die30話 蓮山世純先輩
翌日、いつの間にかベッドの上で目が覚めた私は、リビングダイニングに出る。
そしてそこにはもう仕事に行く服を着たお母様が優雅にコーヒーを飲んでいた。
辺りを見渡すと突っ張り棒にハンガーに掛けてある私の制服と下着類が干してあるのを見つけた。お母様がやってくれたのだろうか。感謝しなくては。
お母様は私が起きてくるのに気付くと。
「おはよう響ちゃん、洗濯終わっていたから干しておいたわよ」
と、言う。
「ありがとうございます」
案の定お母様が干してくれていたようだ。私がお礼を言うとお母様は。
「いいのいの。こういう時くらい母親ぶらせて、ね?」
そう言ってウインクしてきた。昨日はお母様に助けられたんだよな。あの後は泣き疲れて眠ってしまったからあまりよく覚えていないが。
「ありがとうござい―――」
ました。と言おうとしたが、
「あ、響ちゃん、私もうそろそろ出なくちゃいけないから、勝手に朝ごはん食べてて」
お母様の指し示す方には市販のパンが山積みになっていた。
「あ、あの……」
私が言うとようやくお母様がこちらを向いてくれた。
「ん?」
「あの、昨日はかばってくれてありがとうございました」
私がお礼を言うとお母様は。
「いいのいいの。さすがに私もあの人にムカついちゃったからね。あ、そうそう、間に合いそうになかったら助っ人も呼んでいるから、よろしくね」
お母様が何を言っているのか分からなかったが、とりあえず私はパンの山から適当な一つを取ってダイニングテーブルで食べた。お母様は忙しいにも関わらず、甲斐甲斐しく牛乳まで用意してくれた。
相変わらず片手じゃ難しいから助かった。
私は準備のほとんどを片手で行った。なぜならもう片手を探すのにかなり手間取ったから。
ちなみにお母様の言っていた助っ人とはこうちょーだった。結局私はこうちょーに花咲学園まで送ってもらうのだった。
車内で私はあの短い手足でどうやって運転しているのか気になって後部座席から身を前に乗り出したのだが、こうちょーは私のことを睨みながら、「危ないのでちゃんと座ってくださいね」といつもの声色で言った。
ちなみに私だったら手足の長い者に変装してから運転するだろう。
こうちょーがどうやって運転していたのかはここでは書かないこととする。決してこうちょーが怖いとかそういうのではない。決して。
花咲学園に着くと、こうちょーに一週間の途中で帰ってしまって、また来た時の入り方を教えてもらって、私は学園に入る前に学生寮に寄って荷物を置いてから学園内に入る。
学園に通ずる廊下を歩いていると、見知った後ろ姿を三つ見つける。私はドタバタと走ってわざと見つけてもらう。
「あ、おはようヒビッチ、廊下走っちゃダメだよ~」
「おはようヒビッチ、家ではぐっすり眠れた?」
「ヒビッチ、今日という今日は塔弥様にちょっかい掛けちゃだめだよ?」
三人思い思いに私にあいさつを返す。
「あぁ、おはよう……」
私も自然な笑顔で三人にあいさつを返す。
授業参観だったり三者面談の行事が終わったらまたいつもの一日が始まる。
リリーこと琳とユーユこと友実と別れてから私は教室の扉を開く。相変わらず入る時視線は一瞬飛んでくるが、もう慣れたもので、私はそれらを素通りしていく。
「おはよう、響ちゃん、もう視線は大丈夫みたいだね」
自分の机にカバンを置くと塔弥という男子生徒に話しかけられた。
またも相変わらず塔弥という男子生徒と話す私にこの教室の約半分の視線が飛んでくる。
これはまだ慣れない。気配を消した私はカバンの中から本日の教科書などを机の中に仕舞っていく。
気配を消すと視線が徐々に少なくなって行くのを背中で感じる。
ここでは置き勉が認められておらず、寮ではOKだが、学園内では認められていないため、寮に大量に置いている生徒が多いようだ。ちなみに私もそのタイプだ。なぜなら帰る家がもうないから。
そして、昼休みになった。私は三人と昼食を食べた後、自慢の気配を消して、ある教室に向かっていた。
自分から行こうとしているわけではない。呼び出されたのだ。
私は高等部の棟に気配を消しながら入ると、そのまま高等部の多目的室の前に来た。
深呼吸をすると意を決して、ノックをしてからその数秒後にどうぞ、と男の声が聞こえると私はその教室に入る。
広さは中学部の教室よりかは少し広く、(机などがないからそう見えるのかも知れないが)その奥に机に座って足を組んでいる女子生徒が居た。その女子生徒を挟むようにして一組の男女がたたずんでいた。
「よく来たわね。座りなさい」
自身の前に置いてある椅子をあごで指し示しながらその女子生徒、世純先輩は言う。
そう、今日私を呼び出したのは世純先輩だった。なんとなくこれからされる話の予想は付く。お母様の事だろう。
「あの、机に座っちゃいけないのでは……?」
「お嬢様の言葉には、はいか分かりましたしか言ってはなりません。もしいいえ、などと言えばどうなるか分かりますよね?」
私の言葉を完全無視し、殺し屋の家系の兄妹の兄、亮真……だったか? が理屈の分からないことを言った。
「いや……なんで無視するんだ……?」
「分かりましたか?」
そう言って殺し屋の家系の兄妹の兄は私を睨んだ。
「はい、分かりました……」
後輩の私はそう言わざるを得ず、椅子に座る。
「亮真、ちょっといじめすぎ、まぁいいわ。あなたをここに呼んだ理由はね」
世純先輩は覚悟を決めたような顔をして、そして言う。
「「お母様のこと」」
私もちょうど同じタイミングで同じ言葉を言っていた。
「ですね……?」
「っ!」
私の目に世純先輩は言葉を詰まらす。
世純先輩は髪をさっとかきあげて、(こういう時はお母様にそっくりだ)何もなかったかのように言う。
「そうよ、よく分かったわね?」
「世純先輩に呼ばれたということ、そして授業参観、三者面談が終わった翌日のこの日に呼ばれたということを加味して考えれば分かることですから……」
「そう、頭がいいのね。私と同じで」
「いえ、私は世純先輩とは違ってお母様、加奈芽の実の娘ではありません」
私は世純先輩の言葉をさえぎり、さらに続ける。
「私はお母様の再婚相手の連れ子です。世純先輩は言っていましたよね、私が記憶喪失だと。確かにその通りみたいです。お父様と私は血が繋がっていないし、当然お母様とも繋がっていない。私はお父様に拾われたのです。私はお父様に拾われる前の記憶はありません。三者面談の時、お母様が私の両親が亡くなった時にお父様が私を引き取った、と言っていました。それも本当なのかは分かりませんが、私とお父様が血が繋がっていないことは事実です」
私の話のスケールが思ったよりも大きかったのか、世純先輩は開いた口が塞がらない状態だった。
それに対して、殺し屋の家系の兄妹の妹の方―――陽南、だったか、が世純先輩の耳元に口を近付けて何かを囁くと、世純先輩は復活した。
「そう、これは少し自分語りするんだけどね」
「お嬢様!」
世純先輩を殺し屋の家系の兄妹の兄が大声を出して遮ると、妹に止められていた。
「私は一か月ちょっと前にお父様を亡くしたの。あの時、授業参観の時にお母様に会った時にその話をしようとしたけど、結局山羊嶋、ああ、私の家の執事長でこの二人の祖父ね。とこの二人に止められて結局話せなかった」
「お嬢様、いつまで奥様のことを引きずっておられるのですか……?」
「亮真、山羊嶋もそうだけど、じゃあなんでお母様のことをまだ奥様、なんて呼ぶの?関係ないんでしょ?」
「…………」
殺し屋の家系の兄妹の兄は答えることが出来ていなかった。
「ごめんなさいね。それで、犯人を私は知っている」
残念ながらそれはミスリードであることを私が一番よく知っている。
「その人物は私の幼馴染のショウ、いつ私がお父様から暴行を受けているのを知ったのかしら?」
その言葉を聞いて世純先輩の両脇の控えている二人が驚いた。知らなかったのか。
「お嬢様、いつから……?」
その声を無視して世純先輩は続ける。
「まぁ、ショウならやりかねないことだけど、梓紗の目をかいくぐって、いいえ、ショウが梓紗を放っていくなんて有り得ない。けど、本当にやりかねないのよね、あいつ。私は、私は! そんなこと、望んでいなかったのに……」
そこで、世純先輩が涙を流した。初めて見た世純先輩の弱い姿だった。
今までなら遺された遺族を見ても何も思わなかっただろう。私は昨日聞いたお母様の言葉を思い出していた。私は、本当に長期休みの時の仕事で標的を殺せるのだろうか、と。
世純先輩を見て両脇の二人は慌てだした。
「申し訳ありませんが、この話はこれで終わりにしていただけないでしょうか?」
殺し屋の家系の兄妹の兄がそう言った。私はそれを聞いて椅子から立ち上がり、退出しようとしたが、世純先輩から待ったがかかる。
「大丈夫、ありがとう、二人共、大丈夫だから」
「ですが、お嬢様……」
「亮真、私の言うことが信じられない?」
世純先輩は涙をぬぐい、話の続きをする。
「私のやることは決まったわ。ショウと話す。どうしてお父様を殺したのか、殺すほどの事だったのか、多分ショウは殺すほどの事だと言うわよね。私がショウを責めてもお父様は生き返らない」
「い、いえ、あんな男、死んだ方が良かったんです。多分…奥様だってそのことにうんざりして出ていったんでしょうから」
私は椅子に座り直して言う。これは言ってもいいのか分からないが、言うことにする。
「世純先輩は知っているかは分かりませんが、あなたの父親は犯罪を犯していたんです。それでも、お母様は三人での思い出を大切にしていました。今の家にだって玄関の扉に前の家族写真が飾ってありましたし、今住んでいるマンションにはたくさんの部屋がありますが、その中には家族の思い出の物が置いてある部屋だってありました。お母様はその件で愛想が尽きた、そう言っていました……」
「は、犯罪……?私やお母様への暴行ではなく……?」
私が言うと世純先輩は絶望をした、というような声を出して訊く。
「はい、それとは別の……です……」
「それは、教えてくれないの?」
弱弱しく声を震わせながら世純先輩は言う。
それに対して私は頷いて、椅子から立ち上がり、退出の姿勢を取る。
「おい、教えないとはないだろ! お嬢様はこの一ヶ月近く傷つきながら過ごしてきたんだぞ。だから―――」
私はその言葉を背中で聞きながら多目的室から出た。




