追跡開始
男は目を横に逸らし、少し考える素振りをみせると
「強くはないかもですねぇ。」
そう言って空に向けた手のひらを肩の高さまであげる。
シアンにとってはそれでも良かった。男が商人なら護身用にしろ商売用にしろ何か武器を持っていること、男の上背の高さは戦いにおいて有利をとりやすいだろうと思ったからだ。
「でも」
男は続けた。
「弱くもありませんよ。」
さらに続ける。
「タダで死ぬつもりもありません。商人らしく、自分の持つ価値のあるもの全て、いただこうとするものには相応の代価が必要です。」
口は微笑んでいるものの、瞳に映る自分が見える程真っ直ぐ向けられた目から、それが偽りのない真実であることを強制させられたかのように理解して、シアンは少しゾッとした。
「ならいい。これ以上立ち話は出来ない。僕に合う武器をくれ。弓矢でも、ナイフでも。」
「それならいいものが。」
男はマントの中から少し長めのナイフと小さなランタンをくれた。
「それとこれはサービスです。」
シアンは紐で括られた小瓶を渡された。
小瓶には達筆な『ヘルメス』の文字が書かれたラベルが貼られており、中には少量の液体が入っている。
「これは?」
「予備の武器です。もし武器がなくなるような事態になったら、手頃な大きさの枝か石にかけてください。蓋を開けずとも、瓶ごと投げつけてください。割れるんで。」
何を言っているのかよく分からないが、シアンは小瓶を懐にしまい、暗闇を続く跡を追い始めた。
最初は月明かりで追えていた跡は、森に入ってからはそうもいかなくなった。木々が月明かりを遮り、追跡を遅らせる。小さなランタンごときでは、大した距離まで照らせず、集る羽虫が煩わしい。
「無いほうがいいな。」
ランタンの火を消す。
「あらら...」
男も残念がる。
「じゃあこれを。」
そういうと男はシアンに触れる。シアンは目が暗闇に慣れるのを待っていたが、男に触れられたことですぐに目が慣れ、なんなら若干明るく見える気さえする。
「こっち使えよ最初からぁ!」
「だって森に入るとは思わないし、いざってときに魔法使えないの嫌じゃないですか!!」
そう言った男の後ろに影が迫ったのにシアンは気づいた。しかし弓や魔法ならともかく、 右手に持ったナイフでは間合いが短く男の後ろまで届かない。
しかし戦力を、況してや自分より体格のある男を失うのはあまりに痛すぎると判断したシアンは、ナイフを構える。
男はシアンがナイフを構えたのを疑問に思った。怒りすぎじゃない?と。リソースの使い方を考えるのは商人以前に人として基本じゃないかと言おうと思った。
次の瞬間、シアンがナイフを下ろし始めた。いや、ナイフというより腕を、まるで石を投げるように...
シアンが放ったナイフは男の右耳を掠め、その背後の影に突き刺さった。
ビンの投げるイメージは分銅です。紐投擲って勝手に思い込んでました。
ボーラって武器があるらしいですね。調べて知りました。