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【絶望ノワール2】救世主症候群・全容編【閲覧注意】  作者: 秋犬
死神編 第6話 山奥の門番
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コール村手引き

 ティロがコール村に着任してから、数日の間はわざわざ関所に「リィアの兄さん」を見物に来る村人が絶えなかった。その度に何だかんだと質問をしては入れ替わり立ち替わりやってきて、ティロは一切気が休まらなかった。


「ねえねえ、山羊は白と黒どっちが好き?」

「どっちでもいいんじゃないかなあ……」

「ええー、私は黒が好き! だって可愛いじゃない!」


 その日は子供たちが数人やってきて、何だかんだと纏わり付いていた。ティロには意味がある話とは思えなかったが、子供たちはとても楽しそうだった。


「ねえねえ、リィアのお話して!」

「別に何も面白い話はないよ……」

「そんなことないよ、リィアって都会なんでしょう? 都会ってどんなところ?」


(また抽象的な話だな……)


「都会は都会だよ、建物があるんだ」

「建物っていくつあるの?」

「数えたことはないな、数百はあるんじゃないか?」

「数百!? すごいすごいすごい!」

「別に建物があるだけだからすごくもなんもないと思うけど……」


 特に子供たちはリィアについて知りたがった。しかし、その質問もどう答えてよいのかわからないものばかりで、ティロは相手をするのに苦慮していた。


(仕方ないのかな、まず比較対象がこの村には何にもないものな。あるのは家畜の世話と山の知識、か……)


 何とか関所から子供たちを追い返し、ティロはどっと疲れた顔をする。


「全く、人を何だと思ってやがる……」

「仕方ない、娯楽のない村だ。お前が最高の娯楽なんだよ」


 子供たちに絡まれて困っていたティロを見て、同じ関所の警備隊員であるノムス・ヒイロが笑った。


「まあ、あと1週間もすればみんな飽きるさ」

「あと1週間もこんな状態なのか……全く、俺は見世物じゃないっての」


 ふてくされるティロを見て、ノムスはまた笑った。


「そうだ、これやるよ。持ってないだろう?」


 ノムスは小さな金属の箱を取り出し、ティロに手渡した。


「炭箱だ。冬場はこれに焚いた炭を入れて、布で包んで服や毛布に入れるんだ。あったかいぞ、オルドの冬の必需品だ」

「へぇ……初めて見たよ。そんなに寒いのか、ここは……」


 ティロはもらった炭箱をしみじみと眺める。頑丈そうな箱は手のひらほどの大きさで、炭の火が消えないように小さな穴が開いていた。


「特にここは寒いなんてもんじゃないぞ。生まれはリィアかい?」

「ああ、そんなところだ」


 自分の生い立ちについて何も話したくなかったティロは、コール村ではリィア出身ということにしておこうと思った。村人にも素性を根掘り葉掘り散々聞かれたが、ティロは「みなし子で苦労した」の一点張りで押し通した。「何故家族はいないのか」「どうやって暮らしていたのか」と子供たちは無邪気に散々聞いてきたが、ティロは「親の顔は覚えていない」「同じくらいの子供たちの中で生活してきた」と曖昧に答え続けた。


 すると流石に大人たちはある程度の素性を察し、身の上については尋ねてこなくなった。しかし、それ以外のことに関しては遠慮なく様々なことを尋ねてきていた。特に「恋人はいるか」という質問は着任した瞬間から何度も繰り返され、その度にティロはうんざりしていた。


「先に言っておくと、俺に親兄弟はいないし昔話は全然面白くないぞ」

「先に言われちゃ敵わないな。それより、戦争には行ったのか?」


 ノムスの一般兵らしい質問に、ティロは胸が痛んだ。


「実は戦場には出てないんだ。いろいろあって……」


 生い立ち以上にトリアス山での話は正直に話すことが出来なかった。特にオルド領では口が裂けても自分のしてきたことを話すわけにはいかなかった。


「そうか、いろいろか」


 ノムスからその辺りの追求がないことにティロはほっとした。


「その辺もあって、ここにやってきたんだ」

「なるほどな、それじゃあ触れないでおいてやるよ」


 ノムスは村の人たちと違って、あまりティロに興味がないようだった。


「あんたは村の連中とは違うんだな」

「俺はこの村の出身じゃない。あんな奴らと一緒にしてくれるな」


 その素っ気ない態度に、ティロは思い当たることがあった。


「……そうか、あんたも何かやったんだな」

「実質オルド国内でも懲役刑だからな、ここは」


 ノムスは笑った。この外界と隔絶されたような村の関所へ赴任することをオルドでは「コール送り」と呼んでいた。


「コールはいいぞ。酒はねえ、煙草もねえ、姉ちゃんはいないわけじゃないが遊べねえ、博打もできないわけじゃないが、賭ける元手がまずねえからな。あるのは牛と山羊と猪くらいだ」


 酒がないとノムスは言うが、ティロは自分の歓迎会でたくさん酒が出て、それで村の男たちが酔い潰れていたのを思い出した。


「だから本当に退屈なんだよ。祭りの日に酒を飲むくらいしか楽しみがない。ボッカさんが運んでくるものにも限度があるからな」

「ボッカさん?」


 聞き慣れない言葉にティロは首を傾げる。


歩荷(ぼっか)、麓の村から物資を運んでくる山歩きの専門家だ。もうじき雪の季節だから、しばらく下界にはいけなくなるぞ。何か欲しいものがあったら歩荷さんに頼むしかないからな」

「そんな制度もあるのか……」


 ティロはノムスから物資の調達法について詳しく話を聞くことができた。村で手に入らないものは歩荷に頼むことができたが、ティロは薬や睡眠薬の類いを頼むことはできそうにないと思った。


「やっぱり不便なところなんだな……いっ!」


 何気なく関所の壁を見て、ティロはひっくり返りそうになった。人の顔ほどもある巨大な蜘蛛が天井付近をすたすたと歩いていた。


「ああ、あれはコールアシナガグモだ。この村の人たちは家の神様だって言ってるけどな」

「あ、あ、あれが神様だなんて迷信にもほどがあるだろ!」


 様々な環境で暮らしてきたので大抵の虫には驚かない自信があったティロだったが、これほど巨大な蜘蛛を見たのは初めてだった。寝ているところにこの蜘蛛が眼前に来たら、混乱して何をするかわからない自信はあった。


「まあな。でも家の中に入ってくる虫を食べてくれるって言うんで、実際有り難い存在ではあるらしいぞ」

「ううう、でも、アレはちょっと、なあ……」


 コールアシナガグモを見て怯えるティロに、ノムスは胸の前で手を広げてみせる。


「家の中に入ってくる虫もデカいからな。ゴキブリとか、こんくらいあるぞ」

「こんくらい?」

「そう、こんくらい」


 ティロの顔が引きつるのを見て、ノムスはにやりと笑う。


「そう、何故かコールに住んでる虫はデカいんだ。なんでだろうな」


 ティロは絶望的な表情で天井の蜘蛛を眺め、そして心から蜘蛛に感謝した。


「まあ虫くらいでビビんなって。コールの冬はこれからだぞ」


 もうすぐ、牢獄のように雪が全てを閉じ込める季節がやってくる。ティロは未だに「背丈より高く雪が積もる」という光景を想像できていなかった。しかし、オルド領のコール村で生活することでリィアから遠く離れ、常に喉元に突きつけられていた刃が離れていくような感じもあった。


(まあ、なるようになるしかないんだろうな……)


 ティロは窓からコール村の空を見た。とても遠くへ来てしまったので、エディアはどちらにあるのかすぐにはわからなかった。


そういうわけで僻地に飛ばされて大変もてなされました。人生最大のモテ期到来です。

次話、コール村での実際の生活になります。雪、熊、そして事件編でちらっと出てきた事情がティロ視点で語られていきます。


よろしければブックマークや評価、感想等よろしくお願いします。


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