die27話 お母様の家探検隊
「本当に世純先輩と仲いいんですね」
私が微笑みながら言うとお母様も笑い返して。
「響ちゃん、そうやって笑った方が可愛いのに、いつまでも無愛想だとモテないわよ」
私は別にモテたいわけじゃないのだ。
「まぁ、ユー…ユが私に塔弥様に絶対笑いかけちゃダメだって言っていたが、そもそもする気もない」
私が言うとお母様はきゃあと言った。うるさい。
「響ちゃんってけっこう罪な女なのね。塔弥様って子もあなたが笑いかけたらすぐに、コロッと落ちるはずだもの。ユーユって子がその塔弥様のことを好きなのね。あぁ、女の戦いが…………!」
一人でブツブツ言っているお母様を無視し、私は特に意味はないがお母様の家を探索することにする。
さっきも通ったが広いリビングダイニングを出ると、長い廊下に出る。廊下の所々に扉があった。
私はリビングダイニングと対面の部屋を開けてみる。
そこはベッドルームだった。それもとてつもなく広い。ここまでは普通のただ広いベッドルームだが、何だかとてもムーディーな印象の部屋だった。無知な私でもその部屋がナニをするために使用するかは一目でわかった。私は見なかったふりをすることにしてすぐに扉を閉めた。
その時、私は背後に視線が突き刺さっていることに気付いた。
私が恐る恐る後ろを振り向くと、そこには冷徹な視線で私を見下ろしているお母様の姿があった。
ヤバイ、怒られる。と思った私だったが、お母様は次の瞬間手で顔を覆い尽くしてその場にうずくまった。
「うぅ…………。見られた……。それも響ちゃんに……恥ずかしい……」
お母様は呪詛の様にそのように呟いていた。
対して私はというとさっきの部屋をすっかり記憶から消去する準備をしていた。こういう時にこういう特技(?)があって本当に助かった。
またそんなお母様を放置して探検を再開する。
反省を生かして私は玄関の方から順に巡ることにする。
それにしても広いな。この家。
玄関にまでやってくると、私は玄関ドアを注視する。
この家の玄関ドアには様々な物が掛かっていた。中でも目を引くのは一枚の写真だった。家族写真だろうか、その写真には三人の人物が写っていた。私から見て右にはお母様、左側に写っている男は、私が花崎学園に転入する前に殺した蓮山グループの社長、そして真ん中には、幼い女の子、恐らくこの二人の娘の幼少期の世純先輩。両手でピースを作っていて無邪気で満面の笑みを浮かべていた。
「あぁ、それね、かわいいでしょ?真ん中の子が世純よ。確かまだ五才くらいの時に撮った写真なの」
お母様は遠くを見て言っていた。
私はふと思い付いた質問をしてみる。
「あの、お母様」
私が言うとお母様はん?と言ってこちらを見る。
「お母様はなぜ前の夫、蓮山グループの社長と離婚したんですか?」
私の質問にお母様は「うーん」と少し考えた末、こう答える。
「普通に愛想が尽きたから、かしら。子供にはあまり聞かせたくない話だけど、恋ってねそう長くは続かないのよ。もちろん一生を添い遂げることもあるけど、私に言わせてみれば愚問ね。恋は一時の感情に過ぎない、私の持論はそうよ。私のスキル(技能)であるハニートラップはその一時の感情を利用するの。ほら、私って一応は芸能人でしょ?自分だけがグラドルの加奈芽と関係を持っている。その背徳感だったり優越感を抱かせることでスムーズに事を運ばせることが出来る。彼、蓮山グループの社長とだって昔はラブラブで、幸せだった。でも、全てがスムーズには行かない。だから別れたの」
「蓮山グループの社長は麻薬密売を行っていました。それについては」
少し顔に影を落としていたように見えたお母様は顔を上げて。
「もちろん、知っていたわよ。むしろ、それが原因で離婚したといっても過言ではないわね」
そう言ってお母様はまた顔を落とす。
お母様を無視して、またも私は探検を再開する。
トイレ、お風呂、記憶の消去、パソコンが置かれている部屋、前の家族の思い出部屋、記憶の消去、ベッドルーム、物置、記憶の消去、記憶の消去、消去消去消去…………。
何だかいかがわしい部屋が多い気がするこの家。なんにも使っていない部屋がいかがわしい部屋と物置部屋のどっちか振り分けているのか。それにしてもいかがわしい部屋が多い気がする。この家には物置が二部屋、数えているわけではないが、いかがわしい部屋が最低でも五部屋はあった気がする。
いかがわしくないベッドルームが二つある。これは私を連れてくることが分かっていたからなのだろうか。それとも……。私は良くない考えを頭を振って忘れる。
特に何も考えず、私はリビングダイニングに戻る。最近何も考えない時間がなかったからか、私の頭は心なしかいつもよりもすっきりしていた。
私は今日の宿題があったのを思い出してそこら辺に投げ捨てていたカバンに手を突っ込む。
中には車の中で入れていた着替えと連絡袋、連絡帳などが適当に突っ込まれてプリントなどがぐちゃぐちゃになっていた。私はその中から宿題のドリルを取り出す。
今日の宿題は数学のドリルと国語のドリルとノートに今日習った授業の続きを書く、図形の問題と漢字と文法の問題だった。
私はドリルと聞いて、どこを掘るのかと思ったほどだ。あるいは人を貫通させるのかと。
私は高価そうな透明なダイニングテーブルにドリルと筆箱を置いて勉強を始めた。
私は頭を悩ませながら数学のドリルを進める。
展開や因子分数を求めるには確か……。(a+b)(ⅽ+d)=ac+ad+bc+bd……。
今なら公式が分かる。相変わらず言っていることは分からないが、それでも転入当初よりかは大分進歩している。転入当初は教師の話すら聞いていなかったのだから。それで授業中に当てられて、その度に塔弥という男子生徒に助けてもらっていた。その時に女子生徒ほぼ全員の視線が突き刺さっていて、居心地が悪かったのは言うまでもない。
そして数分後のこと。
「…………」
一ページ目は何とか終わった。私は絶望していた。
何が問題かってもう一ページあるということ。更に問題が発生した。この範囲、習っていないのだ。
残念ながら私は解答を学園に忘れてきていた。あ、うん、スマホで調べればいいという声はもちろん聞こえている。(聞こえないはずの声がなぜか聞こえる。怖い)だが、それをなぜか私のプライドが許さないのだ。いや、習っていても私が教師の話を聞いていなかった頃に習っていたものかも知れない。ここで教師の話を全く聞かなかったことによる弊害が出た。
私はそばに置いてあるスマホをちらりと見る。スマホで調べればきっとすぐに答えが出るだろう。だが、私には更にもう一つの問題がある。そう、私はスマホを連絡ツールとしか使っていなかったため、スマホのホーム画面には一切設定していない無機質な初期設定のままのホーム画面があった。まぁ今はあの三人の影響で大分変わっているのだが、それはそれとして、私は当時自分のスマホを見せたらあの三人にひどく驚かれた。あの顔はなかなか忘れられないものだ。その時に検索機能が存在することを教わったのだが、今はすっかり忘れてしまった。私には覚えていなくてもいい記憶に設定してしまったようだ。なのでプライドどうこうの前にただの機械音痴だということが判明してしまった。あれ?そう言えば花崎学園に転入する前に検索機能を使ったような……?まぁいいか。
その時、ちょうどお母様がリビングダイニングに戻ってきた。
「響ちゃんそれって学校の宿題?うわぁ、まだドリルとかあるんだ」
お母様が私の方を覗き込んで来た。
「お母様、あの後どこに行っていたのですか?付いてきていないようでしたが」
「ちょっと、お花を摘みに……」
お母様は頬を赤らめながらも答えてくれた。
お花を摘みに?女性用語らしいが、私にはよく分からない。この前だってアヤヤこと亜矢と遊んでいた時に「トイレに行ってくる」と言ったらひどく注意された。どこをどう注意されたかはよく覚えていない。
「あの、お母様、ここ…教えてください」
分からなかったり、一人でできないことがあったら人を頼る。花崎学園で学んだじゃないか。
「うん、いいわよ。どれ?」
そう言ってお母様は私が座っているダイニングベンチに座って距離を詰めてきた。
わぁ、いい匂~い。それにしても胸部のインパクトがすごいな。実の娘の世純先輩でもこんなじゃなかったはず。
お母様の匂いに半分意識を持っていかれながらも、一気に狭くなったのに気付いて我に返る。こいつは同性でも魅了する珍しいタイプのハニートラップだ。
「これ」
私は自分を保ちながら分からなかった問題を指差す。
「あぁ、これね。難しいわよね。この問題の解き方は確か……」
お母様は答えではなく解き方を教えてくれた。お母様は、答えは絶対に教えないらしい。世純先輩にもこの教育方針で行っていたらしい。
「こうだったわね。どう?分かった。響ちゃん覚えようとしたらすぐなんだから。これは社会だけじゃなくても常識の範疇よ」
お母様の言葉を聞いて私に電撃が走った。これからはなんでもかんでも覚えよう、私はそう誓ったのだった。
「申し訳ありませんでした。お母様、私はハッキングで知ったことが事実でその通りにすれば正解だと思い込んでいました。お母様はもっと自分の見解や見聞を広めろと、そう言いたいのですね?」
「うん?まぁそれでいいわ」
お母様はそう言っていたが、私には聞こえていなかった。
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