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1.不殺と魔術

 時間を遡ること十時間、まだ月が天高く昇る夜。

 一人の少年がつい先ほど、十年間拘束されていたある要塞から逃げ出した。


 八歳の頃に突然囚われて以来、“人体実験”と称する拷問を毎日のように受け続けていた。

 日に日に心身ともに衰弱するのを感じる中で、虎視眈々と逃走する機会を狙っていた。

 そしてこの日、衛兵の警備が薄くなった僅か十分ほどの隙を狙い、要塞を抜け出すことに成功する。

 その後は、近くにあった森に入り、できるだけ要塞から要塞から距離をとるため、ひたすらに走り続けた。


 走り続けてからどれほど時間が経ったのか。

 木々の枝に囚人服と肌を削られ、全身ボロボロになっていくが、足を一切止めなかった。

 当然のことながら、身体には疲労が蓄積する。まともに力が入らない。

 全身を左右に揺らしながら、ただ前進することに全力を尽くす。


「くっ! なんだ!」


 森の向こう側が光を放っている光景を目にした。

 思わず目が眩みそうなりながらも、無意識のうちに少年の足は光源へと向かっていた。

 なぜか分からないが、その光が自分を希望に導いてくれそうな気がしたからだ。


 数十分残された体力を余すことなく、走り続けていた先の光景に少年は目を点にした。

 そこには月明かりを反射する大きな湖が広がっていたからだ。


「すげぇ……」


 少年の口から絞り出された言葉。しかし、目の前の光景を表現するにはそれだけで十分なのかもしれない。


「……み、水!」


 一瞬飛んでいた意識が戻ると。彼は一目散に顔を沈める。

 彼の身体は水を求めていたのだ。

 その求めていたものが目の前にあれば、欲求を止められなくなるのは生物として仕方ないことなのである。

 何度も窒息しそうになりながらも、体内に澄み切った水を取り込んでいく。

 水の冷たさが食道を通る度に痛みを感じるが、それさえ幸福に感じた。


「ぷはぁ! 生き返った!」


 喉を十分に潤すことができた少年は水面から顔を上げて、歓喜の声をあげる。

 大量の水を取り込んだおかげで腹が膨れた。

 久しぶりに人間として生きていると実感した。


 顔を引き上げると、目の前に一人の人物の顔が現れた。

 顔には髭を蓄え、長年手入れしていない枝毛だらけの髪はあらゆる方向に跳ね上がっている。

到底十八の少年とは思えないほど老けた惨めな姿。


「これが今の俺の顔。もっと可愛げがあったと思ったんだけどな……」


 久しぶりに自分自身の容姿を確認した途端、一気に虚しさが彼を襲った。

 まるで一人だけ周囲を置き去りにして時間が過ぎていくようで。そして、十年間を無意味に過ごしてしまったことの悲しさに。


「さて、ここまで来れば大丈夫だろう。とりあえず一時間ぐらい眠っておくか……」


 そのまま後ろに倒れようとした。

 その瞬間である。


 ガサガサッ!


 背後の茂みから物音が聞こえた。

 少年は後ろに倒れるとすぐに、身体をグルッと九〇度に回転させ、立ち上がった。

 体力を使い切ったと思っていたが、想像以上の身軽な動きができたことに一瞬驚く。


(なるほど。俺たちの身体はやっぱり異常って訳か……)


 フッと鼻で笑う。

 しかし、すぐに気を引き締め、いつでも動けるよう腰を低く落とし、物音が鳴った方角に目線を向ける。

 すると、闇が支配する森の中で、人影が見えた。


「嘘だろ。もう追っ手が来やがったか」


 よく目を凝らして、影の正体を確認する。


(兵士か? 暗殺者か? それともここらを根城にする夜盗の類いか?)


 人影の全貌がはっきりと見極めたところで、少年は自分の目を疑った。

 森の中にいるのは、予想していた人物像と異なる、一人の少女だったからだ。

 腰まで伸びた金色の髪に、ルビーのような瞳、紺色のワンピースから覗く透き通るような白い肌。一瞬精巧に作られた人形なのではと疑うぐらいの美少女だった。

 なにより少年を一番驚かせたのは、その少女が彼に向けて微笑みを浮かべていたことだ。

 要塞の拷問官のしていた悪意に満ちたにやけ面ではなく、純粋に好意を持った優しい微笑み。

 一体なぜ彼女が自分にそのような表情を見せるのか、少年には理解できなかった。


(なんでアイツ笑ってるんだ? というか、こんなところにどうして女が一人で……もしかして、こいつが要塞から差し向けられた追っ手か? 見た目で油断させといて、隙ができたところを……)



 少年が脳内をフル回転させているとき、少女は僅かに動こうとする兆しを見せた。

 それを敏感に察知した少年は彼女との距離をとろうとする。

 しかし、少女の動きはまた少年の予想を大きく裏切った。

 彼女は少年に向けて深々と頭を下げたのだ。

 まったく敵意の感じられない彼女の行動に思わず拍子抜けしてしまう。


「なんなんだ、お前……」


 本音に、少女は頭を上げて、再びニコッと微笑む。


「長年のお勤め、お疲れ様でした」


 お淑やかさを全面に出した涼やかな声で少年をねぎらう言葉を発する。

 その言葉の意味を少年はいまいち理解できず、沈黙した。


「おや? 言葉を間違えていましたか? 申し訳ございません。予め何を言うべきか考えていたのですが、ど忘れしてしまって。えっと、そうですね……」


 少女は顎に手を当てて、見当違いの疑問の答えを必死に模索する。

そして、納得のいく答えを導き出したのか、「うん。これです!」と呟き、再び少年と向き合う。


「あなたのご帰還、首を長くしてお待ちしていました。会いたかったです、ミユウ・ハイストロさん!」


「?!」


 少年は彼女の言葉に驚きを隠せなかった。

 なぜなら、彼女のいう「ミユウ・ハイストロ」とは、自分の故郷の人間しか知り得ない彼の名前だったのだからだ。

 少女から自分の名前を聞いた瞬間、少年ミユウの緊張は最高潮を迎えた。


「てめぇ、なんで俺の名前を知っている!」


「それは勿論あなたのことを以前から知っていたからで……」


「なるほどな。俺の素性を調べ上げたって訳か。それで仲間だと信じ込ませて、油断したところを……」


「少し落ち着いてください! まずは私の話を……」


「問答無用!」


 ミユウは少女の言葉を遮るように、彼女との距離を詰め、右拳をぶつける。


「きゃっ!」


 突然のことに驚いた少女は背後に尻餅をついた。

 そのおかげで、ミユウの渾身の一撃は少女の足元に直撃。轟音とともに、地面に小さなクレーターを作り上げた。

 とても通常の人間が、いや、ついさっきまでいつ倒れてもおかしくなかった人物が放つ一撃とは思えない。


「あわわわわ……」


 少女は地面にあいたクレーターを涙目で見つめ、全身を震わせていた。

 そんな彼女を睨みながら、ミユウは地面に食い込んだ拳を引き上げていく。


「ちっ。外したか」


「外したか、ではありません! いきなり何をするのですか?! 当たっていたら、確実に死んでいたではありませんか!」


「当たり前だ。本気で殺す気だったんだからな」


 ミユウは地面に倒れている少女の真上を陣取り、ボキボキと指を鳴らす。


「お願いですから、一度冷静になってください! 私の話を聞いていただければ、ミユウさんも納得いただけるはずですから!」


「安心しろ。そのまま動かなければ、痛みも苦しみも恐怖も感じず、一瞬であの世に送ってやる」


「一体何を安心しろと!」


 必死で説得を試みる少女の声を無視し、上半身をひねりながら右腕を天高らかに振りかぶる。

 そして、叫び声を上げながら拳を少女に向けて落とす。


 その時だった。


「だから……話を聞いてください!」


 少女は大声で訴えかけながら、右手でパチンと指を鳴らす。

 すると、ミユウの右手が突然動かなくなった。正確に言えば、強い力で後ろに引っ張られていた。


「な、なんだ?!」


 目線を上げると、鎖が自分の右手に巻き付いていた。

 身体をひねり、後ろを確認すると、その鎖は地面にできた小さな穴から伸びているのが分かる。

 それが一体何なのか? そうして自分の右腕を拘束するのか? ミユウには理解できない。

 しかし、拳を落とそうとした瞬間、少女が指を鳴らしていたことを思い出す。


「お前の仕業か?」


 ミユウの問いかけに、額から汗を流しながら微笑んで応える少女。


「ええ。どうしてもやめて下さらなかったので、力ずくで止めさせていただきました」


「それなら……」


 動かなくなった右腕の代わりに、左腕を振りかぶる。

 しかし、その左腕も新たに背後から伸びた鎖に拘束される。

 そして間髪入れず、腰、右脚、左腕と拘束されていくと、そのまま後ろへと引っ張られ、地面に大の字姿で固定されてしまった。


 何度も何度も鎖を引っ張るが、その度に地面へ引きずり込む力が増していく。

 まったく身動きの取れなくなったミユウに、立ち上がったアストリアが手で埃を払いながら近づいてくる。


「てめぇ! こんなことをして済むと思っているのか! 放せ!」


「ダメですよ。解放すれば、また私に攻撃してくるではありませんか?」


「くっ……」



 少女はミユウの頭の近くでしゃがみ、彼の顔を覗き込む。


「形勢逆転、ですね。やっとまともにお話ができます」


「このまま俺をあの要塞に連れ帰るのか?」


 ミユウの言葉に、少女は頬を膨らませる。


「もう。だから私は要塞から派遣された追っ手ではありませんよ」


「じゃあ、どうして俺が要塞から逃げ出したことを知っている? どうして俺の名前を知っている?」


「そうですね。その質問に答える前に……」


 少女は両手をつくと、ミユウの顔に自分の顔を近づける。今にも鼻先がくっつきそうなほどに。

 赤く光る瞳に見つめられ、ミユウは思わず少女から目線を逸らす。


「な、なんだよ」


「ミユウさん。私の顔を見て、何か思い出せませんか?」


 湖の水面が反射する月明かりが、彼女の白く透き通る肌に当たる。

 そのおかげで、彼女の端整な顔立ちをしっかりと拝むことができた。

 しかし……


「すまない。お前のこと、いや、昔のことのほとんど思い出せない」


「そうですか……」


 少女はあからさまに残念そうな表情で、ミユウの顔との距離を空ける。


「長年壮絶な拷問を受けたショックがミユウさんの記憶に影響を与えたのかもしれませんね」


「ちょっと待て。どうして俺が要塞の中で拷問を受けていたことを知っているんだ?」


 ミユウが閉じ込められていたのは要塞の地下三階にあたる最深部。

 そこの情報がそう簡単に外部に出回ることはないはずだ。


「やっぱりお前は要塞の……」


「しつこいですよ。誰も公然と言わないだけで、知らない人はいませんから。公国政府があなたたち“不殺族”を捕らえて、拷問を行っていると」


 “不殺族”。その言葉を聞いたとき、ミユウの中に衝撃が走る。しかし、驚きはしなかった。


「……やっぱり知っていたんだな。俺が不殺族だって」


 全ての諦めがついたように、ミユウはそう呟いた。


「先ほどの身体能力、地面へ容易に穴を空けることができる怪力、そして、長年拷問を受けていたはずなのに、それを感じさせない綺麗な肌。それだけでも十分に不殺族だと証明できますよ」


 この世界にはいくつもの亜種族が存在する。

 その中で特に稀少と言われているのが不殺族だ。

 彼らは多種族より秀でた戦闘能力と巨人族並の怪力、尚かつ、致命的な外傷を受けようとも即座に治癒する不死の身体。

これらの特性から「最強の種族」と呼ばれることもある。


 その並外れた力はより強力な軍事力を追求する各国家が喉から手が出るほどの存在であり、見つけ次第に捕らえ、自国の戦力として取り込もうとした。

 しかし、彼らは自分たちの力がいずれ世界に不幸を及ぼすことを理解していた。

 そのため、勢力に取り込まれ、殺戮兵器にされることを極端に嫌う共通理念を種族内で保っていた。


 自分たちの理念を守るために協力を拒んだ不殺族は、関係なく拷問を受ける憂き目を見ることになった。


 この少年ミユウ・ハイストロも、八歳の頃に彼の故郷のある“バルハルト公国”に捕まった。

 公国の兵士になり、故郷の場所を教えるよう求められたが、他の同族と同じようにそれを拒否。

 以降、不殺族の異常な治癒能力の解明も踏まえ、連日拷問を受け続ける日々を迎えることになった。


「お忘れなのであれば、改めて自己紹介をさせていただきましょう。私はアストリア・ナルトリフと申します」


「アストリア、か。済まない。やっぱり名前を聞いても思い出せない」


「謝らないでください。私があなたと一緒にいたのは数ヶ月ほど。拷問の日々の中で、印象が薄い私の記憶が失われるのは仕方のないことなのかもしれませんから」


 「気にしないで下さい」と笑う少女アストリア。しかし、その奥にある悲しさは隠しきれていない。

それがよりミユウの後ろめたさを刺激する。


「さっき数ヶ月俺と一緒にいたと言ったな。ということは、俺と同郷なのか?」


「私は他の村の出身です。今から十年前にミユウさんの村へ何度も訪れていました。村の大人たちと一緒にね」


「あんな隠された場所によく来られたな。あんたも俺たちの同胞なのか?」


「いいえ。私は不殺族ではなく、“魔術族”です」


「魔術族?」


 魔術族とは、“魔術”と呼ばれる、奇跡にも似た現象を引き起こす術を使うことに長けた種族である。

 物語には必ず登場する有名な種族の一つで、ミユウ自身その名前を知っていた。

 ちなみに、ときに主人公の仲間の一人として、ときに彼らの敵の部下として登場することがある。


「どうして魔術族が不殺族の村に来てたんだよ? そんなに仲がよかったか?」


「なるほど。そこから話をするべきですよね」


 アストリアは一つ咳払いをする。


「かつて私たちはどの国でも国家繁栄を支える貴重な存在として扱われていました。しかし、ある巨大な宗教組織と対立したことで、逆に迫害を受ける側になってしまいました。現在は人前で自分の正体を明かすことを控え、人が近づかない森の中に村を作って棲むようになりました。私の故郷もそのような経緯で形成された村の一つです」


「原因は違うが、俺たちと境遇が似てるな」


「今から十二年前、その同じような境遇である二つの種族の村民が出会うという奇跡のような出来事が起こりました」


「それが俺たちの村とお前たちの村ってことか?」


「はい。二つの村は一日あればたどり着くことが可能な距離にあるということがわかり、その出来事以降は交流を深め始めたとのことです」


「なるほど。その交流ってやつの一環でお前が俺たちの村に来てたってことだな」


「その通りです。通常は村の上層部だけが往来していたのですが、私はいずれ婚姻を結ぶミユウさんとより仲を深めるために特別同行を許されまして」


「へえ。そうだったんだ…………へ?」


 ミユウは自然な流れで彼女の口から飛び出してきた不自然な言葉に素っ頓狂な声をあげた。

 

「ちょ、ちょっと待て! 俺の聞き間違いか? 俺とお前がいずれ婚姻を結ぶって……」


「聞き間違いではありません。確実にそう言いましたから」


「……冗談だよな?」


「このような大事なこと、冗談では言いません」


「…………ど、どういうことだ!」


 突然聞かされた事実についてアストリアに問いただすため、立ち上がろうとするミユウ。

 しかし、四肢を拘束する鎖がそれを止めた。


「俺、そんなの初めて聞いたぞ!……いや、忘れているだけか?」


「きっとミユウさんには隠していたのでしょう。『アイツは嫌がるだろうから、直前まで隠しておこ』とミユウさんのお父様がおっしゃっていましたから」


「あのクソ親父! そういう大事なことはまず本人に言えよ!」


 ぼやけながら浮かび上がる自分の父親のしたり顔に向け、怒りの感情を叫ぶミユウ。


「というか、親父に会ったのか?」


「はい。お父様だけでなく、お母様や妹さんとも良好な関係を築かせていただきました」


「もう外堀を埋められてる! それより家族全員で俺に隠してたのかよ」


 まさかの家族ぐるみでの裏切り。

 要塞から逃げ出してすぐ、こんな事実を突きつけられるとは思ってもいなかった。正直、疎外感が半端ではない。


「……もしかして、お前は俺を迎えるためにこんなとこまで来たのか?」


「はい! 未来の旦那様をお迎えするのは当然のことですから!」


「当然って……」


「本当は要直接助けにいきたかったのですが、想像以上に警備が堅く、私の力では忍び込むのができませんでした。そのせいで、ミユウさんを長い間苦しめることになりました。お力になれず、申し訳ございません」


 頭を深々と下げるアストリア。

 公国側に捕まってしまったのも、長年逃げることができなかったのも、彼女には関係ない話だ。

 それを全面的に自分が悪いのだと彼女は悔やんでいる。

 そんな健気に自分を長年待ってくれていた彼女に、ミユウは殺意を以て拳を向けてしまった。


(何やっているんだ、俺……)


 散々人に迷惑をかけてきたことを理解し、ミユウは後悔する。


「あの、その……ごめん。お前の気持ちを知らないで、お前を殺そうとした。その上、お前のことを忘れちまって。どうしようもねえな、俺」


「良いのですよ。この先思い出すかもしれません。それに、もし思い出せなくても、これから私のことを知っていただければ良いのですから」


 母親が子どもに向けてくる慈愛に満ちた笑顔を向けるアストリア。

 それは傷だらけの心を温かく包み込んでくれるような気がした。


(こいつとなら、一生一緒になっても良いかもしれないな……)


 らしくないことを考えてしまったと、ミユウの顔はポッと赤く染めた。


 一通りアストリアとの話を終えると、ふと自分が置かれている状況を思い出す。


「なあ。もうそろそろこの鎖を外してくれないか?」


 自衛のためアストリアが出現させた鎖によって、ミユウの身体は大の字に拘束されていた。

 同じ体勢でいることはもう慣れてはいるが、流石に身体が痛くなってきた。

 それに服がすり切れて、ほぼ裸同然の状態をアストリアに見られるのは正直恥ずかしい。


「お願いします!」


 唯一動かすことができる頭を前に倒し、今できる限り誠心誠意の態度で懇願する。

 しかし……


「え? 嫌ですけど」


 アストリアは「どうして当然なことを聞いてくるのか」と言わんばかりの表情で、そう応えた。


「え?」


 想定していたものと一八〇度異なる返事に、ミユウは目を丸くした。


「ど、どうしてだよ! まだ俺が殴りかかるとでも思っているのか? もうそんなことしねえよ。あ。それともあれか? 俺がお前と婚姻を結ぶのを嫌がって逃げ出すとでも? そりゃ最初は驚いたよ? でも、今はそんなことはない。むしろ前向きに……」


「あの、何か勘違いされていませんか?」


 立て続けに話すミユウを止めるアストリア。


「確かに、襲いかかるミユウさんを止めるために拘束させていただきました」


「だったら、もう解放してくれてもいいじゃねぇか!」


「しかし、もし襲いかからなくても、ミユウさんを今のように拘束するつもりでした」


「……まさか、俺をこうすることを会う前から予定していたのか?」


「はい。正確に言えば、今から三年ほど前に思いつき、そこから計画を立て始めました」


「めっちゃ用意周到じゃねぇか! というか、俺を拘束してどうするつもりだよ!」


「ミユウさんの身体に魔術印を刻印するためですよ」


「魔術印?」


「ええ。高度かつ永続的な魔術を発動するために必要な可視化された術式。主に武器や防具に刻印して、特定の効果を上げるときに用いられますね」


「いや、大体のイメージはつく。物語とかでよく出てくるからな。俺が聞きたいのは、どうして俺の身体に刻印するんだってことだよ。俺、武器でも防具でもないんだけど?」


「それは……ミユウさんを他の女性に渡さないため、ですよ」


「……はあ?」


 アストリアはミユウの顔を覗き込み、彼の頬を何度も擦る。


「ミユウさんって、子どものころからとてもかっこよかったですよね。大人になれば、全ての女性が振り向く素敵な男性になられると昔から思っていました。そして、うふふ、予想通りでした。今は髭や髪を生やされているので、武骨な感じになっていますが、ちゃんと身なりを整えれば、誰もがうらやむ美少年になるでしょう」


「そ、そうか?」


 ミユウの口角は少しだけ上がる。

 かっこいい、美少年と言われて、嬉しくないと思う男はいない。


「しかし、それは女性からモテてしまうということと同じです。私以外の女性から言い寄られて、その方に目移りしてしまわないか、私は心配になりました」


「俺はそこまで節操なしじゃねぇぞ。まあ、そういうのはあんまりわかんないけど」


「いいえ。信じられません。男性は皆女性にだらしないものだから気をつけろと母が言っていましたから」


「お前の母さんもいろいろあったんだな……」


「では、どうすればミユウさんを他の女性から守ることができるのか、色々と検討しました。そこで三年前に思いついたのです! ミユウさんを女性に言い寄られないような身体にすればいいのだと……」


 そういうと、アストリアは右手で指を鳴らす。

 すると、彼女の手元に小さな光の玉が現れ、形を変えいき、最後には先が赤いインクで染まった小筆に変化した。


「ふざけるな! そんな身勝手な理由で魔術印を刻印するな!……おい待て。まさか俺の顔を醜い不細工に作り変えようと思っているんじゃねぇだろうな!」


「このような凛々しいお顔を醜くするなんて、私にできるはずないではありませんか」


「じゃあ、どうするんだよ!」


「それは……内緒です! 実際に魔術印を刻印した後のお楽しみということで」


「そんなお楽しみ、いらねぇわ! せめてどうするつもりなのか教えろ!」


 手足をジタバタさせて暴れるミユウ。

 しかし、ただ鎖がジャラジャラとなるだけだった。


「安心してください。少しだけくすぐったいのを我慢すればいいだけですから」


「安心できるか!」


「ちょっと暴れないでください。うまく描けないではありませんか」


「知るか! 放せ!」


「まったく。仕方ありませんね」


 アストリアはひとつため息をつくと、暴れるミユウの胸の前に手のひらをかざす。

 彼女の手のひらから放たれた紫色の柔らかな光が全身を包み込む。


「魔術印を刻印する間、ミユウさんにはお眠りいただきます」


「や、やめろ!」


 光はミユウの全身を温め、徐々に彼を眠りへいざなう。


「く、くそ……」

 

 そして、ミユウの瞼は彼の意思に関係なく閉じられていった。

【アストリアの種族講座】


 この世界の大多数を占めるのは”人間族”で、それ以外の種族を”亜人族”と呼びます。

 そして、亜人族の中でも数多くの種族が存在します。


 その中でも、今回は二つの種族について紹介しましょう。


 不殺族とは、殺されても生き返るほどの超再生能力をもつ少数種族です。

 殺されざる種族、故に”不殺族”です。

 その上、他種族に類まれなる戦闘能力と怪力を持つため、世界最強の種族なんて言われることもあるんですよ。かっこいいですね。


 魔術族とは、他種族と比べものにならないほど膨大な魔力と、魔術の才に恵まれた少数種族です。

 魔術を多くの人々に広げ、文化を向上させた功績から数多の権力者に重用・保護されていたのです。

 何か自画自賛しているみたいで恥ずかしいですね。

 今は訳あって、その多くが人目から逃れるように森の奥でひっそりと暮らしています。


 他にもたくさんの種族の方が登場しますから、楽しみにしてくださいね。

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