第十二話 無謀
今日はフロッグマンとかいう二足歩行をするカエルの魔物か……。
毎日モンスター討伐もひと月が経ち、モンスターを相手にする日々にもある程度慣れ始めていた。
ただ、毎日のように学校や仕事に行くのと一緒で、大変というゾーンから億劫というゾーンに変化してきている。それに命をベットしているわけだから、気も抜けないのもしんどい。
「今日はみーとそーすぱすた」
イーデンがご機嫌そうに尻尾を揺らす。
ミ―トソースパスタ……。そういえば、前、キースさんが作るとか言っていたな。
ということは、今日は食事の日か。
二人の姉弟の家に約束通り三日に一回通うようになり、食事をごちそうになっているのだが、出てくる料理がかなり凝っていて美味しいため、モンスター狩りをさせられている日々の中で一番の楽しみになってきている。
キースさんは毎回俺たちが来ると嫌そうな顔をしているのに、手を抜いたりなんかもしないで真面目に食事を作ってくれる。申し訳ないが、ありがたい。
「マスター。あれ、キースさんではないですか?」
二回のうち一回ぐらいの頻度で依頼についてくるグレタが、全身を覆うようなボロマントとフードを深く被り周りをきょろきょろと見回しているいかにも怪しい人物に指をさした。
確かに背丈はキースさんと同じぐらいではあるが、顔が見えないので何とも言えない。
「どうしてそう思ったんだ?」
「履いている靴が前にあの姉弟の家に行ったとき、玄関で見た靴だったので」
目を凝らして足に視線を向けてみるが、あったようななかったようなという感じだ。
勘違いなんじゃないかと思いながら、
「……いやでも、おんなじ靴を履いている人なだけなかのうせ――」
「あれはキー君」
イーデンが割り込む。
「なんでだ?」
「ニオイが同じだから」
におい?かなり離れたところにいるけど……。ああ、イーデンって犬耳とかついている種族だし鼻がいいのか。
……だとしたら、グレタはよく人様の家にある靴なんて覚えていたな。
「話しかけますか?」
「いや話しかけなくてもいいだろ。誰にもばれたくないからあんな格好をしているんだろうし」
「そうでしょうね。ですが、何か困っているからあのような格好をしているのでは?」
そうなんだろうけど。……かなり厄介なことに巻き込まれているんだろうな。あんな怪しげな格好をしながら誰かから見つからないようにキョロキョロしているわけだし。
セシリアさんにばれたくなくてあんな格好をしているみたいな、間抜けな話ならいいんだけど……。
まあ、飯を作ってもらっている恩もあるしな……。
「話を聞きに行くか。……なんだよ」
グレタが心底驚いたといったような表情をしていたので、思わず聞いてしまう。
「いえ、強制されないとやらないタイプだと思っていたので」
「……そうだけど、流石にここで無視しようと言えるほど人間性が疑われるようなことはしないから」
「なるほど」
納得されたことになんか納得がいかなかったが、気にしても仕方がないのでキースさんらしき人物がいるところに向かう。
「あの、キースさんですよね?」
「!?……なんだお前らか」
話しかけられこっちを向いた勢いでフードが少しなびき、キースさんの顔が見えた。
声を掛けられた瞬間は肩をびくりとさせていたが、俺達だと分かって安堵した様子を見せる。
「なんか用か?」
「いや、そういうわけではないんですけど。何かあったのかなと思って声を掛けたんです」
「……別になんにもねえよ」
いや、そんな恰好をしといて何でもないことないだろ……。
まあ、詮索されたくないってことなんだろうけどさ。
「キー君――」
「キー君って呼ぶなッ!!!」
イーデンのキー君呼びに、キースさんから聞いてこともない叫び声が出てきた。
あまりにも大声だったことで、周りにいた人達がなんだなんだ、という感じでこっちに視線が向く。
俺はキースさんの過剰な反応が気になりながらも、周りの人達にお騒がせしてすみませんと謝る。
「セシリアさんに何かあったのでしょうか?」
周りがこっちに興味の視線を向けなくなってきたタイミングで、グレタがキースさんに問い掛けた。
キースさんは俺を見て、グレタを見て、そしてイーデンのことを見た後、周りの様子を見て、
「……うちで話す」
キースさんは一言も喋らず周りをきょろきょろと見回しながら、俺たちを家まで案内してくれた。
家の中に入るとき、いつも見計らっているのではないかというタイミングで出迎えてくれるセシリアさんが現れない。
「話を聞いてもいいですか?」
「……分かった。実は姉さんがアッシュロードの奴らに攫われたんだ」
……やっぱそうか。
「おい、なんか反応するところじゃないのかよ」
「そんなことはセシリアの出迎えがなかったから分かってる。聞きたいのは、キー君が何をするつもりだったのかということ」
「そんなの、あいつらのアジトに忍び込んで姉さんを助けるために決まってるんだろ!」
「無謀すぎ。そんなことをしても無駄に捕まるだけ」
「……わかんないだろ、やってみないと」
「やってみるまでもない。すぐに捕まるに決まっている」
「んなの――」
「そもそもどうして、セシリアさんが攫われたのかを教えてもらってもいいですか?」
話がこじれそうなので、どういう経緯でセシリアさんが捕らえられたのかを聞いてみることにした。
「……アッシュロードの奴らがうちに押しかけてきたんだよ。やられたままじゃ、示しがつかないとか言い出して」
「……そういえば、セシリアさんがナンバしてきた人達を追い払ったとか言っていましたね」
「ああ。それであいつら、落とし前をつけるためにとか言って姉さんを要求してきたんだ。俺はふざけるな!って叫んで突っぱねようとしたんだけど、姉さんが俺の安全を保障してくれるならって了承したんだ!!……俺はそのあと見守ることしか出来なくてッ!」
キースさんは俯きながら握りこぶしを作り、机にドンッと叩きつけた。
「だったら、キー君がアッシュロードに一人で侵入しようなんて馬鹿。セシリアが無抵抗で捕まった意味がない」
「そんなの、そんなのわかっ――」
「私たちを頼ればいい。ね、親方」
突然イーデンに名前を呼ばれ、キースさんは下に向いていた顔を上げ涙目で見上げる。
期待のこもっているように見えた。
……いや、確かにそういう流れだったけどさ。アッシュロードって、マジでやばい奴らで、歯向かったクランを潰したりとかするらしいし……。公共の場みたいなクラン協会を私物化しているような奴なわけだし。むしろ、セシリアさん一人で済んだことが奇跡レベルだと思うんだけど……。
流石に手を出しにくい相手過ぎて、クラン総出で当らなければいけない事態なはずだから、他のメンバーの意見も聞いてからでいいか、って言ってとりあえず保留しようと思ったのだが……。
どうするんですかという目を向けてくるグレタ、無表情でじっと見つめてくるイーデン、こっちをただ見上げるキースさん。
「……そうだな。キースさん、俺たちに任せて下さい」
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