表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

1 始まりは目覚めから



 声が、遠くから聞こえる。はっきりしない意識の中に割り込んでくる。聞き覚えのない女の人の声が、俺の名前を呼んでいる。


「ーなお、、」

「ーーーな、、き、、ろ」


 うっすらと感覚が戻ってくると共に、理解した。今までの赤い教室であったことは全て夢だ。どうりで無茶苦茶な状況だと思ったわけだ。さらに意識が明白になってくる。そして、今の状況も把握した。

 机に、突っ伏して寝ている。それも、ちょっと座り心地が悪く、ガタガタと揺れる椅子に座って。加えて、今でははっきりと聞こえるこの声が決め手だ。


「おい、えーっと、トドメ ナオ!起きろ!起きてんだろ!」


 ほらな。またやらかしたんだ。俺は、授業中に爆睡していたのだ。常習犯の居眠り学生だ。こんな時どうするのが最適解かなどわかりきっている。意味のわからない自信に口元を緩め、勢いよく顔を上げた。


「すいません。昨日先生が出した宿題がおもしろくってぇ、徹夜して解いていたから眠くって!ついついーーー、ぅえ、は?」


 完璧だと思った言い訳。だが、言葉は続かない。否、続けられない。


「どういう、ここ、学こう、、だけどそりゃ、ないだろ。」


 学校、授業中であることは間違いなかった。でも、あまりにも想像とはかけ離れていた。宙に浮いた黒板。多種多様な髪色。宙に浮いた黒板には知らない文字がびっしりと詰まっており、魔方陣的な何かも描かれていた。絶対に自分が知っている学校ではないと一目見て分かる。

 

 自分の渾身の第一声に、賑やかだった教室は静まり返り、知らない顔の面々がこちらを振り返ってくる。そんな気まずい流れを変える天使はいないのか、と何かに祈っていると、、


「先生、この子何者なの?またわけのわからないことをして懲りてないんですか。誰?この子。先生の隠し子でも召喚したんですか?」


 少しの沈黙の後、後ろから可愛らしいながらも芯の通った声がした。天使はいたんだ。しかも、この天使の意見を聞く限り、意味がわからない、というのは俺だけではないらしい。


「あー、ごめんなさいね、アリナちゃん。ええと、この子はトドメ•ナオ。なんか別の世界で死んだっぽいので、転生?してここに今召喚されました。え、でも先生の言い分も聞いてほしい!今日このクラスに入るってのは聞いてたんですよ?でも、なんか普通に授業始まって机見たらそこで突っ伏して寝てたんだよ!まず起こすでしょ!教師として!」


 “先生”と呼ばれたモノクルの似合う青髪の女性は、俺の詳細が書かれているっぽい用紙をガン見しながらも雑に紹介と言い訳を済ませる。もちろん、そんな紹介のみで情報が得られるわけもなく、俺は必死に“先生”に質問しようとした。


「お、俺だって何もかも意味不明ですよっ!なんか他に知って、、むぐっ!?」


 俺の必死な訴えも虚しく、後ろから伸びた華奢な両手によって邪魔をされた。


「な、なにふんだ、おいっ、、。」

 

 前言撤回。華奢だと思った手は、形こそ人形のように細くか弱く見えるが、力は成人男性以上なのではないかと感じられるほどの強さだった。強すぎるせいか、顎がゴキゴキと鈍い音を立て始めた。


 声はまともに出せる状態ではないため、せめてこの力加減のおかしい手の主を睨んでやろうと、強引に首を回す。それより早く、手の主が口を開く。


「あ、ごめんなさい!私、無意識に!、、、し、死んでない、よね?」


 ーー目があった。瞬間、目が離せなくなった。鼓動が高まり、血が身体中を勢いよく巡る感覚がし、体温が上昇する。意味のわからない感覚に困惑する。無意識で人を殺しかけるやつがいるか、と言い返してやろうと思っていたのに。そんな反抗的な考えは、一瞬にして消え去っていた。


 手の主は、今までに見たことのないほどの美を体現したような可憐な少女だったのだ。

 金にも銀にも見える、透き通った真っ直ぐな髪。全体的に色素が薄く、透明感がある中で目を惹く、アクセントの赤いリボンの髪飾り。何より、丸い琥珀色の垂れ目が印象的だ。


「よかった、大丈夫?前にも同じように召喚されて、暴れ出して大変だった子がいたから、つい、、、。あなたは大丈夫そうね。」


 その少女の謝罪と生存確認で急に現実に戻される。

 謝罪と同時に手も放してもらったのだが、顎の痛みは健在だ。


「顎、顎がぁぁぁっ!」


 周りに人がいることも忘れてしゃがみ込み、気が済むまで叫び散らかした。加害者である少女はあたふたしながら、ごめんなさい、ごめんなさいと謝罪の言葉を並べる。

 ハッと正気に戻って周りを見渡した。こんな恥ずかしいとこ見られていませんようにと祈って。

 幸い、他の生徒達はとっくの前に興味を失ったのか、各々自由に雑談したり紙飛行機を飛ばしたりと、自由時間ができた小学生のような騒ぎ方をしていた。今まで黙って見ているだけだった教師とも目が合ったが、こちらは何故か俺を見てニヤニヤしながらうなずきかけてくる。

 その先生がモノクルをかちゃり、と音を立てて定位置に直すと同時にチャイムが重なった。

 

「はーい、6限目しゅうりょーう。今日はみんなお待ちかねのフライデーだぞ、とっとと寮に帰った帰った!」


 先生の呼びかけに、ラッキー!今日は早めに帰れるぞ。などと言いながら生徒たちは足早に帰宅準備をはじめ、早々に教室を出て行った。俺の口をふさいでいた可憐な少女も、わかりました。と返事をして、他と同じく帰宅準備を始めた。


 ”先生”は調子よく教室中に呼びかけをした後、ぐるりと顔をこちらに向けて甘ったるい声で耳元にささやいてきた。


「この後、私のお部屋に来るんだぞ。学校のこととかたくさん伝えることはあるし。あーほら、アリナちゃんのこともいっぱいお話ししてあげるからさっ!」


 絶対に何か勘違いをされている。まぁ、やっと色々教えてもらえるチャンスが来たということだ。ひとまずは素直に頷き、何故か上機嫌に教室を出ていく”先生”の背中を見送った。

 

 そして気づいた。俺、ここの地図全く知らないんだった。


 他の生徒たちも教室をすでに出て行っており、完全に詰んだと思われた。だが、ふと後ろを振り向くと、先程の少女は一連の騒動に巻き込まれていたこともあり、まだ残っていた。天使だ。


 一縷の望みをかけて、ここはひとつこの少女に助けてもらうことにした。


「あのー、もしよかったら、、、」


 恐る恐る少女に話しかけると、少女は可愛い顔をそっとかしげてこちらを見上げた。そして開口一番、


「な、ナンパ、ですか?そういうのはちょっと、、、」

「違うけど!?」

「え、ご、ごめんなさい。とんだ勘違いを、、。」


 まだ全部言い切ってもいないのに、なぜそんなに不審がられたのだろうか。さっきの”先生”みたいに誤解されっぱなしよりは謝ってくれるだけ断然安心するが。とにかく話は聞いてくれそうなので、用件を続けることにする。


「今から先生の部屋に行かないといけないみたいなんだけど、どこか教えてくれないかな?」

「あ、やっぱり襲うんだ。先生のこと。」

「それも違うよ?てか、さっきの先生とのやり取り君は見てただろ!」


 話があらぬ方向にしか進まないことに恐怖すら感じつつも、必死に弁解する。


「ふふ、すごい必死じゃん。流石に冗談よ。」


 人が誤解をかけられたと思って冷や汗をかいたというのに、初対面にしては笑えない冗談だ。ただ、可憐な少女の微笑みを間近で見られたので良しとするが。


 やれやれと肩を落としていると、途端に少女がこちらへ一歩詰め寄ってきてこちらへ満面の笑みを向けてきた。


「私、アリナ・ユーラゼア。多分これから一緒になることもあるだろうし、よろしくね。」

「ーーっ、あ、ああ、こちらこそよろしく。俺は、留目尚(とどめなお)、、、。」


 美少女フラッシュが直撃して一瞬ことばを失ったが、何とか返事を返した。何とも心臓に悪い自己紹介があったものだ。当の本人はやはり無意識なようで、恥ずかしがり屋さん?などと的外れな評価をこちらへつけてくる。


「あ、先生の部屋行かないとだったよね。じゃ、一緒に行こう!」

「ーー!いいの?ありがとう。」


 思いがけない美少女フラッシュを食らい、すっかり忘れかけていた本題を少女が口に出す。一緒に行こう、とまで言ってくれた優しい少女ーーアリナとともに教室を出る。


 今まで酷い扱い二連続だった俺にも、やっと運が向いてきた!と先のことにも期待を寄せながら歩く。


 この先にもっとひどい運命が待ち受けているとも知らずにー。 




 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ