夜道の見送り
開けっぱなしの扉をお母さんがノックした。
「そろそろ遅くなるから、ヒイロちゃんそろそろ帰りなさい。」
「あ、は、はい。」
一瞬、ヒイロが戸惑うような素振りを見せていたのを僕は見逃さなかった。
「送ってくよ。」外履きに履き替える。
「いいよ、悪いし。」手を振ってやんわり断ろうとするが、別に嫌がっている訳でも無さそうだ。
「夜風を浴びるついでの散歩ついでだよ。三の次だ。」先に家を出た。
数分遅れてヒイロが出てきた。
「何か話してた?」と問いかけても、
「んー何も。」と返すだけだった。
少し歩いた。無言だった。さっきまで小うるさかった分どこか気まずい。
「街での暮らしは順調?」他愛もない質問をした。
「学校行って、勉強して、少しずつお仕事して、毎日そんな感じ。」
「そう。」
「そう。」
返事をおうむ返しされてまた沈黙。なんだなんだ?家にいたときと様相が違いすぎないか?
黙って歩く畑道、ほんのりとした月明かりで何とか歩いていたが、前に灯りがあるのを見つけた。
馬車だ。馬車の上で男が手帳を読んでいる。
男はこちらに気づくと、「う〜ん」と唸り始めた。
分かりやすく胡散臭い。無視しよう。
馬車を横目に見ることもなく通りすぎる。
「いいの?困ってそうだったよ?」
ヒイロが耳打ちしてくる。
「そうだよ?俺、困ってたんだよ〜?」
反対側からの耳打ちに身体が一瞬硬直する。
「な、何だおっさん!?」
さっきの男だ。男がヒイロと反対方向から囁いてきやがった。
「おっさんとは心外だねぇ少年?あんまりお口が悪いとお里が知れちゃうよ〜?」
男は飄々と話す。
「なんだこいつ。」
マジでなんだこいつ。
「それよりお姉さ〜ん?なーんで無視してくれちゃったのかな〜?」
男はヒイロにずずいと距離を詰める。
「うぇ!?いや私は...」ヒイロは困ってごにょごにょ言い始めた。しょうがない。
「僕の判断だ。」ヒイロの前に割って入る。
「ぼく〜?今はおねーさんと話ししてるからちょーっと待っててね?別にとって食うわけじゃないからさ〜。」
脇を鷲掴みにされ持ち上げられる。そろそろ頭の血管が浮き上がってきそうだ。
するとヒイロが男の右腕を掴む。
「シアンを、放して下さい。」
「そうだ放せ。見た目は子どもだが俺はこいつより年上だぞ。」
ヒイロを指差してそう言うと、男の表情が少し険しくなる。
「ほう?縛者ですか?」失礼と一言言うと足を地面に返してくれた。
「どちらかと言えばな。」
「ほんとー?」男はヒイロに顔を向ける。
「そうです。シアンのほうが誕生日が2ヶ月早いんです。」
「そうなんだ?それは失礼したねシアンくん。」
では改めましてと姿勢を正すと、腰を下げて手を合わせる。
「ちょ〜っと助けて貰えない?」
ヒイロはシアンの年齢を知りません。
物心ついた頃からの付き合いで同じ年齢だと思い込んでいます。