カランの末裔
言及:探求編第4話特務予備隊時代「夜中の世間話」
エディアのことを思い出してから少し元気はなかったが、それでもティロは平静を装って毎日を過ごすことが出来ていた。
(俺って薄情なのかな……みんな死んでるっていうのに、俺だけのうのうと剣を持ってこうやって生きているなんて)
訓練をしている間はエディアのことを考えなくて済んだ。しかし夜になるとどうしてもエディアのことを思い出す日が増えてしまう。これではいけないとエディアのことを忘れるために1人で無心で剣を振り続けた。その結果夜明け前に力尽きて自然と気絶が出来るようになっていた。
(もしかしてこれは、睡眠薬がなくても眠れる方法なのでは!?)
ベッドで眠ることはとっくに諦めていた。夜の休憩室や裏庭など、ひとりになれる場所なら少し落ち着いて過ごすことができるのか入眠に適しているとティロは考えていた。その中でも修練場で剣を持ったまま眠るのが一番眠りやすいと気がついてから、ティロはなるべく夜は鍛錬に精を出すようになった。
「そういうわけで、名付けて気絶特訓だ」
「何だその訳のわからない特訓は」
ティロは画期的だと思ったのだが、シャスタには思い切り呆れられてしまった。
「だから、気絶するための特訓だ。わかりやすいだろう?」
「普通は気絶するために特訓なんかしないし、気絶なんかしなくても眠れるんだよ」
「だって俺普通じゃないし」
「まあ、普通ではないな」
14歳になった頃、ちょうど2人部屋が空いたのでティロはシャスタと部屋を移動していた。気が置けない関係のシャスタと部屋を共有するのは楽だったが、それでもティロはシャスタのことがよくわからないと思っていた。
(お前も普通じゃないんだけどな)
要領のいいシャスタの話はとても上手だったが、その中身が伴っていないのは予備隊では知られた話だった。駆け引きや議論などは大変得意としていたが、相手の心に訴える説得や自身の心情を素直に述べることなどに関しては異様に苦手であった。言わなくていい正論で相手を怒らせたり辻褄の合わないことを延々と指摘するなどの危うい場面をティロは何度も庇っていた。
(まあでも、いろいろあるんだろ、きっと)
それはお互い様だということでおそらく一緒にいられるのだろうとティロは思っていた。訓練でいつも予備生の身体は傷だらけであったが、シャスタの背中には訓練よりも前についたと思われる大きな裂傷の跡がいくつもあった。その傷を見る度にティロは何故かシャスタに仲間意識を持ち、そばにいてやりたいと思うのだった。
***
その夜は久しぶりに読書でもしようと休憩室の本棚を漁っていた。
「あ、世界の剣豪列伝の最新巻じゃないか!」
それは実在の剣豪と呼ばれる人物の伝記本で、歴史に名を残す破天荒な様や厳格に剣に生きた人生などが書かれていた。真新しい本を手に取って表紙を見た瞬間、言いようのない寒気が全身を襲った。
「爺ちゃん……」
最新巻の主役は祖父のデイノ・カランであった。リィア戦績よりも読むのをためらわれたが、意を決してページを開いた。
(何だろうな、自分のことのように恥ずかしいな)
(そりゃ、ある意味自分事だからな)
話は簡単な生い立ちから剣士としての華々しい戦績、そして大々的に始まった公開稽古のことが中心であるようだった。
(すげーな、公開稽古が本になってる)
(この書き方だと、昔はもっと怖かった感じがするね)
筆者はエディアで災禍を生き延びた人たちや残った文献などからこの話を書いたようだった。もちろん公開稽古で中心的な役割を果たした人物はほぼ処刑されているため、事実と言うより想像をそのまま書いたようなものになっていた。
(なんかさあ、爺ちゃんってこんな厳格な感じの人だったっけ?)
(違うだろ、それに父さんたちも何だか……美化が入っているというか)
列伝によれば、デイノ・カランの2人の息子は忠実に王家に仕え、剣の道に邁進していたそうだった。
ティロから見た父セイリオは、確かに剣のことに関しては一切の妥協がなかった。しかし自由奔放な父親であるデイノ・カランに振り回されているところや亡くなった妻のアリアを今も愛していると語っているところやスキロスに延々と仕事の愚痴を話していたところなど、そういう人間くさいところも含めての父であった。それは叔父のソティスに関しても同じことが言えた。
「事実との相違まではいかないけど、身内が読むもんじゃないなこれは……」
(もしかしたらさ、僕たちが今まで読んできた剣豪列伝もさぁ)
(案外身内が読んだら全然違う、なんてこともあるかもな)
どきどきしながら列伝を読み進める。幸い、デイノ・カランの孫についての言及はなかった。少し残念に思う反面、この調子で自分のことが美化された上にあることないこと書かれて多くの人に読まれると思うと、書いてなくてよかったと安堵した。
「ああ、でも姉さんのことは書いてほしかったかもな……姉さんみたいな素敵な人がいたんだって、みんなに知ってもらいたかったな……!!!」
列伝の最後に、剣術指南が唱和される十訓だけ書かれていた。
「剣を極める者、まず己の命を剣に預けるべし」
唱和されるものの他にも、剣術指南はたくさんあった。この十訓は特に唱和が行われたため、皆の記憶に正確に残っていたものと思われた。
「剣を極める者、守るべきものを常に心に留めるべし」
祖父についてはあまり正確なことが書かれていなかったが、剣術指南が多くの人に読まれていると思うと胸の中が熱くなるようだった。
「剣を極める者、迷う事なかれ、行かばそれが道になる」
久しぶりに声に出した剣術指南は、エディアで剣技に励んでいた頃を思い出させた。
「……決めた!」
ティロは列伝をしまうと修練場へ向かった。誰もいない真っ暗な修練場でティロは模擬刀を握る。
(俺はリィアの型を修めたけど、やっぱりエディアの剣士だ。エディアの型は絶対忘れない。忘れないように、俺は記憶の中の父さんや爺ちゃんの型を鍛錬し続けなきゃいけないんだ)
毎日リィアの型で鍛錬していると、エディアの型を忘れそうになることがある。そのためにも夜中の自主鍛錬でエディアの型を思い出し続ける必要があった。
「そして! 俺が俺らしくなるためには、俺の型が必要なんだ。誰も知らない、エディアでもリィアでもない、俺の剣技の型。俺は剣で俺を証明し続けなきゃいけないんだ!」
(そうは言っても、新しい剣技の型なんてどうやって作るの?)
「そうだなあ……とりあえず、初手をうんと下段に構えるってのはどうだろう?」
(何だそれ、そんな型聞いたこともないぞ)
「聞いたことないだろう? だから作るんだよ、俺が、俺の剣技を」
まるで剣豪小説の主人公のような気分になった。時間だけはたくさんあった。ティロは夜の鍛錬が楽しみで仕方なくなった。




