春先の修練場と鍛錬
言及:探求編第3話「革命孤児」
コール村に春がやってきた。
ティロはようやく雪かきから解放された。しかし雪がないと、退屈な門番業務だけが待っていた。
「冬の間は何も出来なかったけど……」
ティロは関所の隣に申し訳程度に設置されていた修練場に目をつけていた。毎日の除雪作業で剣の鍛錬どころではなかったが、ようやく春になって思い切り鍛錬が出来ると張り切っていた。喜び勇んで修練場の扉を開けたが、久しく使われた形跡がなかった。
「想像はしていたけど……ちょっと辛いな」
アース隊長の話によると、コール村も昔は関所の村としてそれなりに賑わっていたらしい。その頃は関所の規模ももう少し大きく、オルド軍から定期的に一般兵が赴任していた。しかし人口の減少に伴い関所の規模も小さくなり、今では剣技を真面目にやろうという者はこの村にいないとのことだった。
ティロは長らく使われていない修練場へ入り、埃を被るままにされている模擬刀を見て、まるで自分も否定されているような気分になった。
「悪かったな、今きれいにしてやるからな」
ティロは納められている模擬刀を丁寧に取り出す。久しぶりに手に取った模擬刀にはうっすらとカビが生えていた。
(こんなに大事にされない剣があるなんて……)
粗末にされていた模擬刀を見ているうちに、エディアや予備隊でずらりと並んでいた様々な模擬刀の倉庫を思い出した。それらと目の前の模擬刀を比べてしまい、胸の奥がずしりと重くなる。
それからティロは暇を見つけて、10本ほどあった模擬刀をきれいに磨き上げた。それから修練場の掃除と整備をして、再び剣技の鍛錬ができる場所を作った。
「やっぱり修練場はこうでないとな」
アース隊長からは「どうせ使っていないから好きに使うといい」と言われていたので、ティロは遠慮なく鍛錬に励むことにした。
「どうせ他にすることもないんだ、せめて鈍らないようにしておかないと」
ティロは他の隊員に声をかけてみた。しかし、元から剣技に熱心な者はいなかった。かろうじてノムスがオルド軍の初期訓練で身につけたオルドの型の基本を覚えていただけで、他の隊員は剣技に対しては無知に等しかった。
「ティロ、今日も剣の稽古か?」
昼間に鍛錬を行っていると、のんびり屋の大男ターリーがよくティロの元を訪れた。彼もノムスと同様に初期訓練で剣技の型は習っているはずだったが、まるで剣技とは呼べない腕前であった。
「よかったら鍛錬していくか?」
「していく!」
ティロも素人相手の実演には慣れていたので、ターリーを相手に最初はよく鍛錬をしていた。しかし、ターリーの剣技の腕は一向に上達しなかった。それどころか同じ失敗を何度も繰り返し、その度にティロは苛立ち、ターリーは落ち込んだ。結局、ターリーは剣技の鍛錬をしなくなってしまった。
ノムスもたまに鍛錬の相手になってくれたが、彼にとって剣技は暇つぶし以上のものではなかった。そもそも何事に対してもあまり熱心ではないノムスも気が向いたときしか相手をしてくれなかった。そして警備隊長であるアース・ロプレーラとその息子はオルド軍に身を置いているはずなのに「剣技なんて争いのもとは嫌いだ」と剣技に対しては消極的であった。
「くそ、なんのための修練場だよ……」
ティロは相手をしてもらえない自分以上に、せっかくあるのに使われない修練場や模擬刀が哀れで仕方なかった。
「ここを少しでも使ってほしいな……」
剣技で身をたててきたカラン家の血が騒ぎ、ティロはなんとか修練場を盛り立てようとしていた。
(デイノ・カラン流直伝ですよ、とか街中でやればかなり人目はつくだろうけど……)
一瞬自分の正体を一部明かすことも検討したが、そもそもこの村で剣聖デイノ・カランの知名度はないに等しかった。関所の仮眠室に転がっていた剣豪小説もかなり昔のもので、おそらく修練場が使われなくなった頃に置き去りにされたものとティロは想像していた。
ふと村の中に目をやると、男の子たちが木の枝でチャンバラをして遊んでいた。
「おいお前ら、ちょっとこっち来い」
ティロは子供たちを呼びつけて、模擬刀を見せつけた。
「せっかくならこっちで遊んだらどうだ?」
「なんだこれ、本物の剣?」
「いいや。これは模擬刀って言ってな、試合用の剣だ」
「へえ、兄ちゃん剣技できんの?」
「バカにするな、リィアでは一番だったんだぞ」
そう言うとティロは模擬刀を手にリィアの素振りの型を一通り子供たちに見せつけた。どうせわからないならエディアの型でも、と一瞬過ったが何があるかわからないので無難に左手で剣を握った。
「すげえ……」
子供たちの間からため息が聞こえた。
(そうだ、俺の型はすげえんだぞ。本当は金がとれると思うんだ、俺の場合はな)
それから子供たちに模擬刀を持たせながら、ここで剣技教室を細々と開くことなどをティロは想像した。最初は無料で、それから少しずつ月謝を貰い、最終的に自分の育てた剣士たちが各地で活躍し、自分の剣技でコール村に移住者を呼び込む。そんな皮算用をしながらティロは子供たちに素振りの型を教えてみた。
(へへ、やっぱり剣技って楽しいな)
久しぶりに胸の奥まで息を吸い込めた気がした。そしてやはり自分の本分は剣と共にあるのだと実感する。カラン家の名前が潰えたとしても、デイノ・カランの剣技だけはどこかへ継承したいとティロは強く願った。
***
その日の晩、関所の夜番をしているティロの元に村人が数人やってきた。
「ちょっと、リィアの兄さんよぉ」
「何だい?」
村人があまりいい顔をしていないので、ティロは咄嗟に身構える。
「あんた、あのボロっちい修練場で何をする気だい?」
「何って、剣技の鍛錬に決まってるじゃないか」
「剣技だか何だかしらねえが、うちの息子たちを巻き込むのは止めてくれねえかな」
村人たちは昼間剣技を教えた子供たちの親だった。
「え、でも、すごく楽しそうでしたよ」
きょとんとしているティロに村人たちは切り出した。
「うちの子供たちが将来軍隊に行きたいって言ったら、アンタは責任とれんのか?」
「ただでさえ山羊の世話係が足りないんだ。剣技なんかにうつつを抜かしてる場合じゃないんだよ」
「子供のいないアンタには理解できないだろうが、とにかく剣技なんて危ないものをさせたくないんだ」
それを聞いて、ティロは村人たちが何を言おうとしているのかは理解できた。
「……わかりました。もう修練場には近づかせません」
「わかってもらえばそれでいいから」
村人たちは関所を背にした。遠ざかっていく村人が「剣技なんて物騒なことを教えやがって」「警備隊なんて結局荒くれ者だよ」という話をしているのをティロは聞いてしまい、ますます自分が否定されているように感じた。
「結局、また夜中の鍛錬になるわけだ……」
日中の鍛錬は子供たちの目の毒になりそうなので、予備隊にいた頃から続けてきた夜中の鍛錬をコール村でもしなければならないようだった。
「剣技は物騒、か。そうか、俺は物騒なんだな」
自分が否定されることには慣れていた。それでも、剣技そのものを否定されたことはなかった。結局コール村でもティロは異物であり、「よそ者」なのだと思うと悔しくて仕方がなかった。




