P4 お姫様は災難と共に
異世界のお姫様は何かとトラブルを抱えているもの。この世界も例外ではないようだ。
馬車の所に戻ってみると、残った人たちが忙しく動き回っていた。
ドラゴンが戻って来ないとも限らないので、使えるものを集めて移動しようというのだ。
壊れた馬車は1台だけだが、恐慌を起こした馬が暴れて破損した物もあり、荷物が散乱している。
馬自身もケガをしているものが多く、無理はさせられない。
護衛の一人が伝令として次の街へ救助を求めに行ったようだ。
ひとまず隊列を組み直し、車列が進み始める。
ムラクモ達は乗ってきたものとは別の馬車に乗せられていた。
旅客用の馬車は他になかったようで、客は荷馬車に分乗している。
ムラクモ達一行は同じ荷馬車に乗っていた。中で一緒に揺られているのはカブだった。
馬車が揺れるたびに魔法で浮かんだお尻の下をカブがゴロゴロと転がっていく。
「ドレッド、周囲に敵はいないか?」
御者に聞こえないよう耳打ちするようなしぐさでムラクモが聞いた。
「検索してください。」
あ、コマンドが必要なのね。でも、ドラゴンの時は自分から警告してくれなかったっけ?
「ドレッド、PROモード、プログラムエリア0、クリア、10 半径40km全周囲探索、20 IF 探索結果に危険な物が見つかった;結果を知らせる。RANモード、P0実行。」
「実行します。」
ん?実行中?何も言わなくなったが・・・。
「お~い、ドレッド。」
「何でしょう?マスター。」
あ、返事した。
「何で黙ってるの?」
「何も危険なものがなかったからです。」
・・・あ!30行に『探索終了したことを通知』と入れておくべきだったか。
「とにかく周囲に危険はないんだな。」
「そのようです。」
何事もなければ、まぁいいか。
「ドレッドさんは危険感知ができるんですね。すごいなぁ。」
アレテイアの素直な賛辞に、ムラクモは少しモヤっとしたが、気にしないこととした。
突然馬車が止まり、外に話し声が聞こえた。
幌の隙間から覗くと、徒歩の旅人風の人物が2人、隊商のリーダーと話をしているのが見えた。
旅人が小袋から貨幣を取り出してリーダーに渡すと、3人でこちらへ歩いてきた。
「ちょっと失礼、お客さんを追加で乗せてもらうぜ。」
リーダーは有無を言わさず2人を同乗させてきた。
一人はアレテイアぐらいの背格好で子供のように見える。もう一人は背の高い女騎士という感じがするが、馬もいないのに騎士って変かな?
「こんにちは、街まで同乗させて頂きます。私はマーガレット、こちらは主のフェリシアです。」
おや、なんとも礼儀正しい。見るからにお貴族様なので、てっきり『どけどけ平民と同じ空気など吸えぬ。』などと言われるのかと思った。
「こんにちは、私はアレテイア、こちらはソライロで、こちらがムラクモさんとドレッドさんです。」
おっと、ソライロとドレッドも紹介するんかい。
「初めまして、私の名前は、オールパーパス・カリキュレーター、エーシー・ワンハンドレッド。親しみを込めてドレッドと呼んでください。」
そうだった、こいつはこういうやつだった。
「ムラクモです。よろしくお願いしま、おわっ。」
挨拶が終わらないうちに馬車が動き出し、変な声が出てしまった。
揺れる荷馬車の中、フェリシア達は荷物をお尻の下に敷きクッション代わりにしていたが、それでも乗り心地は悪そうだ。
「よろしければレビテートの魔法をおかけしましょうか?」
フェリシアが伏せていた目をこちらに向け何か言いかけたが、騎士さんがそれをおさえて答えを発した。
「ありがたい、フェリシア様だけでもお願いしたい。」
アレテイアが目を輝かせてこちらを見てきた。そういえば、予告してドレッドを使うのははじめてだったか。
「ドレッド、P1実行」
「実行します。」
実は、こんなこともあろうかとプログラムを入力しておいたのだ!
見ていたアレテイアが首を傾げた。
「何も起きませんね。」
あれ?
「ドレッド、どうした?」
「処理は実行しました。マスターは既に浮いています。」
・・・!
つまり、自分にレビテートを掛けるようにプログラムを作ってしまったのか。そういえは、他人に魔法をかけるのは想定外だ。
「ごほん、改めまして。ドレッド、マニュアルコマンド、フェリシアとマーガレットを少し浮かせる。実行」
「実行します。」
二人がお尻に敷いていた荷物からゆっくりと浮き上がる。
「どうですか?今度はちゃんと浮いていると思いますが・・・?」
マーガレットが荷物をどかすと、ゆっくりと荷物の分だけ降りてきた。
「ああ、これは良いな。」
フェリシアも荷物をどかして、抱きかかえるように膝の上に置いた。
ゆっくり降りて来て安定すると、表情が緩み喜んでいる様子が窺えた。
「ありがとう、おかげで楽に過ごせそうだ。」
それを見たマーガレットはどこかほっとした様子で、コインを差し出した。
ムラクモはちらりとアレテイアを見る。
「貰っておいて良いと思いますよ。」
アレテイアがうなずきつつ言うので、一応もらっておくこととした。
「押し売りみたいで申し訳ない。」
意外そうな表情のマーガレットがきっぱりと言った。
「当然の報酬だ。」
そういうものだろうか、日本人的感覚としては、やっぱり申し訳なさが残る。
突然馬車が速度を上げた。
マーガレットが剣を握って外を覗く。
「ドレッド、P0実行。」
「実行します。・・・右前方約10㎞の所に騎兵が十騎と大型犬が三頭います。」
ムラクモの命令にドレッドが答えた。
すぐに出会う距離だが、速度を上げたということは逃げようとしているのか?
「すまない、追手のようだ。」
いつの間にか武器を長弓に持ち替えていたマーガレットが外を気にしながら矢筒を肩にかけた。
追手?追われてるの?誰に?
非常時なので無駄な質問はやめて対策を考える。
なるほど右前方に犬が見える、というか、この大きさは犬ではなく狼では!?
「ドレッド、マニュアルコマンド、半径10km内の犬を眠らせる。実行」
「実行します。・・・3頭の犬が眠りに落ちました。」
結構アバウトな命令でも実行できるんだ。感心していると、マーガレットが後方の幌を開けた。
左側に並走する騎兵が見える。
マーガレットが弓を射ると先頭の騎兵が落馬した。
すぐさま騎兵たちは散開し、速度を落とすことなく迫ってくる。
ふいにアレテイアが呪文を唱えると、地面の土が盛り上がって壁となり、騎兵たちが見えなくなった。
「これで少しは時間が稼げると思いますよ。」
「にゃ~」
アレテイアよりもソライロの方が誇らしげに見えるのはなぜだろう?
「ありがとうございます。」
後方をまだ警戒しているマーガレットの代わりにフェリシアが頭を下げた。
「お役に立てて光栄です。」
アレテイアが慣れた感じで座ったまま頭を下げると、ソライロまで気取った感じでお辞儀を見せた。
「見事だな、あれなら時間が稼げそうだ。」
後ろを閉めたマーガレットが元の位置に座ろうとしてしりもちをついた。
しまった、魔法が切れていたのか。お金をもらっているからちゃんとしないとな。
「ドレッド、マニュアルコマンド、マーガレットを少し浮かせる。実行」
「すまん、ちょっと驚いただけだ。」
そう言いながらばつが悪そうな感じで外を見るマーガレットの横で、フェリシアが声を上げずに笑っていた。
それにしても二人は何に追われていたんだろう?貴族のお嬢様と護衛に見えるけど、護衛が一人というのも腑に落ちない。
「ドラゴンに食べられちゃったとか。」
ドレッド、怖いこと言うなよ。
その言葉にはじかれたようにフェリシア達がムラクモを見た。
「ドラゴンを見たのですか?」
「他の者達はドラゴンにやられてしまったのだ。」
あのドラゴン、逃げたと思ったらそんな迷惑をかけてたのか。
「この隊商も襲われたのですが、ドレッドさんとムラクモさんが撃退してくださったのです。」
何でドレッドが先なの?
「それは頼もしい。お二人とも護衛として同行願えませんでしょうか?」
フェリシアの言葉にアレテイアを見たら目が合った。
「どうしましょう?」
「これ断れるやつ?」
ムラクモの言葉にアレテイアは首を横に振った。
これたぶん王族やん。断れないやつやん。
一難去ってまた一難、厄介事の種は尽きまじ。
「マスターはトラブル体質でしたか。」
ドレッドさん、どこでそんな言葉を習ってくるの?
GOTO #5
トラブルくわえたお姫様追っかけて、裸足で駆けてく愉快なムラクモさん。そんな夢にうなされたムラクモだつた。