第六十七話 行き倒れ
「というか、用事があるから集会は先延ばしになったんじゃないのかよ」
どのクランも王都を満喫している姿を見て思わずこぼれる。
「しかし、コンコードパクトの方々は見かけていませんよ」
「……確かに」
独り言のつもりだったからローナに反応されてちょっと恥ずかしくなりながら、それはそうだと納得した。だとしたら、あのクランマスター達だったら何か問題を起こすのは想像できるから、集会の後に用事のあるスケジュールを組むべきではなさそうだけど。
まあ、そもそもまだ朝だから用事とやらをやるにはまだ早くて王都を満喫しているだけなのかもしれない。それに、クランマスター同士のわだかまりもあるだろうという配慮もあって少し期間を開けている可能性もありそうだ。
いつ頃になったらここをおさらばできるんだろうと考えていると、地面に倒れこんでいる人がいた。
ローブを羽織って倒れこんでいるため体型が分からずフードも被っているため性別の判別はできない。
道行く人たちと同じように関わり合いにならないようにしようと決め込んだところに、ローナがその不審者に近寄る。
「ちょ!?何をするつもりなんだ!」
「この倒れている方に事情を聞こうと思いまして」
「いや、どうして」
「こういった意識が不透明な方を介護するのは普通なのではないでしょうか?」
不思議そうに首を傾げるローナに言葉を詰まらせる。あまりにもその通り過ぎて。
なんとなくだけどこの倒れている不審者と関わることが避けて通れないと察し、みちづれが欲しくて周りを見渡す。人通りは多いはずなのに俺たちの周りには人三人分ぐらい間が空いているし、通行人と目があったとしても逸らされた。
みんな危機感知能力が高すぎだろ……。
「あの、大丈夫ですか?」
もう少し粘って仲間を探したかったが、じっと見つめるローナの視線が痛くて地面に倒れこんでいる人の肩を叩く。
地面に倒れこんでいる人はぐうぅぅぅと腹を鳴らし返事をした。
「お腹が……」
何かを求めるように片手を上げてから、少しもしないうちに息絶えたみたいにその腕を勢いよく地面に落とした。
「まじかよ……」
腹が減っていき倒れるとかどういう状況だよとか思いながら、ローナの何を考えているのか分からない表情を見る。そして、息絶えたように倒れこんでいる人を見てため息が出た。
「ううう。おいしい、おいしいです……!」
緑髪の少年が号泣しながらローナお手製のオムレツを口にしていた。
「そ、そうか」
「はい!僕のことを拾ってくれて、それもこんなに美味しい料理を振舞ってくれたことには感謝しかありません……!ローナさんとマコトさんは僕の命の恩人です!!」
ローナがいなかったら見捨てようと考えていたことから、感極まった少年の過剰な反応に腰が引ける。
「いや、料理を作ったのは俺じゃないし、アイヴァンくんを助けるようにお願いしたのはローナだから。俺には感謝しなくても……」
「いえ!こんな身元も分からないような自分を受け入れてくれてありがとうございます!」
あまりにも眩しい反応にむずがゆくて頬を掻いていたら扉が開く音がした。グレタが帰ってきたんだろう。
「他の同居人が帰って来たみたいだから」
「はい!」
勢いの良い返事に、あはははは、と愛想笑いを浮かべながら玄関に向かう。すると、予想通りグレタがいた。土鍋を抱えているのは想定外だったが。
別に土鍋を買ってきたのがおかしいというわけではないんだけど、絵面に違和感があるというか……。
外国人の中学生みたいに見えるグレタが土鍋を持っている姿にちぐはぐさを感じたってところか。
「何ですか?じろじろと見て」
「いや、そんなことないと思うけど」
見ていたんだろうけど、考えていたことを説明しても意味が分からないだろうから知らんぷりをした。
グレタは俺の言葉に納得したのか……多分どうでもいいからなんだろう、荷物と土鍋を玄関に置いてからリビングの方に視線が行く。
「誰かいるみたいですね」
「うん」
「誰ですか?」
「アイヴァンくん」
グレタはぎろりと目をこちらに向けて柳眉を逆立てる。冗談が通じなかったようだ。……普通に怖い。
「そういう意味で聞いているわけじゃないことぐらいは分かりますよね」
「はい……。行き倒れていたところを助けた人です」
「はぁ?」
グレタの態度とへの字に曲がっている眉が俺の言っている意味が理解できていないことを物語っていた。
俺も同じ返しをされたら、何言ってるんだコイツ?ってなるだろうから、至極当然な反応ではある。
なんとなくアイヴァンくんを拾った経緯を知られると怒らせるような気がして話すことに気後れするのだが、グレタの目が理解できるように説明しろと促す。
「……そのまんまの意味で、行き倒れていた人がリビングにいるんです」
「はあ。……どういう成り行きでそんな不審者を私たちが泊っている宿に連れ込むことになるのでしょうか?」
「……なんでかは分からないけど、ローナが行き倒れているアイヴァンくんを助けてあげたいって話になったから」
「本当ですか?」
明らかに信用していない目つきで聞いてくる。ローナがそんな親切心を働かせるとは思っていないからなのか。
助けてあげたい、というよりも、助けるのが普通みたいな言い方だったような気もするけど、おおむね間違っていないので頷いた。
「仮にローナさんが本当に頼んだとして、何故了承したのですか?……まさか、ローナさんのようなまだ成熟していないのが好み……!」
グレタは変質者から身を守るかのように胸を腕で覆い隠す。
「いや、違うから!てか、今までそういうそぶりを見せたことはないだろ!」
「冗談です」
心臓にくる質の悪い冗談だ……。
「それで彼の身元は?」
「まだ聞いてないから分からない」
グレタは使えない奴だと言わんばかりにため息をつき、リビングに向かう。
あんな涙を流しながらご飯を食べている所にデリケートかもしれない質問をしていないのは仕方なくないかと訴えたいが、どうせ相手にされないのは目に見えているので抗議はしない。
「私はここの宿を借りている一人であるグレタです。あなたはアイヴァンさんで合っていますよね?」
「はい!気軽にアイヴァンって呼び捨てしてください!」
「分かりましたアイヴァンさん。アイヴァンさんは行き倒れていたとマスターから聞いているのですが、どういった経緯でそのようなことになったのでしょうか?」
さっきまではきはきとしていたアイヴァンくんはメデューサに睨まれたみたいに固まる。
「答えられませんか?」
「い、いえ……。その、旅をしていたら路銀が尽きてしまいまして」
あまりにも苦しい言い訳をするアイヴァンくんはオムレツを一口。
グレタは目線をアイヴァンくんから少し下に向けてから、ローナと俺を見比べた。
「それはローナが作ったものですか?」
「は、はい!これが本当に美味しくて……!」
「……ローナさん。オムレツのあまりはありますか?」
「はい」
アイヴァンくんに心をえぐるようなどぎついのをかますかと思われたが、グレタの関心はオムレツに移ったみたいだ。料理好きの好奇心が刺激されたんだろうか。
グレタの頼みを了承したローナはキッチンに向かい、オムレツをよそった皿を机に置いた。
グレタは席に着き、スプーンを手にしてオムレツを一口。
「なッッッ!?」
グレタの握力が消えうせたのかスプーンを落とした。背後には雷が落ちている。
呆然とした様子のグレタは立ち上がり、ローナの肩を掴んだ。
「こ、これ、本当にローナさんが作ったんですか……!」
「はい」
「どこかのお店の者ではなく……!」
「はい」
「……どこかで料理を教わっていた経験が?」
「いえ、本を読んで作ってみました」
グレタは力なく崩れ落ちた。おそらく、料理の腕の自信と一緒に。
他意はないんだろうが、アイヴァンくんは本当にこれ美味しいですよねと死体打ちをしていた。
これ、ローナが今まで料理をしたことがないっていうのは伝えない方が良さそうだな。
……てか、そんなにうまいのか、オムレツ。アイヴァンくんのオーバーリアクションだと思っていたけど。
「ご主人様もいかがですか?」
俺は頷いて一口食べる。
「うまいな」
ふわっふわで今まで食べたことないレベルの美味しいオムレツだな、という感想を抱きながら、ぶつぶつと独り言をする近寄りがたい少女はアイヴァンくんの処遇をどうするつもりなんだろうなと思った。
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