで元通りにならなかったらどうしてくれるんだ!!!」
「……?どうして泣いているんでしょうか?今までよりも一段階、性能の良い手足に変わったはずですよ?」
イカレたガキは本当に不思議そうに首を傾げる。そして、何かに気づいたように俺の口元に目を向けてまた首を傾げた。
「なにか変ですね」
「……何がだよ?」
首を傾げたまま俺の口元まで両手を伸ばしてくるので引きはがそうとするのだが。
なんなんだよこの力……!話通りなら腕力が上がっているはずなのに全然引きはがせねぇ!!
「これでしょうか?」
微動だにしない少女の姿をした不気味な何かとしか思えない存在に魔道具の偽歯を引っこ抜かれる。
「いでえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!!!」
魔道具を埋め込む前に経験したことがない悶絶ものの激痛が走り、視界には首を傾げている黒髪の少女が映っていた。
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