2人だけの反乱
リンク:懐旧編第4話「夜の河原」「ライラ」
言及:有明編第5話「他人事」
エリスに何故一般兵なのかと問われ、悩んだティロは何とか返答の方針を決めた。
「誰にも言うなよ」
ティロは起き上がって、周囲を警戒する。他には誰もいないはずだったが、辺りを伺わずにはいられないほど過激なことを言うつもりだった。
「実はさ、俺の夢は親衛隊に入ることなんだ」
「何それ。一般の兵隊にしては夢が大きすぎない?」
(何だよ、俺はエディアの親衛隊長の息子だぞ。本来はな)
それからティロは勿体ぶって声を潜める。
「そして、後ろからダイア・ラコスを護りながらぶっ殺すんだ」
それを聞いて、エリスの顔が固まるのをティロははっきり見た。
(そう言えばそうだった。俺はエディアの人たちの仇を取るんだった、どうして忘れていたのかな)
リィア軍最高幹部のダイア・ラコスは特殊任務部、通称特務の創設者であり初代部長だった。そこからリィア王家に取り入り、息子を当時の王女と結婚させて自分の息子をリィア国王にさせた、リィア国内では知らぬ者がない実質上の最高権力者であった。最近は健康不安説が囁かれており、そのためにオルド攻略が実施されたとの噂もあった。
そんな人物の暗殺を試みているなど語れば、エリスも自分に愛想を尽かすかも知れない。
「……正気?」
「結構本気」
そう言ってティロは模擬刀を掲げる。彼女の顔はよく見えないが、笑顔ではないことは確かだった。
(まあ、これは割と本気な話だし、俺と深く関わるととんでもない革命家になるぞーって脅しておけば、あんまり深い仲にもならないだろう)
「そのためにリィア軍にいるの?」
「そう」
「たった一人で?」
「まあね」
「無謀すぎない?」
「そんなの承知さ」
「でも何で?」
(なんだよ、なんで食らいついてくるんだよ……普通ならもう呆れてるだろう?)
ティロはこのままエリスが立ち去ることも期待して話を進めていた。彼女と会えなくなることは残念だったが、元々何となく出会っただけの行きずりの関係であったためにそれほど彼女に執着はしていなかった。
「うーん……それを聞かれると困るんだけど……少なくとも俺が眠れなくなったのはリィアのせいなんだ。今言えることはそのくらい」
露骨に話したくない旨を伝えても、彼女は食らいついてくる。
「後は教えてくれないの?」
(あー、もう終わり! 俺の話は終わり!)
「気が向いたらね。全く楽しくないし面白くない話だから」
ティロは敢えて彼女を突き放すようなことを言った。
「そうなんだ……」
(そうなんだよ、だからもうこの話はおしまい!)
エリスはしばらく黙って空を見上げていた。これは嫌われたな、とティロは少し残念に思った。
(別に今までもひとりだったし、また元のひとりに戻るだけだ。いいんだ、ひとりのほうが気楽だし、何も考えないで済む。俺なんかと一緒にいたら彼女の方がどうにかなってしまうだろうし、これでいいんだよな、きっと)
ところが、彼女は突然明るい声でティロに語りかけてきた。
「じゃあさ、私も一緒にリィアやっつけてあげようか?」
「は?」
(ん? なんでそうなるんだ!?)
「いいじゃない、2人だけの反政府運動」
予想を上回る返答に、ティロは彼女をまじまじと見つめた。エリスはその言葉とは似つかわしくない無邪気な笑みを浮かべている。
(本気にしているわけじゃないよな、きっと。俺も適当なこと言ってるから彼女も合わせてくれてるんだ、きっと)
ティロはエリスを見つめる。ティロも予備隊で革命家という存在については叩き込まれてきた。国家を廃して理想の社会を目指す彼らの主張は、彼女とあまりにもかけ離れていた。
「そんな大それたものじゃないけど……悪くはないかな」
あまりにも唐突な申し出に、ティロは彼女が自分の与太話に付き合ってくれているのだと思った。たとえ冗談でも、自分の話に付き合ってくれる人がいることがティロには何より嬉しく感じられた。
「じゃあ決まり!」
(まあいいか、適当に話を合わせておけば。彼女もなんだか嬉しそうだし、それでいいや)
「というか、君はいいのか? 反政府運動なんて、特務に見つかったら偉いことだぞ」
冗談とはいえ、かつて自分が予備隊で見てきたことを思い出してティロは背筋が寒くなる。そしてかつて特務へ行ったはずの面々も思い出し、今の自分を彼らが見たらどう思うかなどに思いを馳せた。
「私元々リィアの人じゃないし、生まれたところもどこか知らないの。だからこれと言って大切なものもないし、今は君に付き合うくらいしかすることないの」
それを聞いて、ティロはやはり自分と彼女の境遇は似ているのだろうと思った。
(やっぱり人に言えないことしてきているんだよな、彼女も。言いたくないことのほうが多いに違いない)
自分を振り返っても、思い出すのも嫌なことばかりで人に語ることなどなかった。ある時期より前の出来事は楽しい思い出ばかりだったが、別の理由で人には一切話すことができなかった。
そうやって自分のことを話さないでいると、親密になれる間柄は限られてくる。他の一般兵が仲良く話しているところに入っていきたいと思うこともあったが、素性を尋ねられるような会話を徹底的に避けているうちに誰も寄りつかなくなった。
「そうか……君にも色々あるんだな」
ティロは彼女にも自分と同様に「深刻なこと」があるのだろうと思い、それ以上を尋ねなかった。
(この相手のことを探らない距離感……俺はこういうのが居心地いいんだよな)
ふと、自分のことを語らなかったかつての親友のことを思い出した。彼もおそらく同様に「深刻なこと」を抱えているようだった。おそらくエリスも同じようなことを考えているのだろう、とティロが構えていると嬉しそうな彼女が早速提案をする。
「ねえねえ、それじゃあさ、早速名前を考えなきゃ」
名前、と聞いてティロの全身から一気に嫌な汗が噴き出てくる。予備隊で様々なことを叩き込まれたので大抵のことは出来る自信があったが、地下を含め狭いところと眠ることと名前をつけることに関してだけはどうしても苦手意識があった。
彼女は楽しそうにしている。この難局をどう乗り切るか、ティロは必死で考えることになった。