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2.転換とくすぐり

ミユウ・ハイストロ

 長年拘束されていた要塞から逃げ出した不殺族の少年、のはずだったが……


アストリア・ナルトリフ

 ミユウの許嫁であり、魔術を巧みに使いこなす魔術族の少女。

「う、うぅ……」


 朝日の光が顔に当たり、まぶしさでミユウは目を覚ます。

 どうやら朝を迎えたらしい。


 目の前に広がるのは、キラキラと輝く湖。


「あれ? こんなところで何してたんだっけ?」


 なぜか頭がくらくらする。昨日何があったのか、ぼやけている。

 確か、昨晩要塞を逃げ出し、森の中を走り続けた。そして疲れていたことは覚えている。

 なのに、今ではその疲れが全て消え去っていた。


「きっと久しぶりによく寝られたからかな? う……ん?」


 背筋を伸ばすために、腕を上に挙げようとしたが、なぜかそれができない。

 どうやら両腕を含め上半身を木に縛られているらしい。

 ミユウは自分を縛るものの正体を確認するため、目線を下げる。

 しかし、大きく膨らんだ胸が視界を遮ってしまう。


「どうしてこんなところで縛られているのかな? まさか寝てる間に要塞の追っ手に捕まったん、じゃ…………ん?」


 自分の現状を把握しようと考えていると、ある違和感に気付く。

 その違和感を確認するため、再び目線を落とす。


「な、なんじゃこりゃ?!」


 不自然な状況に、思わず甲高い声を上げる。

 そこには本来男であるミユウにあるはずのない、二つの大きな脂肪の塊が確かに胸についていたのだった。

 気が動転し、身体を震わすたびに、その脂肪の塊が上下左右にブルンブルンと揺れる。


「声も高くなってるし、これじゃまるで女……ちょっと待て。そんな訳、ないよね」


 恐る恐る太ももをすり合わせ、あるものの存在を確認する。

 そう。自分が男であると証明してくれるあるものが。

 しかし、最後の希望を断ち切るように、彼があってほしいと望んでいたものがそこにはなかった。


「なっ……!」


 徐々に顔が青く染まっていくミユウ。


 そんな彼、いや彼女に近づく一人の少女がいた。


「お目覚めですか、ミユウさん?」


「あなたは……」


 透き通るような白い肌、ルビーのように赤く輝く瞳、なめらかな金色の長髪。

 ミユウはその少女の姿から、自分が寝落ちするまでの経緯を思い出す。


「アストリア。もしかしなくても、これはあなたの仕業?」


「はい! その通りです!」


 アストリアは「すごいでしょ!」と言わんばかりに、明るい口調で応えた。


「どうしてこんなことするの?!」


「昨晩、説明したではないですか。ミユウさんを他の女性の毒牙からお守りするためです」


「いや、意味がわから……あっ」


 不本意ながら、彼女の意図を理解してしまった。


 ミユウが男であれば、彼に言い寄ってくる女性が出てくる可能性がある。

 であれば、ミユウを女の身体にすれば問題ないではないか。子どもでも分かる、単純明快なこと。

 単純明快ではあるが、実際性別を変えるのは用意なことではない。


 しかし、彼女が奇跡に似た現象を起こす“魔術”を使いこなせるとなれば別だ。

 魔術について詳しく知っている訳ではないが、魔術印を身体に刻印すれば、性別を変えるという、短時間では到底不可能なことを実現できてしまうだろう。


「まさか女の身体にされるだなんて……」


 自分の意思と関係なく、胸に余計なものを付与され、逆に男の象徴を奪われる。

 気づけば、口調も女性のような口調に変わっている。どうやら精神にも影響を及ぼしているようだ。

 身も心も完全に変異してしまった。ここまで屈辱的なことはない。

 何度も太ももを擦り合わせ、寂しくなった自分の股間を憐れむ。


「そう。気を落とさないでください。何も一生そのままにするつもりはありませんよ」


 アストリアはミユウの顔を覗き込みながら、そう口にする。


「今から一緒にミユウさんの故郷へ帰りましょう。そして、婚姻の儀を執り行うのです。その直前に元のお姿に戻っていただくつもりですから、それまでの辛抱です」


 励ますように、ミユウの肩をポンポンと叩くアストリア。

 しかし、彼女の悪意のない励ましはミユウの怒りの炎をたぎらせた。


「何が辛抱よ! あたしから男の誇りを奪っておいて! 返せ! 今すぐあたしの身体を返せ!」


 脚をジタバタさせ、抗議の意思を今できうる限りの行動で示す。


「いずれちゃんと元の身体に戻すと言っているではありませんか」


「今じゃなきゃダメなの! 今すぐがいいの!」


 女体化した影響か、それとも急な現状の変化に頭が追いついていないのか、ミユウの言動が駄々をこねる子どものようになっていく。

 愛する人の幼稚な姿を眺めるにつれ、笑顔だったアストリアの表情に苛立ちが現れてくる。


「あまりわがままを言って、困らせるものではありませんよ」


「わがままじゃないもん! 至極真っ当な要求だもん!」


「ミユウさんは私の気持ちを受け入れていただけないのでしょうか? 他の女性に愛しい人を奪われたくないというこの乙女心が……」


「ふん! そんなもの知ったこっちゃないよ!」


 そう言い放ち、そっぽを向いた。

 彼女のその言動が、アストリアの中の何かをプチンと切るきっかけとなった。


「そうですか。ミユウさんには、私の貴女に対する想いを理解していただきたかったのですが」


「だから、そんなの関係ないって言ってるでしょ! さあ、早く元の姿に戻して! はーやーく!」


「うふふ。ミユウさんがそういう態度をとられるなら仕方ありません。強硬手段をとらせていただきましょう」


「え?」


 氷のように冷たさを纏う、炎のような怒りに満ちたアストリアの声。

 その声を聞いて初めて、彼女の変化に気づいた。


「これは最後のとっておき。もし素直にこの気持ちを受け入れていただければ、こんなことをするつもりはなかったのですよ。ミユウさんを苦しめるのは不本意ですから。でも、全てはミユウさんが悪いのですよ」


 そういいながら、アストリアはミユウの左の足首を掴んだ。


「な、何をする気!」


「聞き分けの悪い子には、その身を以て理解していただくのが一番です」


「ご、拷問する気? でも残念ね。あたしは十年間、地獄の責め苦を耐えきった。あなたみたいな女の子が考えた甘っちょろい拷問なんて、全然怖くないから」


「うふふ。相当な自信ですね。しかし、これを受けても、同じことが言えるでしょうか?」


 アストリアは不気味な笑みを浮かべながら、ミユウの左脚を自分の左脇に抱える。

 そして、右手の細い人差し指の先を上下に揺らしながら、ミユウの左の足の裏にゆっくり近づける。


「へ、へえ。くすぐり責め、ね。随分な啖呵を切ったと思えば、幼稚な拷問だね。いや、子どもの悪戯みたいなもんじゃない。そんなのでこのあたしに効くはずが、ひっ?!」


 アストリアの指先がミユウの左足の土踏まずにツンと当たった瞬間、彼女の全身に強い電流が走る。

 そして、指先が円を描くように土踏まずをなぞると、今までに経験したことのないくすぐったさがミユウを襲う。


「あ、あ、あはははははははははははは! いひひひひ、ひゃはははははははははは!」


 身体をよじりながら笑い悶えるミユウ。

 何もおかしくないのに、関の壊れた川の濁流のように押し寄せる笑いを止めることができない。


 腹が痛い。呼吸ができない。く、苦しい。

 アストリアから脚を引き離そうとするもビクともしない。

 自分より力が弱いはずの少女に好き勝手にされる屈辱、恥辱。

 いろんな感情が混ざり合い、ミユウの脳内はグシャグシャになっていく。


「やめ、やめ、いやははははははははは!」


「おや? くすぐり責めなんて幼稚な責めは効かないのではないですか?」


「いひひひ。ごめんなひゃい、ゆ、ゆるひて、あはははははははは!」


 皮を剥がされようが、身体を引き裂かれようが、全身穴だけにされようが、決して屈することのなかったミユウ。

 そんな彼女がたった数分足の裏をくすぐられただけで、心をボキッと折り、惨めにもアストリアに許しを乞うてしまった。


 ミユウから自分の望む言葉を引き出したアストリアは指の動きを止めた。

 くすぐったさから解放された途端、不足していた酸素を取り込むために肩を上下しながら呼吸をする。

 たった数分くすぐられただけなのに、一日中走らされた後のような疲労感がどっとのしかかる。


「はあ、はあ、な、何これ?」


「そういえば、ミユウさんの左の足の裏に刻印した魔術印の詳しい説明をしていませんでした」


「え? 身体を女の子に変えるだけじゃないの?」


「基礎は女体化の魔術印です。その術式を少しいじって、もう一つの効果を付与しました。いわば私が独自に編み出したオリジナル魔術印です」


「もう一つの効果?」


「ミユウさんもお察しだと思いますが、対象者のくすぐりの感度を通常の倍にする効果です。先ほどのようなちょっとしたくすぐりでも、地獄の業火に焼かれるような苦しみを感じてしまいます。その苦しさは他の責め苦の比ではありません。

 その上、くすぐられれば、くすぐられるほどミユウさんの力は奪われていきます。三時間も受ければ、通常時の半分以下まで落ちてしまうでしょうね」


「どうしてこんなことを。女体化するだけで十分なんじゃ」


「いくら身体が女性になったからとはいえ、怪力はそのままです。昨晩のように襲いかかれれば、私が魔術を行使したとしても毎回抑えることは難しいでしょう」


「だから、あたしの力を抑えるため、くすぐりに弱い身体にしたってこと? だったら、こんなまどろっこしいのじゃなくて、直接力を半減させる魔術印でも刻印すればいいじゃん」


「不殺族の力はあなたが想像する以上に膨大なのです。それを直接抑えるには、一年間に体内で生成する魔力全てを一気に使わないといけません。そんなことをすれば、魔力が枯渇して死んでしまいますよ。私にできるのはこれでやっとです。それに……」


「それに?」


「笑い悶える愛しい人の表情を見てみたいと思うのは当然のことではありませんか?」


「ひぃ!」


 この時、ミユウは思った。

 自分の眼前にいる少女は天使の皮を被った悪魔なのだと。

【アストリアの魔術講座】


 魔術を発動する方法は主に三つあります。

 詠唱法、無詠唱法、刻印法です。

 

 詠唱法は、決められた呪文を口で唱えることで魔術を発動する方法のことです。

 ある程度の魔術の才と発動に必要な魔力量があれば、人間族でも魔術が使えます。

 ちなみに、数秒唱えるだけの呪文から、数分唱えるのに時間がかかる数章で構成された呪文まで多種多様なものがあり、詠唱が長ければ長いほど大規模で、大量の魔力を必要とする魔術を発動させることができます。


 無詠唱法とは、文字のままで詠唱せずに魔術を発動する方法のことです。

 頭の中で術式を組み、事前に自分で決めた合図をすることで魔術を使うことができます。

 合図とは、私でいうところの”指を鳴らす”行為に当たりますね。

 この方法を使えるのは魔術族を代表とする一部の種族のみです。


 刻印法とは、対象物に魔術印を刻むことで魔術を発動する方法のことです。

 一度刻印し魔術を流し込めば、少ない魔力を一定量送り込むだけで魔術を持続させることができます。

 刻印は無機物だけでなく、人や動物にも可能です。

 今回はミユウさんの左の足の裏に女体化と弱体化の魔術印を刻印しましたね。

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