証拠集め
西日が射し込む私の部屋はオレンジ色だった。
カナさんはそのオレンジ色を顔いっぱいに受けて燃えているように見えた。
「私、負けず嫌いなのよ。」
カナさんはそう言って教育委員会がどうとか学校がどうとか文句を長々とたれた。
35歳とは思えないほど若々しくてテレビで見るようなギャルに似ていると私は思っていた。
私はポカンとしながらカナさんを眺めていた。
「あんた大丈夫?頭もやられちゃった?」
私はそう言われて、ハッとして、
「いえ、大丈夫です。」
と答えた。
「だからね、クラスの悪ガキどもに復讐してやろうと思うのよ。あと、教育委員会やら学校やら偉そうなくせに何もしてくれない連中もよ。」
「復讐?」
私はその強い言葉が脳内に残った。
「殺すの?」
私が真剣な顔でそう言うとカナさんは大笑いした。
「あんた思ってたより根性ありそうだね。気に入ったよ。殺してやろうよ。もちろん肉体じゃなくて社会的にね。」
カナさんは真剣な顔になってこう続けた。
「あんたがやりたくないって言っても私は一人でもやるから。」
あまりにも真っ直ぐな目を向けるカナさんに私はついこう言ってしまった。
「私は何をすればいいですか?」
カナさんはそれを聞いてニヤリとした。
「私の作戦はこうよ。」
こうして私と継母の復讐戦争は始まったのである。
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まずカナさんは私にボイスレコーダーを渡した。
「これでなんでもかんでも録音してきて。」
そしてスマホもくれた。
「スマホは特別な事情があるので持ち込みますって学校に許可もらってるから。でも他の子がうるさいと面倒だからみつからないようにしてね。」
そう言うとカナさんは私の学校用のリュックにスマホを入れて「ここかな」と言いながら穴を開けた。
「何かされているときにスマホはいじれないと思うから、人がいないときに録画ボタンを押して物的証拠?を撮影してきて。」
カナさんはスマホに無音カメラと無音ビデオというアプリを入れてくれていた。
「あと、日記ね。あれ結構大事らしいから写真や録音と一緒にまとめるから。めんどくさくても書いて。」
そう言って日記帳も渡された。
「実はずっと書いてるんだ。」
私は数冊のノートを見せた。
「マジで?いいじゃん!継続して書いておいて。」
見せろと言われるかと思ったがカナさんは言わなかった。
「絶対に無理はしないこと。これが1番大事だから。自分の命が1番だからね。何かあったら逃げるの。」
私はまだそこまで命の危機を感じたことがない。
あいつらがしてくるのは証拠が残りにくいものばかりだ。
「やってみる。」
今まで私にはなかった感情が湧き出て来るのを感じた。
何かできるんじゃないかという気持ちになってきた。
次の日から私はスカートのポケットにレコーダーを入れてリュックにはマナーモードのスマホを忍ばせた。
ポケットに手を入れると怪しまれるのでスカートの上から録音ボタンを押す練習をした。
何度かチャレンジしたがうまくとれていなかった。
私は机の中にレコーダーを貼りつけることにした。
机を蹴られたりする音がよくとれた。
「机を蹴るのはやめてください。」とわざとらしく言うときもあった。
「はぁ?何話しかけてんだよっ!」
と言い、さらに蹴ってきたところも全部録音できた。
私は毎日、家に帰るとカナさんに今日の収穫ですと言って録音を聞かせた。
カナさんは辛そうな顔でパソコンに録音を取り込んではレコーダーから録音を削除してくれた。
「ユラ、大丈夫?辛かったらいつでもやめていいからね?学校行かなくたって死ぬわけじゃないし、勉強するだけなら家でもできるんだから。」
カナさんは日を追うごとに元気がなくなって見えた。
「私は前より学校に行くのが楽しいです。」
これは本心だった。
イジメられても証拠を集められると思ったらなんだか悲しくなかった。
「変な子」
カナさんは辛そうな笑顔を見せてそう言った。
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イジメはエスカレートしていった。
朝学校に行くと上靴がなくなっていた。
私は探したけどみつからなかった。
私はスリッパを借りて職員室に行った。
録音しながら先生に上靴がなくなったと伝えた。
「ちゃんと自分の靴箱に入れたのか?間違って人のところに入れてないか?」と言われた。
「自分のところに入れました。」
「名前は書いてあるか?用務員さんに言っておくがもう一度ちゃんと探してみなさい。」
私はそう言われて「はい」とだけ答えて職員室を出てきた。
ゴミ箱や下駄箱の上や掃除道具入れなんかも探したけどみつからなかった。
私はしかたなくスリッパのまま教室に行った。
スマホの録画をオンにしてリュックを前で抱えて目の前を撮影してみた。
教室に入るとクラスメイトたちはニヤニヤして私のスリッパを見た。
「便所スリッパ」
女子がクスクス笑いながらそう言った。
私のその日のあだ名が決まった。
リュックから荷物を出すときに録画を止めた。
スマホがみつからないようにとヒヤヒヤしたがみつかった様子はなかった。
給食の時間になるとまたクラスメイトたちがニヤニヤと嬉しそうだった。
私の給食の器にはどれも一口くらいの量しか入っていなかった。
カナさんが買ってくれたスパイグッツのようなカメラを使うときがきた。
私はもしかしたらニヤっと笑ってしまったかもしれない。
慌てて悲しそうな顔をした。
ボールペンの形をしたカメラだった。
芯を出すところがスイッチになっている。
制服の胸ポケットに入れていたので落としたふりをして写真を撮った。
「ダイエットしてるんじゃね?」
クラスメイトたちは私の給食を見て嬉しそうに笑っていた。
先生は気にする様子もなくいただきますの号令をかけた。
私はすぐに食べ終わってしまった。
「食べるの早っ!がっつきすぎキモっ!」
クスクス笑いながら私を見て前の席の女子がそう言った。
私はおかわりをするわけでもなく、ただ給食の時間が終わるのを待った。
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その日の放課後、私は上靴探しを再開した。
人の上靴を持って遠くに行くとは考えにくい。
私なら人の上靴なんて触りたくもない。
もしかしたら何か道具を使ったのではないかと思った。
棒とか何かで素手で触らないように取り出してどこかに投げたり。
私は玄関をくまなく探した。
外に出てみて玄関のまわりも探してみた。
校舎と体育館の隙間に白いものが見えた。
もしかして?と思い、私は録画しながら近づいた。
そこには私の上靴があった。
やはり投げ飛ばされたようでもう片方はさらに奥にあった。
私は写真も撮った。
そして自分のだという名前が書かれているところの写真も撮った。
上靴は土がついて汚れていた。
私は家に持ち帰った。
カナさんは「新しいの買いにいくよ!」と言って私を取扱店舗に連れて行った。
「洗えばまだ履けるよ。」
と言うと、「証拠として取っておく。」と言った。
面倒だけど上靴は毎日持ち帰るように言われた。
私は「ありがとう」と言って新しい上靴を買ってもらった。
帰るとお父さんが帰って来ていて、
「一緒に買い物だなんて珍しいな。」と嬉しそうに言った。
カナさんは「普通だし。」と言って晩ご飯に焼きそばを作った。
お父さんは簡単な料理でもカナさんが作る料理には文句を言わずにおいしそうに食べた。
私は作ってもらえるだけでありがたかった。
カナさんがいるだけで家の中は明るくなった。
言葉遣いは悪いし、世間知らずな感じがしたけど中身はすごく優しい温かい人だった。
私はいつの間にかカナさんのことが好きになっていた。
お母さんでもなく、お姉ちゃんでもなく、友達でもない。
カナさんはカナさんだ。
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「1週間ほど旅行してくるから。パソコンの使い方は教えたからできるよね?」
カナさんは私にそう言うと冷蔵庫を開けて見せてくれた。
「レンチンで食べれるやつたくさん買っておいたから。お父さんの分もチンしてやって。」
「わかった。」
カナさんは少し悲しそうな顔をして「ちゃんと帰ってくるからね。」と言ってスーツケースをゴロゴロと引っぱってお父さんと出ていった。
日曜の午後から一人で旅行だなんてどこに行くんだろうかと思ったけど、カナさんにも実家があることを忘れていた。
急に中学2年生の娘ができて、家の中のことをやらされて、私のイジメ問題にも関わって。
きっとストレスもあるだろうし、疲れているのだろう。
最近元気がなかったのはそのせいかもしれないと思った。
ゆっくり休んできてほしい。
いない間に何かやらかさないようにしないと。
私は証拠集めの手を少し緩めた。
慎重に絶対に大丈夫なとき以外は何もしなかった。
お父さんはカナさんがいない間は早めに帰宅してくれた。
一緒にレンジで温めたパスタを食べた。
特に何か話すわけでもない。
カナさんがいないと話が弾まないことに二人ともいまさら気がついた。
「旅行、楽しんでるといいね。」
私がそう言うと、「そうだな。」と、お父さんは微笑んだ。
お父さんもカナさんが最近元気がないと思っていたのかもしれない。
一週間してお父さんはカナさんを連れて帰ってきた。
笑顔で帰ってきたカナさんは少しやつれた気がした。
「旅行先のご飯が合わなくてさ、お腹下しちゃって最悪だったよ!」
カナさんはそう言いながらお土産と言って北海道チーズケーキと書かれた箱を私にくれた。
「おいしそう!お父さんとカナさんも今食べる?」
私が二人に聞くと、「お父さんたちはいいからユラ一人で食べな。」
と言ってくれたので独り占めすることにした。
とても美味しいチーズケーキだった。
カナさんは疲れたから先に寝るねと言ってすぐに寝室へ行ってしまった。
話を聞きたかったのにな、と思ったがもしかしたら実家で私たちのことを悪く言われたのかもしれない。
コブ付きのおっさんと結婚して幸せになんてなれないとか言われたのかもしれない。
私は話を聞くのをやめた。
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