第二十一話 異世界特典
「うおぉぉぉ!?」
朝食を作っていると、マスターのお声でマコトの気色悪い唸り声が聞こえた。
久しぶりに拠点に帰ってきてそうそう、奇声を上げていることをはた迷惑に思うが、無視を決め込んでなにか起こった場合の後始末は面倒そうなので、温めているスープの火を止めて屋敷の外に向かう。
「なんですか、朝っぱらから。その不快な大声を聞かされる身にもなってください」
「あ、悪い悪い。いやでも、マジですごいことが起きていてさ!」
マコトは一度も見せたことのないハイテンションで詰めてくる。
中身はあれでも見た目とお声はマスターと同じなので頭がゆで立つが、違うと言い聞かせた。
「……あの、近いんですが」
「あ、悪い」
流石に妙に高いテンションを貫いてくることはなく、離れていく。
マコトに何が起きていたとしてもどうでもいいのだが、初めて見るテンションの高さが気になる。
「何かあったのですか?」
「いやそれがさ!日課のランニングをしていたら、突然頭の中で、イーデンのスキルを獲得しましたって、ナレーションがあったんだよ!」
「頭の中でナレーションですか……。そういうのは、よくあることなんですか?」
頭の中で声が聞こえると言い出して、ついに狂ってしまったのかなと思ったが、異世界人であるマコトにとっては当たり前のことかもしれないと質問してみる。
「なわけないだろ」
マコトの冷静ツッコミが、あたかも私がおかしなことを言いだしたというふうに感じ、若干イラっとする。
「なら、とうとう狂ってしまったのですね。精神的なことに精通しているイザベルさんに相談してみては?」
「とうとうってなんだよ。……というか、イザベルを勧めるなよ!一番勧めちゃいけない類の人間だろ!」
「興奮しないでください」
はぁ、とため息をつくと、魚が餌を求めていたときみたいにマコトは口をパクパクとさせてアホづらを晒す。胸がすく。
「何か言いたいことでも?」
「……別に」
「やれやれ……。話を進めましょうか。突然頭の中で、イーデンさんのスキルを獲得したという珍妙なナレーションが響いたということであっていますよね」
「……ああ」
「その話を真面目に受け取るのなら、スキルというのは技能や技術のことを指しますから、イーデンさんの今まで会得した技術を模倣できるようになったということで合っているのでしょうか?」
マコトは右手の握りこぶしを顎に当てながら、
「うーん。大方、それであっているとは思う。……あの、この世界ってさ、スキルレベルがあったりとか、それこそ神殿だったらスキルが見れるとかあったりする?」
「スキルレベル?技能の階級、質ということですか?どうして、貴重な回復術師を占有して、各国で権威を振りかざし威張り散らしている団体と、人々が会得してきた技能が関係しているのでしょうか?」
「……いや、なさそうだからいいや」
それだけ言って説明しない。
口にしたのなら説明して欲しいところだが、話が進まなさそうなので追及はしないことにした。
「結局、どういうことなのか分かりましたか?」
「うん。多分だけど、イーデンの特技とか特性的なものを手に入れたってことだと思う」
「なら、頭に流れたナレーションというのは?」
「異世界転移特典ってやつじゃないかな」
「……じゃあ、その得られたスキルというのを使ってみて下さい」
またよく分からないことを言い出したけれども、様子のおかしい今日のマコトにいちいち反応しても仕方ない。
「分かった。……いや、さあ。こんな頭がおかしい奴らがいるような巣窟に放り込まれて、何も特典がないのはおかしいと思っていたんだよね。これでようやっと報われるというか……。白狼憑依!」
不安をたらたらと漏らしながら、呪文のようなものを唱える。
「特に何か変わったようには見えないですけど」
「……うん」
マコトは姿を確認するかのように、自分の体を見回す。そして、拳を突き出したりして首を傾げた。
そんな姿が滑稽すぎて、内心から湧き上がる感情を必死に抑える。
「……頭の中に思わせぶりなナレーションが流れてきて、技名みたいなのも浮かんできたのに、何もないことなんて普通ありえる?ワクワクを返して欲しいわ」
しょぼくれた様子でマコトは足を上げ、地面につけて蹴った瞬間、
ドォォォーンッ!!!
けたたましい音がし、屋敷の壁あたりで砂煙が立っていた。
近づいてみると、マコトは全身で壁とキスをしている。
「ぷぷ。……大丈夫ですか」
マコトは突っ伏したまま何も答えない。
自暴自棄になったからといって壁に求愛行動をするのはよした方がいいですよ、と浮かぶが、一切微動だにしないマコトの姿が哀れすぎて思い留まる。
「まだ、朝食を作っている途中なので戻りますね」
屋敷に戻り、台所に向かっている途中に、
「なんでこうなるんだよぉぉぉ!!!!」
マコトのおもしろ――悲痛な叫び声が聞こえてきた。
……さすがに可愛そうなので、久しぶりに帰ってきたという口実もあることですし、夕食は少しだけ豪勢にしましょうか。
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