異形
ナイフの突き刺さった影はばたりと倒れた。
「へ?」
男はおそるおそる振り返る。シアンも近づき、その影を確認する。
「ゴ、ブリン?」
シアンは息を飲む。尖った耳と山羊のように横に伸びた瞳孔。初めてでもあからさまな見た目にゴブリンと判別がつく。
だが、シアンが息を飲んだのは初めて見たゴブリンに対して以上に、その姿の異形さに対するものだった。
ブクブクと歪に大きくなった体躯、継ぎ接ぎの手足、そして何より亀の甲羅のように膨らんだ背中にある、無数の頭の塊。おおよそこの世の生物とは思えない姿に、シアンは息を飲んだ数秒呼吸を忘れていた。
「...。」
男は黙っていたが、先程までと違いヒリついた空気を纏い始めた。
男はマントから杭を4本取り出すと立ち上がる。異形の傍らに立つと蹴って体をひっくり返す。
うつ伏せになり、醜い背中の全貌が明らかになる。手足はピクリともしないが、その背中の顔たちは口を、耳を、鼻を、動かせる場所を忙しなく動かすが、目が、目だけが男をじっくりと見つめている。
男はそれを少し見ていたが、無言のまま手足に杭を打ち込んだ。
シアンは男に声をかけづらくしていたが、それを察したように男の方が振り返る。
「すいません、一声かけるべきでしたね。こいつはあとで調べます。お嬢さんを拐ったのがこんなやつばかりだとしたら、悠長にはやってられませんね。」
男は続いてマントから本を取り出し、ペラペラとページを捲った。そしてあるページを開くと、そのページを床に伏せる。
男は手だけでこちらに来いとシアンに手招き合図を送る。シアンがすーっと近づくと、手招いていた手で首を掴まれる。
急な出来事でびっくりはしたが、力が入っているわけではなく苦しさはない。
男はシアンの首を掴んだ方と反対の手で本に触れる。
瞬間、少しの脱力感が出たかと思えば本から四方八方に仄かな光が走った。
シアンはその光が見えなくなるまで釘付けになっていた。そして元の暗闇に戻ると、首が解放された。
「乱暴でしたね。説明が面倒だったので。さて、あなたにも見えますか?」
「な、何が?」
聞き返すシアンの背後を男は指差す。
シアンは振り返り、差された方向へ注目する。
辺りは間違いなく暗闇。木漏れの月光すら殆ど役には立たず、男に強化された夜目でようやく視界が確保出来る。
しかし、シアンの目には確かに暗闇の森の奥に幾つかの光を見た。
主人公のシアンくん、名前に意味が一応あります。15分くらい考えました。暇だったら考察してみてください。