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【絶望ノワール2】救世主症候群・全容編【閲覧注意】  作者: 秋犬
剣都編 第2話 将来のこと
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悩みごと

「ふーん、悩みごとねえ」


 春の日差しが眩しい中、海を見つめながらジェイドの話を聞いていたのはエディア第三王子のアルセイド・エディア・ルクスだった。アルセイドは城を抜け出してはジェイドを連れて港を散策することが大好きで、倉庫街で様々な積み荷を見たり、異国の船員がたむろする商店街を歩き回っては冒険気分を味わっていた。


 もちろん2人だけで港へ行く度に叱られていたが、アルセイドはしきりにジェイドを港へ誘った。ジェイドもアルセイドと港へ行くことは好きだったし、彼の後に付いていきたかった。


 港を散策しているうちに、2人は誰も来ない展望台を発見していた。港の端から階段を下りると、海と港が眺められるようになっている開けた場所に長椅子がいくつか置いてあった。後の調べで、この場所は海を見ながら食事を提供する場所にしようと階上にある飲食店が整備したものらしかったが当の飲食店が営業を止め、この誰も来ない展望台だけが取り残された形になったようだった。


 この展望台に何があるわけでもなかったが、ただ並んで座って海を眺めているだけでも、誰もいない展望台は2人の心を軽くした。この展望台を見つけた日から、2人は秘密基地として連日訪れていた。


「そうなんだよ。本当にうちの父さんは何て言うか、遠慮がないって言うか……」


 ジェイドは先日、セイリオに手合わせの後「何か悩みでもあるのか」と唐突に尋ねられた話をしたところだった。


「仕方ないよ、隊長に隠しごとをしようってのが間違いだよ。僕だって多分隊長を前にしたら何でも話しちゃう気がする、だって怖いもの」


 ジェイドとアルセイドの誕生日は数か月しか違わず、2人は兄弟のように育ってきた。特に末っ子同士であったため、アルセイドは同じ歳のジェイドとよく遊んでいた。


「うちの父さんが怖いのは今に始まったことじゃないけどね」

「わかる、この前の稽古でやっぱり怖かった」


 エディア王家の男児は皆セイリオから剣技を習っていた。アルセイドも例外でなく時折セイリオについてきたジェイドと共に鍛錬に励んでいた。


「そうそう、あの調子でいつも迫ってくるんだから……」

「君もだよ、ジェイド」


 アルセイドに指摘されて、ジェイドは意外そうな声を出した。


「え、そう?」

「うん、この前うちで兄さんたちと手合わせしていたじゃないか。後で兄さんが落ち込んでいたよ、気迫だけで負けたって」

「でも、あの時は手合わせってだけで勝負は決めなかったんじゃなかったかな……?」

「どうやっても君の勝ちになるからだろ」

「まあ、ね」


 ジェイドはアルセイドと共に港に来る際に必ず持ってくる警棒に手を伸ばした。


「僕の運命は生まれたときから決まっているからね、こいつと共に行くだけだ」


 カラン家の次期当主として期待されているジェイドは常に剣技の世界で生きてきた。特に代々守ってきた公開稽古をどう主催していくのかがカラン家として求められていて、ジェイドは毎月の公開稽古に参加しながら常に自分が運営する立場になったらということを今から考えていた。


「君は悩みがなくていいねえ、僕と違って」

「だから僕だって……あるのか? 悩み」


 アルセイドも何か悩みを抱えているらしいことを口走ったところを、ジェイドは聞き逃さなかった。


「そりゃあ僕だって悩みのひとつやふたつ」


 アルセイドは周囲を見渡した。誰もいない展望台でも用心するような悩みらしかった。


「……聞こうか?」

「話していいなら」


 2人は海を眺めた。遠くを船が港へ入っていくのがよく見えた。


「ほら、僕第三王子だろう? 将来どうするのかなあって」


 漠然とした不安だけはジェイドにも伝わった。


「将来のこととか考えてるんだ、偉いな」

「ジェイドは将来のこととか考えてないだろうからね」

「またそうやってみんなして僕を馬鹿にして……」


 アルセイドにも普段言われていることと似たようなことを言われて、ジェイドは口を尖らせた。


「別にそういう意味じゃなくてさ、ジェイドは将来がもう決まってるじゃないか。家を継ぐんだろう?」

「もちろん、次期当主だからな」


 次期当主という言葉は常にジェイドの頭にあった。それがどのような重みなのかは生まれたときから抱えてきたのかよく理解していなかったが、少なくとも父を見ていて同じようなことをすればいいくらいの気持ちではいた。


「その点僕は何をしていいのかさっぱりだ。このまま国王になれるわけでもないし、かと言って君みたいに剣技やるとか国防とかもそこまで……たまに僕っていなくてもいいんじゃないかって思っちゃう」


 エディア王家の中で、アルセイドは末っ子としてまだ子供扱いされることが多かった。それはジェイドも同じだったが、カラン家次期当主として生まれながらに職務が与えられてるジェイドとアルセイドでは少し事情が違っていた。


「それは困るよ……やりたいこととかないのか?」

「あるといえばあるけど……それが悩みって言うか、少し言うのが恥ずかしくてさ」


 アルセイドはやはり周囲を気にしているようだった。


「言ってみろよ。僕と君の仲だろう?」


 ジェイドが促して、ようやくアルセイドが口を開いた。


「……僕さあ、港をもっと発展させたいんだ」

「それのどこが恥ずかしいんだ?」


 アルセイドは港の方を眺めていた。遠くの岸壁に停泊している船の荷物を降ろしているのがかすかに見えた。



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