die16話 選択授業①
花咲学園に来て一ヶ月が経とうとしているある日、私は井上教師から一枚の用紙を受け取った。
「なんだ?これ……」
席に戻る途中にぼそりと呟く。
その用紙には「射撃」「近接格闘術」「野外訓練」「アスレチック障害走」「希望しない」と五つの見慣れない言葉もあったが見慣れた言葉も並んである欄があった。
「あ、選択授業だね。もうそんな時期か」
隣の席の塔弥という男子生徒が私の手元にある用紙を見てそう言った。
「えぇ~。今日も皆さんご存知の通り、月に二度ある体育の選択授業があります。響さんは初めてなのでよく聞いておいてください。今回も「射撃」「近接格闘術」「野外訓練」「アスレチック障害走」の四つの競技があります。「希望しない」を選んでいる人はいつも通り自習です。今回も場所は「射撃」の人はグラウンド、「近接格闘術」の人は体育館、「野外訓練」と「アスレチック障害走」の人は校長先生の所有物である裏山で行います。今回も各授業内容に合わせて特別講師を呼んでおりますので、皆さんくれぐれも特別講師の皆さんに迷惑をかけないように気をつけてください」
井上教師が説明をしていると、周りが「頑張るぞ」とか「今月もやるの……?」などと言った声が聞こえた。
「ここの「射撃」の授業、ちゃんと国が認めているみたいだよ」
と、塔弥という男子生徒がこっそりと教えてくれた。恐らくサレックが許可しているのだろう。
「響さんは今回自由に見学をして、今日中に決めて提出してください。渡す先生は誰でもいいので。各自、体操着に着替えて定位置に移動してください。響さんも体育着に着替えておいてください」
それだけを言い残して教室を去っていく井上教師。
私は用紙を机に置いてアヤヤこと亜矢と一緒に更衣室に向かった。
「アヤ…ヤは、何の科目なんだ?」
私は更衣室までの道中でアヤヤこと亜矢に何を選択しているのかを訊いた。
「ヒビッチ~、まだあだ名慣れないの~?私はね~「アスレチック障害走」!」
「ほん……」
「興味なし?ちなみにリリーは「射撃」なんだよ~」
「別のクラスもやるのか?確かに見慣れない奴らもちらほらと見えるな」
「うん。この選択授業は全校でやるの」
どこから見ていたのかユーユこと友実が話に割り込んで来た。
「あぁ~、来年は絶対に塔弥様と同じ所に入ってやるんだから」
ユーユこと友実の言葉に頭にハテナマークを飛び交わせているとアヤヤこと亜矢から答えが返ってきた。
「この選択授業は半年ごとにまた選び直すんだよ~。また同じのを選んでもいいし~、別の種目を選んでもいいんだ~。ヒビッチ今日は一つずつ見て回るんだよね。一番最初にさ~、「アスレチック障害走」の見学に来てよ。すっごく楽しいよ。結構スパルタで特別講師の先生に反抗するとひっぱたかれたりするんだけど…これって普通に虐待だよね。今時あり得ないよ。あ、これ講師の先生には秘密ね」
そう言ってアヤヤこと亜矢は口にそっと人差し指を添えた。
私達は喋りながら更衣室に入る。
更衣室にはもう多くの人でごった返していた。
「そう言えばリ…リーは一緒じゃなかったな」
「え? リリー?ここに居るよ」
ユーユこと友実が指し示す場所で、リリーこと琳は制服のYシャツのボタンに手をかけるところだった。
「あ、そう言えばリリーはⅭ組だったね。選択授業の時はさすがに時間厳守だから三人合流してから更衣室に行くんじゃなくて、更衣室に着いた順にもう着替えることにしているんだ~」
アヤヤこと亜矢は制服であるセーラー服のリボンに手をかけながら教えてくれた。
私も制服のリボンに手をかけた。
その後の私達の間に会話はなく、体育着に着替え終わった私はアヤヤこと亜矢の後をついていった。
アヤヤこと亜矢についていくと校庭にバスが止まっていた。
私はアヤヤこと亜矢に続いてバスに乗り込んだ。
「あ、ヒビッチ、ヒビッチも乗って来ちゃったの?ヒビッチはあっちじゃない?」
私はアヤヤこと亜矢の言っていることが分からなかったがアヤヤこと亜矢が指差している方を見ると、そこには駐車場に車の前に居るこうちょー―――ベレータの姿があった。
私はバスから降りてベレータの居る場所に走って向かう。
「お~、ヒビッチやる前からやる気満々だね~」
降りた途端に走った私を見たアヤヤこと亜矢にそう言われた気がした。
「何をしているんだ?仕事はどうした?」
車の前でタバコを吸っていたベレータに私は話しかけた。
「お待ちしておりました。リリィ様、いえ響さん。この選択授業の最中はほぼ全校生徒が校舎の外に出てしまうので、何より午前中の仕事はもう終わりましたので、お迎えに上がりました。一緒に選択授業を見学しましょう」
「さては、この選択授業を作ったのはお前だな」
「当たりです。本当に響さんには何もかもお見通しですね。さぁ、どこから回ります?」
ベレータは肩をすくめて、降参とばかりに両手を挙げる。
「「アスレチック障害走」ってやつからだな。アヤ…ヤが居るところだ」
そう言って私は車の助手席に乗り込む。
「自分で作ったとは言え、私、案外ちゃんと見たことはないんですよね」
ベレータは運転席に乗り込みながらそう言った。
「井上教師は特別講師が来ているって言っていたが、もしかして機関の人間でも来ているのか?」
「さすがリリィ様、鋭いですね。そうなんです。ボスに頼んで暇な人達に特別講師として来てくれないか交渉したんです。そしたら月一という条件はありましたが、承諾してくれたんです。「射撃」の方はサレックが許可してくれました」
「よくお父様が許可したな。機関全体が動くなんて珍しいんじゃないか。それこそ過去に暗殺者を追い詰めて殺した時以来か?」
「そうですね。あ、バスが出発したみたいですよ」
「「アスレチック障害走」と「野外訓練」はお前が所有している裏山だったか?」
「はい、そうです。せっかく私が機関に所属しているので、実行役の方々がやっている訓練を学生向けに少し改変して体育にしてやったら面白いかなと思いまして」
ベレータはそう言いながらアクセルを踏み込み、先導して裏山に向かっているバスを追いかける。
「緑山高校に勝つんじゃなかったのか?下手したら緑山高校に勝つどころか、一気に人気がなくなるぞ」
「そんなこと言わないでください。もしそうだとしても、リリィ様の口からは聞きたくなかったです。だってリリィ様が言うと本当になる気がしません?するんですよ。リリィ様は標的からしてみれば疫病神ですが、機関の中でもたまにリリィ様に仕事を取られたって陰で愚痴っている輩がいると聞いたことがあります。リリィ様、機関でもたまに疫病神扱いされているんですよ。もちろん私はあなたを尊敬して、カッコイイ姿に憧れているので、決してあなたの事を悪くは言いませんが、それでも許せないですよ。あんなに頑張っていたリリィ様をそんな風に言っているのを聞くと、まぁ確かに最近は給料が少ない気がしますけど、それでもそれはリリィ様のせいではないと思うんです。機関が安定して稼げているのはリリィ様のおかげだと私は思いますし、実際リリィ様がたくさん機関に貢献していましたしね」
「いきなりそんなに褒めるな。少し照れるだろうが」
「リリィ様がデレました。これはレア、なのに運転中だから写真に収めることが出来ないのが残念です」
「お前、バカにしているのか。殺すぞ」
「ヒィ、ご勘弁を」
ベレータとそんな会話をしていると、先を走っているバスが山の中に入って右折した。
「着きましたよ。リリィ様、いえ響さん。ここから生徒と校長という立場に戻ります。どうかご注意を」
どうやら目的の場所に着いたようだ。
「そんなこと、分かっている」
私は外に出て助手席の扉をバンと閉めた。
少し先には止まったバスから体育着姿の生徒がぞろぞろと降りてきていた。
「車で伝え忘れていたのですがこの選択授業は、中学部から参加できます。小学部には少しきついかもなので」
その言葉を背中で聞きながら、私はアヤヤこと亜矢の姿を探した。
「お待ちください。響さん」
バスから降りた集団のところに行こうとした私をベレータが呼び止めた。
私はベレータの停止の言葉に立ち止まり振り返る。
「響さんは私と一緒に見学です。なので戻ってきてください」
私は小走りでベレータの元に戻った。
やがて集団が動き出した。集団は森の中を進んでいるとやがて集団が二手に分かれた。
「うーん、亜矢さんの居る「アスレチック障害走」の皆さんはどちらに行ったのでしょうか?」
ベレータは首を捻って声を渋る。
「お前が決めたのに分からないのか?」
「申し訳ありません。確か今月の「アスレチック障害走」担当はサレックだったはずなので訊いてみますね」
「あいつ仕事はどうした」
「まぁ、そうですね」
ベレータは私と会話をしながらスマホでサレックに電話していた。
「あ、出ました。こちらベレータ。「アスレチック障害走」担当のサレックの電話でお間違いないでしょうか」
『はい。お間違いないですよ。校長先生。どうされたんですか?』
変装していて声がベレータの聞きなれた声じゃなかったのか、ベレータは首を傾げる。
「えっと、あなたって「アスレチック障害走」の担当で合っていたかしら?」
『ええ、合っていますよ。それでどうしたんですか?』
「え、えっと、だから「アスレチック障害走」の皆さんがどちらに行ったのか知りたくて……」
『なるほど、今どちらに?迎えに行きます。私は新入生と校長先生を迎えに行ってきます。すぐに戻りますから』
ベレータが電話を切ってスマホを降ろした。
「サレックが迎えに来てくれるそうです。この山は私の所有物なのですが、管理や授業は機関の他の人に頼んでいますので、私は所有者というだけなんですよね。あ、ちゃんと私もたまに伸びすぎた草を刈ったりなどはやっていますよ。ただ、どのコースがどこのエリアを使っているのかは私自身も良くは知らないんです」
その時、私とベレータの横から人間の気配が感じ取れた。




