表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【絶望ノワール2】救世主症候群・全容編【閲覧注意】  作者: 秋犬
特務予備隊編 第4話 先輩と後輩
55/210

新年の祝い

 その年も終わりの日が近づいてきた。年の終わりと新年の時期は「新年の祝い」が行われるのが通例であった。通常であれば旧年の最後の週と新年の最初の週の2週間は新年の祝いの期間としてどこでも祭りのようになり、特に旧年の最後の日と新年の最初の日は夜を明かして家族や友人と楽しく過ごすのが慣わしになっていた。予備隊でも新年の祝いは行われ、夜明かしの行事だけは例年行っていた。


 祝いと言っても予備隊ではささやかなものであった。訓練が午前で終わり、いつもより少し豪華な食事が出て、その日の午後から新年の一日目をゆっくり過ごせるというだけであった。それでも普段と違うこの時期だけは、外界から隔絶されている予備生たちは非日常を味わうことが出来た。


「新年の祝いってすごいよな! 飯は豪華だし、夜は起きていていいって言うし!」

「それ毎年言ってるな」

「何度言ってもいいだろ!」


 毎年隣で笑っているシャスタを見るたび、ティロは何とも言えない気分になっていた。聞けばシャスタは予備隊に入るまで新年の祝いという行事を知らなかったという。


(どんなところにいれば新年の祝いを知らずに過ごせるんだろうな)


 シャスタのようにまるで新年の祝いを知らないという子供はほぼいなかったが、予備隊に入って初めて祝いらしい祝いをするという予備生も多くいた。その予備生たちは少しだけ豪華な食事に喜び、ささやかな祝いの時を過ごしていた。


 夜になり、予備生たちは食堂や休憩室など思い思いの場所で新年を迎えようとしていた。


「でも俺新年の祝いキライだったんですよ。今はいいですけど」


 休憩室でティロと話をしていたのは、45番のノットだった。


「何でキライだったんだ?」

「だって寒いじゃないですか」


 ノットはティロの見込み通り、すぐに剣技において並ぶ者がないほどの上達ぶりを見せた。教官たちも驚く上達ぶりに周囲もノットを少しずつ見直すようになり、その過程で彼の虚言癖はなくなっていった。今ではティロも本気を出してもいいと思える数少ない予備生であった。


「そりゃ寒いのは当たり前だろ、そういう季節なんだから」

「じゃあ新年の時期が寒いのが悪いんですよ、暑い時期ならよかったんです」


 虚言癖はなくなったが、彼の言うことが理解しにくいのはあまり変わっていなかった。


「何か違うことでもあるのか?」

「ええ、だって子供は祝いに来るなって俺はずっと外にいましたから……」


 ティロは新年の祝いの喧噪をよく知っていた。これから春になる時期であるため、新年の日の夜は底が冷えるような寒さである。その寒い日に温かいものを飲むのがティロの楽しみだったが、ノットは温かい飲み物どころか暖炉にも当たれず外にいたという。思わず路上生活時代を思い出してティロの心にも寒風が吹き込んだ。


「まあでも大体はみんな浮かれていますから、その辺の人からこうして、それでこれして……」


 ノットは懐に手を入れるふりをして、それから煙草を吹かす真似をした。ティロは彼のそれまでの新年の祝いの過ごし方をそれ以上追求したくなかった。


「全く、悪い奴だなお前は」

「へへ、だからこんなところにいるんですよ」


 ノットは笑顔を見せたが、心の底から笑っていないことはティロも承知していた。


(煙草か、ずっとやってないな)


 ティロはノットの仕草を見て久しぶりに煙草が吸いたくなった。路上生活時代は煙草のために生きていると思っているくらいだったので、ノットの気持ちは痛いほど理解できた。


「だから新年の祝いって言うと何だか欲しくなるんですよね、アレ」

「そうだな」


 普段は真面目なティロが肯定したことにノットは驚いているようだった。


「わかるんですか!?」

「だから俺もこんなところにいるんだよ。みんなと一緒だ」


 ティロとノットは顔を見合わせて笑った。今度のノットはしっかり笑えているようだった。


(最初はヘラヘラして訳のわからないことばっかり言ってたのに、随分立派になったな)


 ティロは久しぶりに剣を握ったときに声が出せたことを思い出した。ノットも剣技に出会って随分と救われたのかもしれないと思うと、ティロはますますノットに親近感が湧いた。


 ティロが勝手な感慨に耽っていると、急にノットは真面目な顔になった。


「でも、ティロさんってやっぱり他の人と違うと思うんですよ」

「え、どこが?」


 他の人と違って特に重大な秘密があるティロは、ノットから何を告げられるのかと身構えた。


「何て言うんですかね、俺あんまり頭がよくないのでうまく言えないんですけど……ティロさんだけ、手合わせの時にこう、ぐーっと何かを感じるんです」


 思いの外抽象的な話に、ティロは肩透かしを食らったような気分になった。


「何かって何だよ」

「何か、ってしか言えないです。何て言えばいいんですかね……やる気、っていうのか、これからお前を倒すぞー、っていう感じがすごーくするんです」


 剣を持っているときは大体やる気であるので、当たり前のことを言われているとしかティロには思えなかった。


「やる気、ねえ……」


 ノットが何を言おうとしているのかティロが一生懸命くみ取ろうとしていると、ノットが手を打った。


「あ、わかりました! 殺気です! 多分それが一番近いです!」

「殺気だって? 俺がいつも出してるって?」

「そうですよ、他の人より全然違います! 剣を持つと別人みたいに怖いんですよ!」


 ティロ自身は剣を持っているときは楽しくて仕方がなかった。それを他人から「怖い」と言われたのは初めてだった。


「そうかなあ……?」


 ノットの「剣を持つと」という評価が少し気になったが、剣を持つと殺気が漏れているというのはあまりいいことではないようにティロには感じられた。


(本当に殺気が漏れてるなら、少しいろいろ考えないとな……)


 年の瀬に後輩から思わぬ助言をもらったことで、まだまだ精進しなければならないとティロは気持ちを引き締めることができた。


(それより煙草か……久しぶりに欲しくなったな。全く余計なこと言いやがって)


 煙草で得られる感覚を忘れようと、ティロはノットを誘って食堂へ向かった。バターと砂糖がたっぷり入った温かい茶を受け取ったノットは笑顔になった。


「美味しいですねえ」

「新年の祝いにはこれがないと」


 煙草の他に、ティロは思い出してしまった嫌な記憶をとにかく忘れたかった。それから休憩室で他の予備生たちと朝まで過ごした。ひとりでないと思うだけで、かなり心は慰められた。


***


 新年を迎えた朝、ティロは真っ先に修練場へ向かった。エディアにいた頃も、新年の最初は修練場で今年一年の願掛けを行っていた。その頃は純粋に「今年も剣技の上達がありますように」と願っていたが、予備隊に来てからはその願いが変わった。


(今年こそぐんと背が伸びますように!)


 今でこそチビと馬鹿にされることはなくなったが、やはりティロにとって低身長は切実な問題であった。特に最近は目に見えて身長が伸び始めたシャスタと自分を比べてしまい、自己嫌悪に陥ることが増えた。


(どうして俺は背が伸びないのかな……)


 鍛錬でも気合いでもどうしようもないことは、願掛けに頼るくらいしかティロには思いつかなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ