P6 恩送りの村
情けは人の為ならず、だから情けをかけてはいけない(誤用)。
一夜をすごした隊商は、王都を目指して動き始めた。
何もかもが原型を留めていない荒れ地をしばらく進むと、通常の景色が戻ってきた。
「よかった、被害範囲を超えたようです。」
アレテイアは時空震の震源地を調べていたと言っていたので、何が起きたか知っているのかな?
「この辺りは無事みたいだけど、どうなっているの?」
「時空震のエネルギーは距離に反比例するので、離れた所は被害を受けないのです。」
一般的な物理法則だな。異世界でも物理法則が同じなのかは疑問だけど。
ふいに馬車が止まった。
「何か起きたのでしょうか?」
フェリシアの言葉に反応して、マーガレットが馬車の外を覗いた。
この辺りは木も草もあり、普通の風景に見える。後ろを見なければの話だが。
「王都への道を探しているのでしょう、ようやく地形がわかるところに出たので。」
アレテイアが言葉を返した。
少しすると馬車が動き始め、方向を変えながら進んでいく。
不意に馬車が速度を上げた。
続いて風切り音とともに、幌を突き破って矢が飛び込んできた。
マーガレットが弓を手に幌の外を窺う。
隊商の右側を騎兵5騎、並走している。
先日の追手だろう。
アレテイアが呪文を唱える。騎兵を取り囲んで土が盛り上がったが、壁が出来上がる前に飛び越えられてしまった。
「このままではすぐに追いつかれてしまうな。」
マーガレットが騎兵を狙うが、なかなか当たらない。
手綱さばきが見事すぎる、よほどの手練れだろう。
追手の放つ矢が次々と飛来し、そのうちの一本が馬車を牽く馬の鼻先をかすめた。
驚いた馬は前足を持ち上げていななき、鼻面を激しく振る。
それを御者がなだめようとするが、牽かれる荷馬車は激しく揺れ、ムラクモが外に転がり落ちてしまった。
「ムラクモさん!」
アレテイアは馬車にしがみつくのが精いっぱいで身動きが取れない。
そのうち馬が走り出し、他の馬車もそれを追って遠ざかって行ってしまった。
「ああ、おいてかないでぇ~。」
幸いプロテクトの魔法が効いているため無傷だったが、追手に囲まれてしまった。
どこから来たのかその数も九騎に増えている。
ムラクモは両手を上げて降参の意を示した。もっとも、異世界で同じ意味になるかは分からないが。
一人が近づいてきたかと思ったらいきなり腹を蹴り上げられ、下がった頭を踏見つけられた。踏んだり蹴ったりならぬ、踏まれたり蹴られたりだ。
実はドレッドのおかげでノーダメージなのだが、ここは死んだふり、ではなく、気絶したふりをしておこう。
ムラクモは猿ぐつわをかませられたうえ手足を縛られ、馬に乗せられていた。
前には黒いローブを被った人物が手綱を捌いている。
四人は同じ恰好、残りはバラバラな装備だった。
そういえば、最初に襲ってきたのはこの四人と同じような格好だったな。
突然冷たい風が通り過ぎたかと思うと、土砂降りの雨が降り始めた。
無口な一行は馬車の轍を追っていたが、この雨では思うように追跡できない。
ムラクモは雨ざらしの状態だが、不思議と濡れた感じも寒さも感じない。ドレッドの魔法は大したものだ。
あれ?濡れないとしたら、お風呂入れるのかな?
どれだけ進んだのだろう、一行は雨にけぶる景色の中、村の入り口に居た。
村は簡易的な柵で囲まれていた。
こんなもので魔物に対処できるのかな?
村の入り口には頑丈そうな丸太が二本立っている。門のつもりなのか?
柱の間を通り抜け、村の中央と思しき広場に入ると、一行は馬を降りた。
ムラクモは依然として馬の背に乗せられている。
「この村に何か用ですかな?」
いつの間にか杖をついた老人が近くに来ていた。
「ここを隊商が通らなかったか?」
リーダーらしき人物が進み出て訊ねた。先ほどの手綱さばきが見事だった奴だ。
「通りませなんだな。小さい村なので近くでも通ればすぐ分かるのですが、そんな様子はなかったですな。」
杖にすがりつうている老人は、雨除けのミノを肩にかけている。
「村にこの人数が休める宿のようなものはないか?しばらく休ませてもらいたいのだが。」
村人は一行を眺めてからアゴをかくしぐさをし、目を閉じてしばし思案した後で口を開いた。
「この人数が入る建物は集会所ぐらいですな。ついてきなされ。」
〈今の動作には意味があるのですか、マスター?〉
ドレッドの声が頭の中に響いた。
〈思案していますよというゼスチャーだよ。動かずにいると無視しているように見えるだろ?〉
〈そうゆうものですか。〉
変なことを聞いてくるものだな。
頭の中でドレッドと会話している間に、大きめの建物の前についた。
「馬はそこにつないでくだされ。おや?馬に乗せられている人はどうされましたかな?」
そこではじめてムラクモに気づいた村人が訊ねた。
「突然暴れ始めたのでやむなく縛ってあるのだ。朝食べたものに悪いキノコが入っていたようでね。」
男はしれっとうそをついた。
「それは大変ですな。中で休ませてあげてくだせえ。何か暖かいものを用意させますじゃ。」
村人は扉から出ていった。
一人が扉に近づき外を窺うと、リーダーに向かってうなずいて見せた。
「シム、ヴォースィム、ジェーヴャチ、馬車を追え、残りはここで待機だ。」
命令を受けた三人は、騎乗してそれぞれ走り去っていった。
リーダーがこっちに近づいてきた。
「さて、こいつの尋問だが、ここではまずいな。」
扉の所に居た男が合図を送ってきた。
ほどなく、扉が開き先ほどの村人を先頭に、机と椅子、食器などを持った村人たちが入ってきて場を整えたあと、食べ物や飲み物が並べられ、あっという間に宴会場のようなものが出来上がった。
「出て行った方がおられるようじゃが、何かありましたかな?」
「はぐれた仲間を探しに出てもらったのだ。あちらもこの雨で我々を見失っているだろうからな。」
「そうですか、それでは残った方だけでもぜひ飲み食いしていってくだせえ。」
机の上には野菜を使った料理だけでなく、肉料理も並んでいる。ちっぽけな村にしてはやけに豪華だ。歓迎のために無理して食材を集めたのだろう。
建物の中はすっかりお祭り騒ぎになっていた。子供たちが走り回っている。
村娘が酒と料理を勧め、音楽に合わせて歌い踊る。
男達は下品に酒を食らい、料理を貪った。
女たちに手を出そうとした者もいたが、娘はスルリスルリとその手をすり抜ける。男達は酔っていてうまく動けないのだろう。
やがて、襲撃者たちは酔いつぶれ、いびきをかいて寝てしまった。
最後の一人が眠ったのを確認すると、村人たちは静かに片づけをして建物から出て行ってしまった。
縄をほどいて行って欲しかったな。何か食べたかったよ。
〈自分でほどけばよいのでは?マスター。〉
それができればやってるよ・・・ん?そうか!
〈ドレッド、マニュアルコマンド、ムラクモを縛っている縄を解く。実行。〉
〈実行します。〉
ドレッドの言葉の後、縄がほどけて床に落ちた。自由になった手で猿ぐつわを外す。
「ああ、ひどい目に合った。」
そうは言っても、痛くなかったし、濡れていないので不快な感じもしない。
室内を見回したが食べ物も飲み物もすべて片付けられて残っていなかった。
「食事が必要ですか?マスター」
「腹ペコというわけではないけど、あんなご馳走見せられたら何か食べたくなるね。何か出せる?」
「無から有は作れません。」
そりゃそうか。魔法でもできないことはあるよな。
とりあえず、外に出てみることにした。
扉を開けると雨は止んでいた。
ふと、何かの気配を感じたような気がした。
「ドレッド、マニュアルコマンド、村の周囲の害意ある存在を検知。実行。」
「実行します。」
村に入ってきた場所と反対側に十体ぐらいの敵性生物がいる。
そちらへ向かうと明かりが見えた。既に村人たちが対応しているようだ。
大きな黒い生物が塀を壊して侵入している。
村人たちは弓と槍で応戦しているが、矢ははじかれ、槍は折られてしまっている。
一人が大剣を手に躍り出たかと思うと、魔物の腕を切り落とし、首を刃で貫いた。
死の間際の魔物は残った手で反撃してきたが、それを華麗に躱して剣を引き抜く。
その勢いのまま剣を首筋に叩き込むと、頭部が落ちてごろりと転がった。
胴体はまだ立っていたが、少しの間をおき音を立てて崩れ落ちた。
ほっとしたのもつかの間、塀の壊されたところから小さな物がすごい勢いで飛び込んでくる。
村人の一人が腹に直撃を受けて倒れた。小さな生き物は後ろ足で腹部を蹴って村人から離れた。
頭部の角が赤く濡れている。その姿はウサギに似ていた。
ホーン・ラビット。そういえば初心者にも狩りやすいって冒険者ギルドでお姉さんが言ってたな。
その割に角付の赤い奴のように高速で一撃離脱したよな?強くないか?
村人とホーンラビットの攻防があちらこちらで繰り広げられている。
「ドレッド、マニュアルコマンド、戦闘範囲にいる村人のけがを治療。実行。」
「実行します。」
腹を刺された村人から苦しそうな表情が消え、息遣いも通常の物に戻った。
他の村人たちもケガの類が治って動きがよくなり、見る間にホーンラビットの群れを退治してしまった。ここの村人強すぎないか?
あっけにとられて見ていると、大剣を持った村人がこちらにやってきた。
見ると最初に会った村長だった。
「あんたは縛られとった人かね?何のもてなしもできなかったのに助けて頂いて感謝しますじゃ。」
弱々しそうに話しているが、屈強な肉体をしているのが先ほどの動きから明らかだ。
「みなさんが無事で何よりです。そこの柵が壊れたようなのでそれも直しておきますね。ドレッド、マニュアルコマンド、目の前の柵を復元。実行。」
「実行します。」
壊された柵がビデオの逆再生のように元へ戻っていく。
村人達はそれを驚いた顔で見ていた。
「これは重ね重ねありがとうございますじゃ。あんたはあの連中の仲間に見えぬが、事情がおありかな?」
「ええ、理由はわからないのですが、あの者たちに馬車を襲われたのです。できれば奴らが寝ているうちに逃げてしまいたいのですが。」
「ああそうですか。それならばこのまま行かれるが良い。馬と食料を用意しましょう。」
村長が指示を出すと村人たちは足音を立てることなく駆け出した。
やっぱりただ物じゃないな。
「足止めは致しましょうか?」
「できればお願いします。でも、危険な事はしないでください。」
村長は顎へ手をやり目をキラリとさせてうなずくと、顔を寄せてささやいた。
「任せて頂いて大丈夫じゃよ。」
この人あれだね、絶対マッチョだよ。鬼強で何でも筋肉で解決しちゃうタイプだよ。
ほどなく、水と食料を載せた馬が連れられてきた。
「包囲は終了しています。」
馬を連れた村人は、村長に向かって報告すると、馬を残して暗闇に向かって疾走して行ってしまった。
「ではこの馬でお行きなされ。左手の方に門があるから声をかけて開けてもらうとええ。」
ムラクモは馬の手綱を受け取ったが乗馬などしたことはない。
「ありがとうございます。このご恩は忘れません。」
「忘れてもらってもかまわんが、できるならその感謝の気持ちを込めて、別の人へ親切をなさってくだされ。わしらはこれを『恩送り』と呼び、村の名前にしております。」
村長の顔は誇らしげだった。
ムラクモは言われた通り門を抜けて村の外へ出た。
夜風が一枚の花弁を運んできた。
馬の足を止めると、雲間から満月が覗き地上を明るく照らす。
その明かりで花弁が赤いことに気付いた。
何気なく花弁が飛んできたと思われる方を眺める。
一瞬、赤い花が一面に咲いているのが見えたと思ったが、月が雲に隠れると共にすべてが暗闇に閉ざされて見えなくなってしまった。
あの花は何だろう?
「バンパイア・ローズです。戦場でよく見られ、血を吸ったときのみ赤い花を咲かせる植物の魔物です。」
何それ怖い。暗闇でホラーなんですけど。
「ドレッド、PROモード、プログラムエリア0、クリア、10 ムラクモが乗馬できるようにする、20 アレテイアのいる場所を検索、30 アレテイアの居る場所へ向かう。RANモード、P0実行。」
「実行します。」
ムラクモは馬に乗るとアレテイアの所を目指した。
GOTO #7
恩送りは Pay it forward とも言いますね。




