夜目の研究
リンク:懐旧編第2話特務予備隊「将来の夢」
ティロが新しい剣技の型を考案し始めてからしばらくが経った。主に思案は夜に行われた。剣技について書かれた様々な本を読み返すことはもちろん、剣豪小説からもたくさん案をもらった。
(『滝落とし』か。上段と見せかけてからの急な下段……視線はずしは必須だろう。でもこれなら実戦で使えそうだ)
それは荒唐無稽と思われるような空想の剣技であった。それでも、実戦で使うために動きを簡略化して現実的な技として使用できるよう改良を重ねた。
(それと、エディアの型も忘れないように鍛錬しないとな)
夜中の修練場は人目につかないため、存分に右手で鍛錬が出来た。鍛錬と言ってもひとりで見えない相手を想定して剣を振るだけなので、明かりはいらなかった。ただ剣と己がそこにいればよかった。
(右手でも左手でも剣が使えるなんて、俺はなんてすごい奴なんだろう。こんなことになってなかったら絶対胸を張れるって言うのに……いや、そもそもこんなことになってなかったら左手で剣を持とうなんて思ってないんだよ)
その夜もひとりでエディアの型を忘れないよう鍛錬していると、突然修練場の扉が開く音がした。
(なんだなんだ!? こんな夜中になんだって言うんだ!?)
心臓が止まりそうになりながら、慌てて全ての動きを止める。
「精が出るな」
入ってきたのはシャスタだった。
(びっくりさせるなよ! 夜に眠れる奴は寝てろっての!!)
「なんだ、こんな夜中に」
ティロは飛び出しそうになった心臓を抑えながら、何とか平静を装う。
「それはこっちの台詞だ」
「俺はいいの、いつものことだから」
ティロは急いで左手に模擬刀を持ち直してから下げると、シャスタに向き直った。修練場には僅かに月明かりが差しこむだけで、おそらくエディアの型ははっきり見られていないだろうと思われた。しかし、それでもティロは不安だった。
(とにかく何とか誤魔化そう。そうだな、夜中だからな、暗いしな、えーと……)
「それより一緒に鍛錬しないか? 最近夜目の研究してるんだ」
「なんだよそれ」
(なんだろうな、自分でもよくわからない)
「真っ暗な中で刀身をどこまで意識できるかって奴。これなら真っ暗闇でも戦える」
「何の修行だよ」
「いいから、相手になってくれよ」
(つべこべ言わせずに手合わせでもすれば、何かおかしいと思ったとしても忘れるだろう)
「わかった、いいよ。どうせ眠れなくなったんだから」
シャスタは特に疑うことなく、素直に応じる。エディアの型を見られたわけではなさそうだと思うと、ティロは少し安堵した。
「少しは俺の気持ちがわかったか」
「いや、夜目の研究とかいうのはよくわからない……」
(うん、俺もわからない)
「じゃあやろうぜ」
ティロはシャスタが模擬刀を手にしたのを確認すると、急いで修練場の扉を閉める。連日暗がりで剣を振っているためか、ティロの眼は暗闇に慣れるのが早かった。
「確かに……これはいい修行かもな」
真っ暗闇の中で、シャスタはティロの出任せを真に受けているようだった。
(何だかわからないけど、まあいいか。これはこれで面白そうだ)
完全な出任せから始まった特訓だったが、シャスタが乗り気になっているためかティロも楽しくなってきた。
「じゃあ俺から行くぜ」
「待て待て、俺は何の準備もしていないんだって……!」
既に暗闇に慣れたティロは、誘うようにシャスタと剣を合わせる。
「お前、本当に見えているのか!?」
「まさか、相手の位置は音と気配で今は精一杯。刀身は自分の一部だと思って振っている」
(へへへ、剣豪小説に出てきそうな台詞だな)
「自分の一部、か……」
何やら納得して、シャスタはティロに剣を向ける。
「確かにいい訓練になるかもな」
「だろ?」
(こいつかなり真に受けてやがる。でも、これだけ無茶ぶりをしてもちゃんと合わせてくるんだから、こいつはこいつですごくいいもの持ってるんだよな……)
予備隊に入れられる前、どこでどう剣技を習ったのかをティロはシャスタに尋ねたいと思ったことが何度もあった。しかし、それを尋ねたら自分の過去も話さなければならない気がした。
時折、シャスタの剣にはリィアの型にはない独特の動きを見せるものがあった。明らかにリィア以外の型をシャスタは習得した跡があったが、ティロは全てを見ないことにしていた。もしかすればシャスタも自分と同じく、何か事情があって素性を隠しているのかもしれないと思うと胸の奥がずしりと重くなる。それはシャスタを想ってのことなのか、鏡合わせの自身を見ているように思うからなのかは深く考えないことにした。
***
空が白み始め、閉め切っていた修練場にも光が差し込んできた。ひとりで鍛錬しているより疲れたティロは、シャスタと共に修練場の床に座り込んでいた。
「特務に上がったら、この鍛錬が役に立つかな」
「夜に相手を追い詰めるには有効かもな」
本気で暗闇で剣を合わせ続けたため、頭の芯が痺れるように疲れていた。
「……本当に上がれるかな、特務に」
ティロはエディアの型を忘れないよう鍛錬し続けていたが、正式なリィアの特務になれば二度とエディアには戻れない気がしていた。
「何言ってんだよ、俺の次に優秀な奴がなれないわけないだろ」
「何でお前の次なんだよ」
「今夜も寝てないから変に追い詰められてるだけだ。お前が特務に上がれないわけないだろう?」
「そうだ、そうだよな……一緒に特務に上がるんだもんな」
ティロの不安な心に、シャスタの心遣いが染みこんでくる。
「特務に上がって、やりたいこととかあるのか?」
シャスタに将来のことを尋ねられたが、ティロには思い描く将来が見つからなかった。
「そうだな……やりたいことというか、俺はここに来てなかったら多分死んでたから、せめて恩義に報いるくらいはしたいと思ってるよ」
それは偽らざる本心だった。もしあのまま路上生活を続けていたらどうなっていたのかと考えると、ティロは背筋が寒くなるようだった。
「意外と義理堅いんだな」
「いや、そのくらいしか目標がないし」
(目標というか、将来について何も思い浮かばないだけなんだよな……)
「それでも目標立てようなんて、その発想自体が偉い」
「そうかな……普通だろ、別に」
あまり自分のことを追求されたくないティロは、シャスタに尋ね返すことにした。
「そういうお前はやりたいことあるのか?」
「俺は、特務でも情報局に入りたい」
その言葉にティロは驚いた。
「情報局? あんなところを志望するなんて珍しいな」
「でも、俺らしいだろ?」
「まあな」
(情報局か……俺はてっきり俺と同じく剣技を生かせる作戦局かと思ってたんだけど……何でそんなことになってるんだろう……)
どんな経緯であれ将来を見据えているシャスタの隣にいると、ティロは目の前のことしか考えていない自分が酷く情けなく思えた。
(ま、どうでもいいか……)
情けない自分を振り切るように模擬刀を握りしめる。剣を握っている間は何も考えずに済んだ。その間に意識が遠くなって、気がつくと朝日が昇りきっている。つかの間の休息で頭も身体も完全には休まらなかったが、眠れないよりマシだった。ティロは修練場を後にして起床の点呼に向かった。
特務内部の局に関しては、そのうち話題になります。事件編を読んでいると、シャスタが何をしたがっているのかはかなり明確になります。
次話、ティロに影響を与えた先輩と後輩の話になります。事件編で言うところの「あいつ一回懲罰房入った」と「17番の認識票」のエピソードです。
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