die17話 選択授業②
私がそちらを向くと老人がこちらに向かって歩いてきていた。
「やはり、リリィさんには敵いっこありませんね」
老人は見た目に合わぬ若々しい声を発した。
「も、もしかして、サレック⁉いったいどこから、もしかしてリリィ様は始めから気づいていたんですか?」
「ベレータ、索敵は初歩中の初歩のはずですが、まぁ、やはりあなたにはさすが簡単過ぎでしたかね?「アスレチック障害走」、でしたっけ、こちらです。私についてきてください」
そう言ってサレックは山道から獣道に入っていった。
「やっぱりスカートだと山道は歩きにくいですね」
「そんな恰好で来るからですよ。任務の時は動きやすい服装でやりますからね」
「だが、変装の技能を持つ者だと標的が山道などに入ることも多々あるからな。動きやすい服装に着替えている暇はない。これも訓練だと思って乗り越えることだな」
「なるほど、勉強になります。私は動きやすさ重視で着替えると思うのですが、リリィ様達はやはり私の先を行くんですね。ま、待ってくださいよ二人共」
私が振り返るとベレータとは距離が開いていた。これが実行役と裏方の決定的な違いである。
「や、やっと着いた……」
途中、二度ほどベレータの休憩が入りつつ私達はやっと目的の「アスレチック障害走」の会場に着いた。
「皆さん、良い子にしていましたか?今月は新入生の人が見学に来ていただきました。挨拶をお願いします」
アスレチック障害走のやる場所には、跳び箱六段くらいの壁がいくつかあったり、坂道が多いフィールドだった。
「響です。ふつつか者ですがよろしくお願いします……」
私は「アスレチック障害走」の面々の前に出てそう挨拶をした。
一方「アスレチック障害走」の面々は体育座りをして私の挨拶に拍手を送った。
「はい、新入生の挨拶が終わったらすぐに身体を動かす!」
私の挨拶が終わったらサレックはすぐに役に入り指示を出した。
「私、こういうサレック見るの、初めてです」
「私もだ」
私達は一歩後ろで授業を見ていた。
「なぁ」
「はい?」
私の言葉にこうちょーは首を傾げながらこちらを見る。
「お前は確か月一で講師を呼べると言ったが、井上教師は月に二度あると言っていたぞ」
「い、井上教師…そうですね。質問にお答えするなら、一回目は特別講師が付いて、二回目は普通の花咲学園の教師が引率するんです。まぁ、暇な方は二回来ていたりもしていますがね」
こうちょーがそうやって説明している間にも生徒達は、障害物がたくさんある裏山を縦横無尽に動き回る。
その後数分、「アスレチック障害走」を見学して、私とベレータ――こうちょーは「アスレチック障害走」担当のサレックにお礼を言って「アスレチック障害走」を後にしようとしたところ、サレックに声を掛けられる。
「あ、そうです。あなたも少し体験していったらどうですか?見ているだけでは退屈でしょうから」
私は顎に手を添えて「まぁ、そうだな」と私も「アスレチック障害走」の場所に入る。
タイヤの島を飛び越え、いくつもある坂を走って昇り降り、あからさまに人工のクライミングを登り、最後にターザンロープにつかまり一気にコースを降りていく。そして最初からやり直し……この繰り返しが「アスレチック障害走」の全貌だった。
中には身体が悲鳴を上げている者も多数見受けられた。
中学部の奴らが特にそうだ。それでも必死に走り続けている。
「ヒビッチ、一緒に走ろう?」
走っているとアヤヤこと亜矢が息を切らしながら私に追いついて、そう言ってきた。
私が頷こうとしたところでサレックから声がかかる。
「ほら、そこ!話さない。新入生も応じない!」
サレックは響さん、ではなく新入生、と言っていた。私達の関係を隠すためだろう。
続いて私達が向かったのは、同じく裏山で行われる、「野外訓練」の場所だった。
「はぁ、はぁ、はぁ、きゅ、休憩しましょう。リリィ様…」
なのだが、「野外訓練」の場所に向かう途中、先導していたベレータが立ち止まった。
「時間は限られているんだろう。なら効率的に行こう。「野外訓練」は心当たりがあるとお前が言ったから、先導させているんだぞ。これが任務だったらお前はすでに五回は死んでいるだろうな」
「えぇ⁉そんなに、ですか?」
ベレータは、肩で息をしながらがっくりとうなだれる。
「あ、六回目」
私がカウントすると、ベレータは本気になったようで、ズンズンと山道を歩いて行く。
だが、仮にも裏方、ものの数分でダウンした。
「それで、心当たりというのはどこなんだ?」
私が訊くとベレータ―――もといこうちょーは肩で息をしながら答える。
「この山の、頂上です。私は一回しか登ったことありませんが、すごい良い眺めでしたよ」
「ふーん」
私が興味のない声で返して、ベレータと共にズンズン山道を何分かして登っていくと、頂上に出た。
そこには柵も何も設置されておらず、周りを見渡してみれば、丸出しとなった岩肌と町を一望できる景色が私達を出迎えてくれた。
「わぁ」
その景色を前に私は思わず声を漏らした。
「どうです? すごいでしょう」
私の横でベレータがどうだと言わんばかりに胸を張る。
更に周囲の状態を確認すると、それほど面積は広くないにしろ、テントが五つ一定の間隔を取って設置されていた。
すると、ガタイの良い男性が、不意にこちらを向くと「あ」と間抜けな声を出した。
その声につられるように生徒達の視線もこちらに向く。
未だ大量の視線に慣れない私は、そっとこうちょーの背中に隠れた。
「もう、響さんってば、フフッ可愛いですね」
突如としてこうちょーが私を笑った。
こいつ、後で覚えていろよ。
私が不機嫌オーラを出すと、前方のこうちょーがそれに気付いたのかブルブルッと身体を震わせた。
その中で私は見知った顔を見つけた。
「お前はここのグループに居たのか……」
周りの目が一斉に向かうのを感じる。
だが私はそれに気づかない振りをして、一人の女子生徒に近付く。
「何?急に私に話しかけて、もしかして塔弥様に近付こうと私のところに来たとか?」
不機嫌なことを隠そうともせずに、塔弥という男子生徒のことを言うのは、私の知り合いの中で一人しかいない。
「来ただけで悪いか……?」
私はユーユこと友実に苦笑して返す。
「響さーん、こっちに戻ってきてくださーい」
私はこうちょーに呼ばれたため、一旦こうちょーのところに戻る。
「では、新入生を紹介します。響さんです」
「アスレチック障害走」の時と同様、担当の奴は私を皆に紹介する。
だがサレックと違ったのは、少しだけ身体が震えていた。
「あいつは確か……」
私は声を潜めてベレータに訊く。
「はい。あの人は、昔リリィ様に喧嘩を売ってボコボコにされた人ですね」
だよな、あいつ、妙に見覚えがあると思ったらそういうことか。
彼は機関に入所当初、私が弱そうだと喧嘩を売ってきた奴である。結果は私の圧勝だった。当たり所が悪かったのか、私の回し蹴り一発で気絶したからだ。
身体だけで見たら強そうなのに、実際は弱いのだ。まぁ、それは私からしてみたらの話で、一般人相手には十分強いのだろうが。
「では、新入生さんに挨拶をしましょう」
「野外訓練」の担当は私にしか分からなかったが、かなり震えていた。更に声まで上ずっていた気がする。
先程の「アスレチック障害走」と同様に生徒全員を一ヶ所に集めて、私は挨拶をした。
相変わらず、ユーユこと友実の視線は冷たかったが。
担当者の声で各々は散った。
「それでは、ここからは私がご説明いたしましょう」
まだガタガタと震えている担当者の男にそう言われた。
「あのな、私はもう一般人だ。だからお前がもう必要以上に怖がることもない」
私はそいつに声を掛ける。
「いえ、そうは言いますが、一般人になったということは…ん?一般人?」
そいつ、男は一般人という言葉に首を傾げる。
「まぁ、分からないのなら分からないでいいが」
私はそう言い残し歩を進める。
「あ、待ってください。説明は私がすると」
男が私を呼び止める。
私が振り返ると男は肩をビクッと動かして一瞬止まり、そして再び歩き出す。
「か、勝手な行動をしてもらうと困ります。今だけはこれを特別講師としてビシッと言わせてもらいます」
「今だけは、じゃなくこれから毎日そうして欲しいんだが。なぁこうちょー、この特別講師はいつも同じ、というわけじゃないんだよな?」
私はこうちょーに向けて訊ねる。
「あ、はい、いつもいつも忙しい人達ですからね。毎回同じ人というのは難しくて出来ないんです。あの方との調整もありますし」
「なるほどな」
こうちょーが言っているあの方というのは、お父様のことだ。
「では、周りましょうか。というよりも狭いのですぐに周り終わると思いますが。時間があれば少し体験するのも有りかも?」
男は周囲を回りながら顎に手を掛ける。
「あの、「野外訓練」の説明をしてください」
こうちょーに言われると男は少し考え込む仕草をする。
「「野外訓練」は…見ての通りの授業です…はい」
男の説明は言葉にすらなっていなかった。見ての通りとは一体どういうことなのだろうか。見たところ皆楽しんでいるということしか分からない。
「ちゃんと説明してください!」
私の丁度後ろで殺気が上がるのが確認できた。
私は思わず後ろのベレータを小突いた。
私が小突いたのに気付いてベレータは小さくすみませんと謝った。




