die22話 初めての喧嘩
私が廊下を歩いていると足音が聞こえたため振り返る。
「あぁ~、見つかっちゃった。ヒビッチ気配に敏感過ぎでしょ~」
アヤヤこと亜矢が振り向いた私に言う。
「アヤヤ、諦めなよ」
そう言ってアヤヤこと亜矢の肩に手を置くのはリリーこと琳だ。
「塔弥様のところに行ったんでしょ。どうだった?どうだった?抜け駆けは許さないよ」
私の目の前まで来て塔弥という男子生徒についてグイグイ訊いてくるのはユーユこと友実である。
「ちょっと、それ本人に訊きなよ」
リリーこと琳がユーユこと友実を引き剝がす。
「それは無理だって言っているじゃーん!」
ユーユこと友実が騒いでいるが、私もこいつらの扱いに慣れてきた。ユーユこと友実をスルーして歩き始めた。
「あ、そうだ。一緒に更衣室行こうよ~。ヒビッチはどのコースを選択するのかな?そこでゆっくり聞かせてよ。あぁ~お腹すいたな~」
そう、アヤヤこと亜矢がお腹すいたと言っているが、選択授業は午前いっぱい授業を行うため、「野外訓練」以外のコースは午前中ずっと身体や神経を使うのだ。そして次の時間は昼食の時間、それはそれは食堂が人でいっぱいになる事を示す。
そして私は人に酔ってしまうようだ。一番最初に食堂に行った時に私は気持ちが悪くなった。まぁ、目の前の三人に集中していれば少しだけ酔うのを抑えられるようだが。
私は少しいつもと違うような表情で、声で言った。
「うん、お腹空いたね」
案の定三人は驚いていた。
「ひ、ヒビッチ、その口調」
「うん、お父様と話して吹っ切れたのかも」
私がなぜこんな風になってしまったかというと、それは先程こうちょー室でこうちょーの報告を聞いていたお父様にこんなことを言われたからだ。
「後は、これは度々先生方の話に出てくることなのですが、響さんは少し固い印象を持っていて話しかけずらいのだそうです。いえ、これがどうということはないのですが、一応耳に入れておいた方がいいかと」
これはベレータの言葉。
「ふん、なるほどな。では、リリィよ。お前は響という人物像をしっかりと作っているのか?」
お父様はいきなりそんな事を訊いてきたので私は思わず首を傾げる。
「はぁ~、お前はそんなこともせずにここの生徒をしているのか。いや、それは杞憂だったな。今のお前は一般人だ。だがいい人柄をすることは悪いことではないだろう。幸い、お前のスキル(技能)は変装だ。今後のお前のためにもなるだろうしな。まずは友達に優しく接するといいだろう。その次に教職員に。お前の事だ。固く接して信用もし切っていないのだろう」
「うっ、で、でも私の今の目標は誰かを信じていくことです……」
なぜか言い訳のようになってしまった。
「そうか、『いく』ということは未だそれは達成できていないということか。あぁ、いや別に急かしているわけでは決してないんだ。ただ、私が思ったよりも馴染んでいるなと思ってな。変装のスキル(技能)を習得するためにレーニスの知り合いの演者に話を聞きに行ったりもしたのが懐かしいな」
お父様は大笑いをして話を終えた。
「あの、レーニス?とは誰でしょう?」
そして更衣室。
「それで、ヒビッチはどのコースにするか決めた?」
「それがまだなんだよ。お父様はたまたま暇が出来たから来ただけっぽいし。お父様に教えてもらっていた奴、あいつは少し許さない」
私がそう言うと後ろの方でビクッと動いた気配がした。
「ま、まぁまぁ、ヒビッチ?ステイ、ステイだよ」
私にコースを聞いたアヤヤこと亜矢が私をたしなめる。
「あ、あはは…まぁヒビッチの言うことも分からなくはないけど」
リリーこと琳の言葉を私は聞き逃さなかった。私は一瞬で間合いを詰める。
「分かるの……⁉」
私の距離感の詰め方に驚いたのかリリーこと琳は少しだけ私から距離を取る。
「ひ、ヒビッチ、何か距離感近くない?気のせいだったらごめんだけど」
「あ、不快だったらやめるが……」
そう言って私はリリーこと琳から離れた。
「あ、ううん、そういうことじゃなくて……あぁもう、アヤヤの言うこと少しわかった気がする!もう、着替えるよ。早く!お腹空いた!」
リリーこと琳は急に叫びだし、体操着の短パンを脱ぎ捨てる。
さすがに周りがビクッとしたが私達三人以外は着替えに意識を戻した。
「ど、どうしたのリリー?」
ユーユこと友実がリリーこと琳に訊ねた。
「な、何でもないよ?ちょっとアヤヤがヒビッチかわいいとか言っていたでしょ?それがちょっと分かったっていうか……」
リリーこと琳はまるで言い訳を口にするかのように目を泳がせながら言った。
「ふーん、そっか~」
「まぁ、否定はしない。だから塔弥様に気に入られるのかな」
二人は何も怪しむ素振りも見せず、納得していたのを見てもう私は驚かなかった。
着替え終わったら真っ先に食堂に向かう私達、もう一か月近くもいるのだから、当然私もいつも頼む物の候補がいくつか出来上がっていた。そしてちなみに私は三人が頼む物も大方予想ができていた。
「私、そば。冷たいやつ」
私はここ最近冷たいそばにハマっていた。ここの食堂は下手な店よりも美味しい物ばかり出てくる。こうちょーが良い腕前の料理人達をそろえているのだろう。
「ヒビッチ最近それ好きだね。あ、私はね……今日は……うーん、どれにしよう」
「またカツ煮定食かカツ丼セットか日替わりお刺身定食にするか迷っているのか?」
私が言うとアヤヤこと亜矢は。
「うーん、それだけじゃなくて今日はね日替わりメニューにするか迷っているの。もちろん無料の」
アヤヤこと亜矢はカウンターに貼りだされている紙を指さして言った。
そこには二枚の紙が貼りだされていた。両方とも日替わりメニューが書かれている。違うのは無料か有料かだけである。私も初めて有料の日替わりメニューを頼んだ後日、無料と有料でメニューが違うと気付いた。私もたまにだが無料の日替わりメニューを頼むから。
そして今日のメニューは、無料はラーメンセットのようだ。しかもただのラーメンではない。担々麵のようである。
「え? アヤヤって辛い物行けたっけ?」
ユーユこと友実がアヤヤこと亜矢に訊く。
「え? 無理だよ。でもほら見て」
アヤヤこと亜矢が指さした方向を見ると紙に、辛さが調節出来ると書かれてある。
「ま、チャレンジは良いことだと思うよ。じゃああたしは日替わりの担々麵ください。辛さは……下から二番目で」
おばちゃんは笑顔で私とリリーこと琳の端末を手渡してくれた。
「私はいいや。選択授業の時に食べてきたから」
「えぇ~、皆早いよ~。うーんとうーんと……」
アヤヤこと亜矢が悩んでいるとおばちゃんが「ゆっくりでいいからね」と笑顔で言ってくれるが、アヤヤこと亜矢は不服そうに口を尖らせる。
「よし、じゃあ決めた。……でも……」
おばちゃんはニコニコしながらアヤヤこと亜矢を待つ。
「ねぇ、ヒビッチ、ユーユ、人の邪魔になるから席取らない?」
「なぁ、ユ…ーユは席取らなくていいのか?」
私が声を掛けるとユーユこと友実がビクッと動いたのが分かった。
「ねぇ、二人共何かあったの? ヒビッチは普通だけどユーユがヒビッチと話している時に少しぎこちないっていうか」
どうやら選択授業の時のことは聞いていないようだ。
「あぁ、何か選択授業の時に塔弥様のことがどうとか言っていたな……」
私が言うとユーユこと友実がこちらを睨んで来た。
「あぁ、またヒビッチにちょっかいかけたんでしょ? やめた方がいいよ。それ」
「だってだってだって! あの時私に話しかけたのは絶対塔弥様の事を聞くためなんだから」
「はぁ、あのねユーユ、ヒビッチは初めての選択授業だったんだよ。だったら知っている人のところに来るのは当たり前だと思うけど」
リリーこと琳の言葉に私は静かに首を何度も縦に振る。
たまたま空いていたテーブルに席を取り、まぁ少しまた争ったりもしたが、私はここに来た時の実績があるのか私には強く出られない様子だった。
その後ウキウキした様子でアヤヤこと亜矢が戻ってきた。
「アヤヤ、何頼んだの?」
「ふっふっふっ、それはねユーユ、リリーと同じやつ、辛さレベル一」
「まぁ、いいんじゃない?何事も挑戦だしね。それにあたしもアヤヤと同じなの嬉しいし」
アヤヤこと亜矢とリリーこと琳は二人できゃいきゃいと喜んでいた。
「……」
「……」
私とユーユこと友実との間に会話はなく、アヤヤこと亜矢はそれに首を傾げる。
「あれ?ヒビッチとユーユどうしたの?」
「あぁ、何か選択授業の時に喧嘩したみたいで……」
リリーこと琳はアヤヤこと亜矢に事情を説明する。
「あぁ~、なるほど、また塔弥くん関係だ」
その時、ほぼ同じタイミングで私とリリーこと琳の端末から完成を告げるブザーが鳴った。
私とリリーこと琳はカウンターに料理を取りに行く途中でリリーこと琳に声を掛けられた。
「ねぇ、ヒビッチはさ、ユーユと仲直りしたいと思う?向こうはアヤヤが説得していると思うんだけど」
リリーこと琳は心配そうに言った。
「うーん、私はどうしたいかが分からない……」
「ねぇヒビッチ、ヒビッチは今のお父さんと喧嘩しちゃったことって、ある?」
リリーこと琳はいきなりそんな事を訊いてきた。
「拾ってもらった時のことはさっき謝ったが……」
「え、ヒビッチとお父さんって、ずっと喧嘩していたの?」
「あ、いや、私がずっと謝りたくて、お父様は笑って許してくれたけど……」
私はまっすぐ見つめて微笑んだ。
「そっか、じゃあユーユとも仲直りしなきゃね。あたし友達が喧嘩したままなんてヤダよ。席戻ったら謝ろ?ね?」
リリーこと琳はこちらを見てそう言った。
二人共料理を手に取って席に戻る。




