第五話 クランメンバーは個性的3
「なんであんなイカレた奴がいるんだよ」
「あの女は所属していたクランに追い出され、居場所がなくなっていたところで出会ったのですが、マスターは境遇を聞いて可哀そうに思い、クランメンバーとして受け入れたからです」
グレタの言うマスターとは俺のことではなく、前マスターのことを指しているのだろう。
いや、追い出されて当然でしょ。むしろ、あんな奴を受け入れる前マスター様、懐が広すぎるわ。
多分な皮肉を込めてそんなことを考えていると、あっ!あっ!という女の人の喘ぎ声みたいなのが聞こえてくる。
こんな真っ昼間からクランメンバーがいる拠点でおっぱじめているとか、ここにはまともな奴はいないのか……、とこれから一緒に暮らしていく同居者に若干絶望しかけていたところに、その声が聞こえてきたところの扉が開く。
日焼けした貴金属をチャラチャラとさせているような男でも出てくるんじゃないかと身構えていたら、頬が上気しているピンク色の髪色をした少女が出てきた。
その少女は背丈や顔立ちは中高生といった感じなのだが、それに見合わない異様に膨らんでいる胸部をしている。
色気がある表情とその犯罪的までのアンバランスな肉体で艶っぽく感じてしまう人がいることは想像に難しくない。
男の方が出てこないなと思っていたら、
「あ!グレタちゃんと、……クラマス」
グレタには凄く弾んだ声だったのだが、俺のことはだいたい一オクターブ下げて名前を呼ぶ。
「ねえ、グレタちゃん。この後、一緒に遊ばない?」
「……やることがありますから。それに、遊び相手はまだ部屋の中にいますよね」
「そうだけど……、もう完全に伸びちゃってるし。それに、やっぱりグレタちゃんみたいなとびっきりかわいい子とも遊びたいから」
ピンク髪の子はグレタに体を向けて、俺のことを視界にすら入れようとしない。
……これはあれだな。同性愛ってやつか。それも男嫌いが入ってる。
「とにかくまだ用事があるので」
「ちぇー、相変わらずグレタちゃんはつれないな。んー……、僕は戻るね」
ピンク髪の子は結局、声を掛けないどころか俺のことを一切見ないまま、部屋に戻っていった。
そして、また女の子の嬌声が聞こえてくる。
……相手の子、気絶していたんじゃなかったのかよ。
「よく反応しなかったですね」
「は?何が?」
グレタは俺の股間を見てくる。
「レアさんはそこを元気にしている男を見ると、容赦なく潰しますからね」
潰す!?反応しただけで!?
あのピンク髪の少女に急所を蹴られる想像をしてしまい、あそこが縮こまる。
「冗談ですよ」
「……そりゃそうだよね。そんなことで股間を潰す――」
「ちなみに、マスター以外の男性には容赦なく潰しますけど」
「え?それも冗談だよね?」
「冗談だと思いますか?」
グレタの表情でなんとなく察する。
そして、あんなに性的な体つきをしている少女を見てしまったせいで、潰されてしまった被害者達が少なくない数いるんだろうなと。可哀そうに……。
前マスターは大丈夫だったらしいけど……、気を付けよう。
「これで全てのクランメンバーと会ったわけですけど、どういった感想を抱きましたか?」
「まあ……、全体的に個性的だし、そういう表現じゃ生ぬるいぐらいやばい奴もいるなって」
特にあの赤髪の研究者っぽい恰好をしていた奴とかほぼ犯罪者手前というか、指名手配犯とかされているんじゃないかと思うぐらいだったけど。
「その通りです。ただそのせいで、マスターはクランメンバーと仲良くできずに悩んでいました」
「へえ、律儀だな。気にする必要なんてないのに」
「そうなんですが、マスターはマコトとは違ってとてもお優しい方でしたから」
「……すみませんね。冷めた人間で」
「そんな卑下することはありませんよ。マコトは普通なだけで、マスターがとても器が大きいだけですから」
いやそれ、全くフォローになってないから。
「そういえば、やってもらうことがあるとか言ってたけど」
「覚えてくれていたんですね。ちょうど今からその内容を伝えるところでした。今さっきマスターはクランメンバーがバラバラなことに悩んでいると伝えましたよね」
「……うん」
「でもそれは仕方のないことです。あんなのと仲良くできるはずがありませんから」
「まさしく、その通りだと思うわ」
「はい。ですが、もしマスターが戻ってきた際、みな仲良くしていたらマスターはどう思うでしょうか」
「……不思議に思うだろうなぁ。それこそ、誰かに操られているんじゃないかと不安になるんじゃない?」
「いえ、マスターはマコトみたいにうがった見方をしないので、素直に喜んでくれるはずです」
青髪の無駄に整った面をしている少女は間違いないと断定する。
「……無理だからね」
「何が無理なんですか?」
「だから、クランメンバーを仲直りさせるとか――」
「マコトは本当に良く頭が回りますね。そうです、私がお願いしたいことはクランメンバーと仲良くなってほしいということです」
おい!人の話は最後まで聞けよ!
というか、やっぱり仲直りが目的か……。
従順そうではあるのだが何を考えているのか分からないメイド、無表情で人外レベルの強さを持っていそうな犬耳少女、人体実験をするイカレ女、同性愛者で男嫌いの少女が頭に浮かぶ。
「いやいやいや、無理だけど」
「そう言わずに」
「だってさ、コミュ力マックスで完璧超人のイケメンとかでも解決できなさそうな問題を、俺みたいな陰キャコミュ障が解決できるわけがないじゃん」
「……自分で言っていて悲しくないんですか?」
「別に事実だから」
「そうですか。でしたら仕方ありませんね」
流石に無理な要求しているということを理解してくれたのかとほっとしていると、
「別にマスターの体だけあれば十分ですし、マコトはそこら辺の廃墟に閉じ込めておきましょうか」
「……え?何言ってるの?さすがに冗談だよね?」
「安心してください。ちゃんとご飯は出しますし、一日一回は様子を見に行ってあげますから。それと逃げられないようにしっかりと施錠しておきますし」
「……あ!嘘でーすみたいな展開でしょ、これ!ねえ、そうだよね!そんなひどいこと良識ある人間だったらするはずがないもんね?」
「しませんよ。ですから、一緒にまた外に出ましょうか」
……これ、マジでヤバイやつだ。逃げなきゃ。
俺はこんなところに居られないと人生で出したことがないレベルの猛ダッシュをした。
「どこに行こうとしているんですか?」
全力で逃げているはずなのに肩を掴まれる。
そしてギギギギと油が切れたロボットみたいに振り向くと微笑むグレタがいて、ゾワゾワゾワと鳥肌が立った。
「どうしたんですか?外に出るだけですよ」
「イヤだぁぁぁ!!ニートで生産性のない生き方をしていたからってさ!俺みたいなダメ人間にだって、生きている権利があるんだぁぁぁあ!!!」
十年以上も泣いた記憶はないのに、俺は一回りも下の少女にすがりつくように泣きついた。
恥ずかしいとかそういう感情は一切湧かず、ただただ懇願する。
「そこまでされては、少し良心が痛みますね」
「え」
願いが届いたのか、それとも年甲斐もなく泣き叫ぶ姿に憐れみを覚えたのか分からないが、許されたのだと思い目元をこすりながら顔を上げる。
青髪の少女が一瞬だけ口元を歪めているように見えた。
「じゃあ、マコトが異世界人であるということをクランメンバーに伝えましょうか」
「は?」
頭が真っ白になる。
「イーデンさんは何も気にしないかもしれませんが、ローナさんはマスターだから指示を聞いているだけですからね」
犬耳少女と心の奥まで見透かしてこようとしたメイドの姿が浮かぶ。
「レアさんなんかはクランマスターだから我慢しているだけですし」
ピンク髪の少女が俺のあそこを蹴り上げる場面を想像してしまった。
「イザベルさんは異世界人というよだれが垂れてしまうような興味深い実験対象を目にして、我慢なんてできるんですかね」
メスを持った赤髪のイカレ女が逃げる俺を追い回す光景を想像し、あの机の上で泡を吹いていた男と自分が重なった。
「……たいです」
「なんて言ったんですか、聞こえませんでしたよ」
こいつ!!
グレタの少し上ずった声が妙に俺の神経を逆なでる。
ただ、だとしても、
「クランメンバーを仲良くさせたいです!!!」
「本当ですか!?無理やりというのは良心が傷んでしまうので、そうやって自主的にやってもらえるのはありがたいです。先ほど器が小さいなんて見当違いなことを言ってしまい申し訳ありませんでした」
何が!良心が傷んでしまう、だよ!なめんなよ!!
頭を下げながら、この青髪の少女があのイカレ女よりたちが悪いんじゃないかと思わずにはいられなかった。
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