第三話 クランメンバーは個性的1
俺はグレタから前クランマスターがどれだけ素晴らしかったのかということを延々と聞かされ続けながら、クランの拠点に向かっていた。
前クランマスターについてグレタから聞いた印象は、普通にやさしい人というものだった。ただ、その優しさを伝えるためにはグレタについての説明が必要だろう。
もともとグレタは孤児だったらしく村の中でも浮いていた存在らしい。男の子からはモテて、女の子からは日々嫌がらせを受けるといった感じで。
グレタの見てくれを考えれば、どうしてそういう境遇だったのかはおおかた想像がつく。
そんな状況に嫌気がさしていたところ両親に売られ、奴隷として過ごしていたところに前クランマスターが買ってくれたのだとか。
その時の前クランマスターはうだつが上がらない冒険者だったらしいのだが、舞い込んだあぶく銭を使って買い取ったらしい。
それでいてグレタに手を出すわけでもなかったらしいから、年下好きだから引き取ったわけでもないんだろう。まあ、観賞するタイプだった可能性はあるけれど。
……よくよく考えたら、そんな見知らぬ少女のためにお金を使っている時点で普通という表現はおかしいか。
クランメンバーに関してなのだが、ローナという名の少女以外はほとんど関わりがないらしい。
じゃあ、その子とはどう対応すればいいのかと聞いたのだが、適当に対応しておけばいいと言われた。
適当というのは適切な対応をしろという意味なのか、何も考えずに対応しても大丈夫という意味なのかは分からなかったが、それ以上の情報は得られなかった。
これ以外にもいろいろと言っていたが、あと役に立ちそうな情報はクランメンバーの容姿と前マスターと名前が一緒みたいだからマコトと名乗ってもいいということぐらいだ。
「つきました」
「ついたって……」
まだ周りには人通りがないような場所で、廃墟のような建物しか見えないけど。
「もしかして、あそこにあるのが拠点?」
「はい」
俺が指した建物は、ボロボロで至るところに雑な応急処置が施されているような屋敷だった。
ええ……。
たしかに立派な屋敷だったんだろうなという魅力はある、と言えなくもないかもしれないけどさ……。
「本当にここが拠点なの?」
「何か問題ありますか?」
「いや、問題だらけでしょ。全体的に建物がボロボロだし、草とかも生い茂っていて一切手入れされてないし。お化け屋敷だって言われても違和感ないよ、正直」
「ここら一帯では一番マシだと思いますが」
「周りにある建物とか屋根がなかったり、壁に穴が開いているから住みかとして役割を果たせないようなものばかりだから、そりゃ一番ましだけど……。それはここらで一番ってだけで、そもそもここら一帯を拠点にしようっていうのが間違っていると思う」
「そうですか。しかし、いくらマコトがいくら不満を持っていたとしても、ここが拠点にあることは変わりませんよ」
俺の苦言にこの無情な少女は無慈悲にもそう切り捨てた。
いくら言っても聞く耳を持たなそうだし、年下の少女にいろいろと文句を言っているという構図でこっちが悪い感じが出ちゃうし……。
「ああそれと、これから他に人がいる場合はマコトのことをマスターと呼びますから」
グレタはもう話は終わりだといわんばかりに話題を変えておんぼろ屋敷に向かい、ガガガガガと音を立てて建付けの悪そうな扉を開いた。
「入りますよ」
気味が悪くて及び腰になっていたが、こんな廃道に取り残される方が嫌だったので俺もボロボロな屋敷に入る。
屋敷の中は一階と二階が階段でつながっているタイプで、赤いじゅうたんとシャンデリアでもあれば上流階層のパーディーでも開かれてもおかしくなさそうだ。
もちろん、階段の手すりとか途切れ途切れになっていたり、床とか壁もボロボロなので、そういうところがしっかりと修繕されているという前提はあるのだが。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
黒髪の少女が、カーテシー――よくメイドさんがスカートを持ち上げて挨拶をする奴――をしながら出迎えてくれた。
まだ若いので可愛げはあるのだが美人という表現の方がしっくりくる黒髪の少女で、無機質な瞳と声から生気が感じられず、精巧な人形と言われても違和感を持たないだろう。
さっき聞いていた特徴に当てはめると、この人がローナだよな?
「お帰り、ローナ」
黒髪の少女――ローナは何も言わずに頷き、そして首を傾げながら俺のことをじっと見つめる。まるで俺の奥底にあるものまで見透かそうとするような瞳で。
しばらくするとこっちに近づき手を伸ばしてきて、俺の顔をがっつり撫でてきた。さらには、顔を撫でている手を下に持っていき体もまさぐり始める。
なに!?なんでめちゃくちゃ触ってくるの!?
これがいつものコミュニケーションだったりするのか!?
混乱していて、こんなに綺麗な少女におさわりされるっていうのはご褒美といえるのか?いや、顔色を一切変えずに顔や体を触ってくるのが怖すぎて全く嬉しくないけど!?と頭の中がぐるぐると回っていたら、グレタが俺のそばにつき耳元でささやく。
「とりあえず、どっかに行かせるよう指示してください」
どっかに行かせるようにってなんだよ!助けてくれよ!と言いたくなりながらも、どう切り崩せばいいか分からないこの状況を変えたかったから、
「ええっと、食事場所でも掃除してきてもらってもいいかな?」
「かしこまりました」
ローナはきれいなお辞儀をすると、どこか別の部屋に消えていった。
……ああ、怖かった。
「……なあ、ローナっていつもああいう感じなの?」
「いえ。ただ、一度だけマスターに同じようなことをしていたことがありましたね」
一回だけ……。だったら、なんか理由があるのか?いやでも、一回というのも、グレタが目撃した回数が一度だけというだけかもしれないし……。
まあ、なんだかよく分からなかったけど、バレなかったってことでいいのか?
結局ローナが触ってきた意図は分からなかったが、とりあえずばれてないということにしないとキャパシティーがオーバーしてしまいそうなので、ばれてないということにした。
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