剣豪小説
言及:探求編第4話特務予備隊時代「夜中の世間話」
ティロが予備隊に入れられてから5年が経とうとしていた。この年齢になると残っているものはほぼ特務に適性があると見なされ、訓練内容は体力作りのような厳しいものより実践的なものが多くなった。教官のいない間に下級生の面倒を見る機会も増え、特にティロは剣技の相談に乗ることが多かった。
「今夜は雨か」
相変わらず眠れないティロは完全に日々の入眠を諦めていた。「眠れたら寝る」を繰り返しているうちに、2日は平気で起きていられるようになってしまった。それ以上は極端に集中力が落ち、どこで気絶するかわからないとして予備隊から睡眠薬で眠ることを指示された。『どうしても2日眠れない場合は睡眠薬を使う』という決まりがティロの中で固まりつつあった。
「今夜は鍛錬する気分じゃないし、読書でもするか」
夜明かしには自主鍛錬の他に、ランプをつけて剣豪小説を読むこともよくやっていた。ティロはランプを掲げて、書棚の前に座り込んだ。
「そうだな、この前どこまで読んだかな」
休憩室の書棚に置いてある剣豪小説は予備生の間でも人気があった。外部から遮断されている予備隊内において、小説は数少ない娯楽だった。子供が読むような幻想小説や恋愛小説よりも、予備隊内では剣豪小説が好まれた。剣に生き剣に散る男たちの生き様や、手に汗握る決闘の駆け引き、そして小説ならではの荒唐無稽な剣技の技が予備生に限らず少年剣士たちの心を掴んでいた。
「そうだそうだ、レーケンス3周したから……なんだこれ、新しいぞ」
書棚の一番下の段に置いてある『リィア戦績』に新しい巻が増えていた。それは今までの大きな軍事行為についての資料が閲覧できる形にまとめられたものであった。
「一番新しい戦績ってことは……」
震える手で『リィア戦績』の最新巻を手に取ると、表紙には「エディア攻略」と記されていた。
(やめよう、今見るものじゃないよ)
(そうそう、そういうのは今は見ない方がいい)
「そう言っても気になるじゃん……」
ランプの明かりで浮かび上がった文字を読み取る。そこには6年前にあった開戦時の状況と災禍の詳細、そして敗戦国として処刑されたエディアの王族と精鋭たちの名前、最後に壊滅した首都の復興計画とリィアから派遣された暫定長官たちの名前で締められていた。
ティロはその場で戦績の詳細記録に一通り目を通した。
「嘘だ……」
戦績によると、開戦宣言は災禍の前日に行われ、両者の緊張状態が最高潮に達したところで災禍の知らせがあり、エディアとリィアの両軍が首都に駆けつけたとなっていた。
少なくとも開戦の知らせがあれば、まず真っ先に父から連絡が来ただろう。それに災禍の発生した時刻も夕方直前となっているが、記憶ではまだ明るく日は空の上にあったはずだ。リィアの調査によると最初の爆発の原因はエディア軍の火薬の保管の不始末とあったが、記憶によれば最初に倉庫街で火事があったはずだった。
おそらく証拠となるものは何もかもが爆発霧散してしまっているに違いない。戦績の被害状況を見ると、やはり管理区まで延焼して自分たちが脱出した後の深夜に焼け落ちてしまったとなっている。真実など今となっては誰も調べることができないだろう。
(ジェイド、やっぱり見るのをやめよう)
(これ以上見ると体に毒だ)
「でも、俺は目を背けちゃいけないものだ。いつかは向き合わなきゃいけないものだから……」
処刑者リストは膨大であった。ビスキ攻略の際はビスキを治めていた公爵一家とその側近のみを処刑したため、各地で反政府勢力が活発になったという反省からか、降参したエディアの精鋭たちは有無を言わさず次々と処刑されたそうだ。王族に始まり、親衛隊、王家に仕えるとされた御三家、そしてその家族も反乱分子と見なされ子供でも容赦なく殺されている。
「あ……」
王族全員の名前は覚悟していた。父と祖父も、立場的にわかっていることであった。しかし、叔父一家全員の名前を見た瞬間、それまでなかったことにしていたものが溢れてきた。
「何だよ……嘘だろ……」
ソティス・カランに妻のエオマイア。その子供たちのミルザムとフィオミア。彼らの名前がしっかりと処刑者リストに書いてあった。
「どうして……フィオ姉まで……まだ10歳だったんだぞ……?」
在りし日の叔父一家のことを思い出して、目の奥が熱くなる。
「でもさ……ミル兄は城に行って、叔母さんとフィオ姉に会えたってことなんだよな……よかったじゃないか、よかったんだよな、きっと……」
その他にも、名前を見れば顔を思い出す面々が次々と処刑者リストに載っていた。
「ロックスたちがいない……生きてるかな。あんな状況だ。ここにいないってことは、生きてないだろうな」
ファタリス家の処刑者を見ると、幼馴染みのロックスの名前がなかった。同時に彼の母と妹の名前もなかったので、彼らは災禍で命を落としたのかもしれない。他にも名前のない者が何人もいた。特に港湾警備隊として港で仕事をしていた者たちの名前は悉くなかった。
もちろんそのリストにジェイドとライラの名前はなかった。ほっとしたような、仲間はずれにされたような不思議な感覚だった。その後の首都の復興計画などまるで興味はなく、戦績を閉じて棚に戻した。不思議とそこに父と祖父、そしてエディア王家がいるような気がした。
「みんな、また来ます。俺はまだそっちに行けないみたいです」
どこまでも続きそうな気持ちに区切りをつけるように口に出した。戦績から離れようと休憩室を後にする。本来なら戦績の中にいなければならない自分がこんなところでのうのうと生きていることが腹立たしく、そして皆に置き去りにされたような悲しさがあった。
その日の夜は何もする気が起きなかった。ただランプを消してぼんやりと暗い廊下に座り込んで、自分の腕で肩を抱く仕草を続けた。
(大丈夫、エディアの英霊がついてるんだ)
(そうだ、大丈夫だ)
「大丈夫、大丈夫、大丈夫……」
常に喉元に突きつけられている刃が近くなったような気がした。予備隊で仲間が出来たような気がしたけど、やはりリィアにいる以上完全に心を開いてはいけないことを再確認し、その日の夜は更けていった。




