プロローグ
小鳥がさえずり、朝の日差しを木の葉が遮り、ちょうど良い明かりへと調節してくれる。
そんな森林に挟まれた細い道をミユウは気怠そうに歩いていた。
腰まで伸びた黒髪は乱れきり、全身に土埃が付着している彼女は、それらを極力隠すように清楚な村娘の衣装を身にまとっている。
もう少し身なりを整えてさえいれば、愛嬌のある可愛らしい十八の少女なのだが、だらけきった表情がそれらの要素を相殺してしまっている。
そんな彼女の生気の失せた目線の先には、もう一人の少女“アストリア・ナルトリフ”がいる。
ミユウと同い年の彼女は、金色のロングヘアを輝かせながら鼻歌を歌い、軽快にステップを踏んでいる。
その輝かしい後ろ姿が、ミユウの鉛のような重苦しい憂鬱に鋭く突き刺さる。
「はぁ……」
体内の黒い感情を流し出すようにため息をつくミユウ。
それを聞いたアストリアは足を止めて、くるっと振り返った。
「どうされたのですか? 元気がないですね」
アストリアは小首を傾げ、不思議そうにミユウの顔を覗き込む。
彼女のルビーのように赤い瞳にミユウの引きつった笑顔が映り込む。
「ううん。なんでもないよ。全身の汚れがちょっと気持ち悪いだけ」
アストリアはミユウの頬を手で擦る。
少し擦っただけで、彼女の透き通るような白い肌が黒く染まってしまう。
「これはいけませんね。あと少し歩けば、集落に到着できます。そうしたらすぐに部屋を借りて、お風呂に入らせてもらいましょう。それまで我慢できますか?」
「うん。大丈夫だよ」
ミユウの返答を聞いて、アストリアはニコッと微笑む。
そして、再び歩みを勧め始めた。
なぜミユウがここまで憂鬱になっているのか。
全身が汚れて不快だというアストリアの推察はあながち間違ってはいないが、それは副次的なものに過ぎない。
彼女を憂鬱にさせる本当の元凶、それは正しく目の前にいるアストリアその人なのだ。