2学期
夏休みが終わろうとしていた。
笹川先生から訴訟についての話がカナさんにきていた。
『相手は示談を申し込んできましたがどうしますか?』
「お金がほしいわけじゃない。法廷で真実を明らかにして謝罪させたい。」
カナさんはそう言った。
『ではその方向で調整しますね。』
カナさんはまた少し痩せたように見えた。
本人は夏バテで食欲がないと言っている。
もしかしたら私のことがストレスで食欲がなくなってしまったのかもしれない。
私は掃除や洗濯などできることは手伝った。
外は暑いので買い物も私が行った。
そうしているうちに夏休みは終わってしまった。
私が学校へ行くとみんなは腫れ物に触るかのように扱った。
私のことをクスクス笑う人はいなくなったが、聞こえないような声で「なんかしたら訴えられるぞ」と囁いてる人たちはいた。
私のなりすましをした女子生徒は来ていなかった。
その子の取り巻きのような女子3人も休んでいた。
チャイムが鳴って入ってきたのは別の先生だった。
「担任の先生は事情があって長期休暇を取ることになりました。戻ってくるまで私が代理でこのクラスに入ります。」
見たことのない先生だった。
新しくこの学校に来たのだろうか。
何もなかったかのように2学期は始まった。
私は完全に透明人間になっていた。
予想していたとおりだったので問題はない。
私は何もされないまま放課後を迎えた。
新しく来た先生が私を職員室に呼んだ。
その先生は私を校長室に連れて行った。
「ユラさん、大変でしたね。これから何かあったらすぐに報告してくださいね。私たちはユラさんの味方です。」
校長先生はにこやかにそう言った。
「はい。」
私は無表情で返事をした。
この人は私が腕を切ったときに責任は家庭にあると言った人だ。
絶対に味方なんかじゃない。
笹川先生に必要なこと以外あまり話さないようにと言われていた。
裁判をするときに何か面倒なことになりかねないということだった。
「親が心配するので早く帰りたいのですが。」
私がそう言うと二人とも慌てて私を帰らせた。
明らかに1学期とは違う対応になっている。
学校の門を出ると知らない男の人が立っていた。
男の人はスマホを見ながら私の顔を見た。
「香坂さんですか?私はハルミの父親です。」
その中年の男はそう言うと私に近づいてきた。
私は怖くなって声も出せなかった。
ポケットに入れていたボイスレコーダーを出して見えるように録音ボタンを押した。
「うちの子はイジメなんかするような子じゃないんです!何かの間違いじゃないですか?あなたにも問題があったんでしょう?」
私は両肩を掴まれた。
「痛いっ!」
ハルミの父親は私がそう言っても手を離さずに私を揺らしながら、「迷惑なんだよ!今すぐ訴えを取り下げろよ!」と両手に力を入れて大声でわめいた。
「ちょっとあんた!なにやってんのよ!!」
向こうからスマホをこちらに向けてカナさんが走ってきた。
男はハッとして私の肩を離した。
「娘に何してるんですか?!勝手に接触しないように言われてませんか?」
カナさんはスマホを向けながら怒っていた。
「いや、たまたま会っただけですから。」
「この人…待ってたよ。」
私は男を睨みつけた。
「ユラ、大丈夫?」
「あんた何撮ってるんだよ。」
男はカナさんのスマホを取ろうとした。
カナさんは私の腕を掴んで走った。
男は追いかけてきた。
私の心臓はバクバクして爆発しそうだった。
私たちが交番の方へ行くのに気がついたのか男は追いかけるのをやめたようだった。
「ユラ、何かされた?」
「肩を掴まれて痛かっただけ。」
「警察に行くよ。」
私たちはそのまま交番に行った。
交番には『パトロール中』という札が出ていて誰もいなかった。
「なんだよー、困ってる市民を助けなさいよねー!」
カナさんは怒りながら置いてある電話の受話器を取った。
「暴行されて交番に駆け込んだのですが誰もいないんですけど。」
カナさんは電話口で事の説明をしている。
私は掴まれた肩がまだ痛かったのでネクタイを外して第二ボタンまで外して肩を見てみた。
「指の跡がついてる!!」
カナさんは驚いてスマホで写真を撮った。
「痛い?病院行こうか??」
「ううん、ちょっと痛いなって思っただけだから。」
10分ほど待っていると交番の警察官が戻ってきた。
「お待たせして申し訳ありません。」
「これ、見てください!」
カナさんは私の肩にくっきりついた指の跡を見せた。
「これは…病院には行きましたか?」
「行くほどじゃないって本人は言うんですが。」
「医師の診断書を取ったほうがいいかもしれませんね。」
カナさんはそう言われて「車を取ってくる!」と言って私を置いて帰ってしまった。
私は交番の警察官二人に何があったのか順番に話をした。
訴訟の話も説明して、ボイスレコーダーの録音も聞かせた。
すぐにカナさんは戻ってきた。
「ユラ、先に病院だわ。証拠が消える前に。」
私は頷いて車に乗った。
「警察官も病院の方に向かわせますね。」
交番の警察官は電話で誰かに報告をしていた。
病院で受付をしていると私服の女の刑事さんがやってきた。
「ユラさんね?大丈夫かな?」
優しく話しかけてくれた。
「はい。」
「知らない男の人に話しかけられるだけでも怖かったよね。」
刑事さんはとても優しく対応してくれた。
私を人の少ない廊下の椅子に連れて行って話をした。
すぐに私は診察室に呼ばれた。
私はカナさんと診察室に入った。
「男に肩を掴まれたということですが。」
おじいさん先生はニコリともしないで私の肩を見た。
「これは痛かったねぇ。一応レントゲンを撮ってみようね。」
そう言って看護師さんに私をレントゲン室へ連れて行くように言った。
刑事さんはカナさんに証拠の写真を撮りたいと言った。
「お願いします。」
カナさんは泣きそうな顔になっていた。
「首を絞められているんじゃないかって…遠くから見たときに…」
「首じゃないよ。大丈夫だよ。」
私がそう言うとカナさんは私の頭を撫でながら、「よかった」とだけ言った。
レントゲンを撮ったあとに刑事さんは私の肩の写真を撮った。
「こんなに跡がつくほど強く掴むなんてひどいね…」
おじいさん先生はレントゲンを見ながら「骨や神経は大丈夫そうですね。」と言いながら私の腕を持ち上げたり回したりした。
「動かして痛いことはあるかい?」
「動かしてもそんなに変わりません。」
「内出血してるみたいだからアザになると思うけどそのうち消えるでしょう。熱を持っているように感じたら冷やしタオルをあててあげてください。」
「はい。」
私とカナさんは診察室から出されて、刑事さんが代わりに入って行った。
会計を済ませると刑事さんは交番じゃなくて警察署の方に来てほしいと言った。
カナさんは私を連れて一番近い警察署に向かった。
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「では待ち伏せしてたその男に話しかけられて急に肩を掴まれたのですね?」
「はい。」
私とカナさんは改めてあったことを説明した。
カナさんは走りながら撮ったスマホの映像を見せてくれた。
「首を絞めてるように見えて焦ってしまって。」
ブレブレの映像だったが私が男に肩を掴まれている様子がバッチリと映っていた。
そうこうしている間に弁護士の笹川先生が警察署にやってきた。
笹川先生は「あとは私が。」と言って私たちを家に帰してくれた。
外はすっかり日が沈んでしまっていた。
「何か買って帰るでいい?」
さっきまで不安そうにしていたカナさんは笑顔でそう言った。
私は「ハンバーガーが食べたい。」と言った。
「お父さんに怒られそうだけど、今日は特別いいことにしよう!」
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帰るとお父さんが帰ってきていた。
「びっくりして急いで帰ってきたよ!怪我は大丈夫か?!」
「うん、大丈夫だよ。」
お父さんは安心したようで「お腹空いたな。」と言った。
買ってきたたくさんのハンバーガーやポテトを食べながらカナさんは、
「明日から送り迎えしようか?」
と言ってくれた。
「ううん、大丈夫だよ。」
「無理はするなよ。学校なんて休んだっていいんだからな。」
お父さんはそう言いながら私の頭をポンポン叩いた。
「前と違って嫌なことする人いなくなったし。」
そう言って休んだ子たちの話をした。
「さすがに学校に来れなかったか。」
カナさんは怒った顔でそう言った。
カナさんのスマホに電話がかかってきた。
笹川先生からだった。
「はい、できることをお願いします。」
カナさんはしばらく笹川先生と話し込んで最後にそう言った。
「あの男も暴行罪で起訴してもらうわ。」
「当たり前だよ。さっさと逮捕してくれないと心配で眠れないよ。」
「ぐーぐー寝るくせに。」
「夜しか眠れないよ!」
私たち三人は大笑いした。
私たちはいつの間にか仲良し家族になっていた。
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