die29話 母は強し
私は届いたそれらを食べながらお母様の言葉も嚙みしめていた。
昔は食べ物に毒などが入っていないか警戒しながら食べていた。だが今はどうだ。警戒も何もせず、ただ食べているだけ。まぁ、食べ物はどんな状態でも食べられるように訓練はされているわけだが。あれはどの訓練よりも辛くてきつかった。普通に致死量の毒を口に含みながら食べ物を食べたりもしたわけだから。ちなみにこれに耐えられなければ一人前にはなれないらしい。お父様によれば機関によって鍛え方やメニューは違うらしいが、私の所属していた機関はこうだった。
途中で注文を追加したりしてお腹いっぱいになった私達はそろそろ会計するかという脚運びになり、呼び出しボタンを押した。
店員が来るとお母様はお会計で、と伝票を渡す。
店員は伝票を受け取るとありがとうございましたと礼をする。
私達はお座敷から出るとまっすぐにレジには――――行かず、お母様はそれが男の人だと分かると店員にするりと腕を絡ませ、「ねぇ、もうちょっとお安くできない?」と誘惑していた。
私は気配を消してその様子を観察する。そしたら見てる見てる。その下種な視線を隠そうともせずに自分の腕が埋まっている二つのそれを。そしてお母様はその視線に気付くや否や怪しげな笑みを浮かべて自分の口元を店員の耳元に近付けて何かを囁く。すると、店員は赤面して逃げていった。
「あら、残念、彼はピュアなのね」
お母様は店員を追うわけでもなく、次こそまっすぐにレジに向かう。
レジにて会計が終わって店の外に出ると、私は訊く。
「あの、お母様は先程店員に何を言ったのですか?」
するとお母様からは、
「響ちゃんは知らなくていいものよ」
と言われる。
帰り道では行きとは対称的に会話もなく、まぁ、お母様がコンビニの前を通りがかった時に「夜食買いたい」と言ったくらいでコンビニに寄ってコンビニスイーツを一応私の分と二つ買って家に帰った。
家に帰って来て私は、最初に風呂をお母様に譲るとカバンから着替えを用意すると、ソファーベッドに座りのんびりとテレビを見ることにした。
やっていたのはクイズ番組で私は自分の頭を柔らかくすることにした。
『空欄に入る言葉は何か答えよ』
テレビから問題を読み上げる声が聞こえた。
制限時間は十秒だった。当然たった十秒で分かるはずもなく時間切れになり、答えをアナウンスが読み上げる。
解説を聞いてようやく分かった。
次こそは正解する。と私は自棄になる。次こそは、次こそは……とクイズ番組にのめり込んだ。ようやく私が一問正解して両手を挙げて喜んでいるとお母様が上がってきた。
私が振り向くとお母様は私を見てニコニコ微笑んでいた。軽くお母様を小突くと私は着替えを持って私は風呂に向かう。
ここの家のお風呂は広く、湯船にはタイルが張り付けてあった。脱衣所もお風呂場に比べるとやや狭いものの広く、普通の一軒家の脱衣所よりかは広いのではないだろうか。
私はそこで自分の服を全部脱ぐと、そのままお風呂場に突入する。
頭を洗い、そして身体を洗い、自分の長い髪を結んで湯船に入る。
花咲学園には湯船がないから髪を結ぶ機会が動きやすいように体育くらいでしかないため、少し不安だったが何とか結べた。お母様と一緒に入るという選択肢はあったが、というか提案された。私はそれを断った。今お母様と入ると嫉妬とお父様を取られるのではという危機感で気が気じゃなかっただろう。というか襲い掛かったと思う。
久しぶりの湯船は気持ちが良かった。つい長居してしまう。
結果小一時間入り、のぼせてしまい、お母様に心配されてしまった。
風呂の後は買ってきたコンビニスイーツを開けて、仕事の愚痴第二弾を開始した。
相変わらずお母様の愚痴はそっちの方面にドロドロしていて、とても聞いていて心地の良い話ではなかった。
お母様の愚痴はついには本職の方にまで発展して、このカメラマンが失礼だっただとかこの前テレビに出演したらこの出演者の視線が気持ち悪かっただとか、長々と話を聞いていたら、つい意識を手放しそうになり慌てて意識を覚醒させる。
まだお母様の言いつけも出来ていないのだから。
お母様に言いつけ、それは帰ってきてお風呂に入ったら、制服を洗濯することだった。
私は夢中になって愚痴を言っているお母様を一旦後回しにして制服や下着類を洗濯機に入れて、もちろん洗剤なども入れてスタートを押す。そしてまたリビングダイニングに戻り、お母様の愚痴を聞いた。別に聞かなくてもいいのだが、メンドくさくなりそうだったので、聞くことにする。
もう気が付いたらもう二時間経っていた。そりゃ眠くもなる。こちとら学生の身なので夜更かしは身体に毒なのだ。それにお母様も気付いたのか。
「ごめんねもう寝る?」
と優しく声を掛けてくれるが、私は無理矢理意識を覚醒させて、それを断る。
「大丈夫です」
いつもはアヤヤこと亜矢の話を私が寝るか消灯時間の二十一時半まで無理矢理聞かされている。(ちなみに高等部は二十二時)喉が痛くならないのだろうか?
「でも……」
お母様がそう心配そうな声を出すも、私は歯磨きをしにまた脱衣所に戻る。コンビニで新たに私用に歯ブラシを買って、それを使って歯を磨く。
そこにあったコップを使ってうがいをすると、私はリビングダイニングに戻る。
そこにはまだ心配そうな表情をしているお母様が居た。
「では、最後にお父様と話したいです」
私が言うとお母様は「じゃあ、話したらすぐに寝るのよ」とお父様に電話をかけてスピーカーモードにしてくれた。
しばらくコール音が鳴り続けた後、「んあ……」と疲れた声が聞こえた。
その声を聴いて私はついいたずらごころが芽生えた。
「フフッ、「んあ……」ですって、かわいいですね?お父様?」
私はいつもの可愛い娘全開ではなく、お母様を真似てちょ~っとだけ小悪魔チックに語り掛けてみた。
『いや、寝ていな……って、今の声はもしかして響か⁉』
思っていたのとは違ったがお父様は驚いてくれた。
「ボス、もしかして寝かけていたのですか?確か今日の分の仕事が山ほどあるとお聞きしましたが……」
お母様はテンションが上がっている私などお構いなしにお父様と話す。今日の仕事の量を知っているのか、悔しい。
私は無言でお母様を睨む。
「え⁉怖っ、響ちゃん睨まないでよ」
『睨んでいるのか?』
お父様に問いかけられると、私は睨むのをやめて。
「だって…お母様が……」
羨ましくて……という言葉がなぜか私の口から出てこなかった。
「わーん、ごめんね~響ちゃん、私何かした~?」
語尾がアヤヤこと亜矢みたいになったお母様は子供みたいにわんわん泣きながら私にしがみついてきた。
実はこの人、結構涙もろい。愚痴を言っていた時だって若干涙目になっていたのだから。
『響よ。あまり加奈芽を困らせてやるな。いつもの場所でも加奈芽に意地悪をしているのは知っているんだぞ』
加奈芽……。私は再度お母様を恨めしく睨む。しかしなぜ私だけが怒られなきゃいけないのだろうか。元はと言えばお母様がお父様に対していつもいつも誘惑めいたことをしているのが原因なのに……。
「はい、ごめんなさい……お父様……」
私は目尻に涙を貯めながら言う。
それに気づいたお母様が私を優しく抱きとめて、そして言った。
「大丈夫よ響ちゃん。ねぇあなた、少し響ちゃんにここ最近厳しすぎるんじゃないかしら?この子はあなたを尊敬して、敬愛していて、あなたを本当の親のように愛しているのよ。あの日無理矢理「射撃」コースの子に変わってもらって花咲学園に出向いたのだって、本当は心配だったんでしょ?響ちゃんが自分のことを嫌いになっていないかって、そりゃ私だってボスに対して誘惑みたいなことをしたのも悪いわよ?でも、一番はあなたが、ボスがリリィにきちんと向き合わなかったのが悪いんでしょ?年齢が足りなくても一方的にクビを告げられる側も考えなさいよ!」
私はすすり泣きながらお母様の腕の中でお母様の魂の叫びを聞いていた。
『済まなかった響、いや、リリィ……。何度も言う様で悪いが、お前をやめさせたのはお前の責任ではない。お前を一般人に戻す、それを響の幸せだと勝手に信じ込んでいた私の責任だ。申し訳なかった』
コツンという音がスピーカーモードのお母様のスマホから発されたのだが、私は聞いていなかった、なぜなら。
「くぅ、くぅ、くぅ」
私はそんな寝息を立てて眠っていたからだった。




