親友
リンク:懐旧編第2話特務予備隊「選別」
予備隊に入れられて3年ほどが経ち、ティロも12歳になっていた。予備隊生活において一番の悩みだった狭い寝床も、11歳以上かつ在籍1年以上という条件に当てはまったことで蚕棚から1人につきひとつベッドがある6人部屋に移ることができた。相変わらず訓練は辛かったが、シャスタや気の合う予備生たちと一緒に過ごせることでティロの精神もかなり落ち着いていた。
有象無象であった新人の頃に比べると生き残った連中はやはり格が違うとティロは思っていた。ただの悪ガキたちから選別された人材はティロが最初から優秀だと思っていた者ばかりで、上級には11番のハーシアと17番のレシオ、下級には41番のリオと45番のノット、そして同級には29番のシャスタがいた。
シャスタは相変わらずティロに纏わり付いてきていたが、以前のように他の誰かと話をしていて機嫌を損ねるようなことはなくなってきた。それどころかようやく他の者と打ち解けるような姿勢も出てきて、ティロは安心しているところであった。
***
「どうかしたか?」
自主鍛錬中に手合わせをして、急にシャスタが難しい顔になった。
「いや、お前また剣技上手になったな、って」
「そうかな、こんなもんじゃないかな」
ティロは持っていた模擬刀を降ろした。
「こんなもん、で済むようなものじゃないと思うけど」
その言葉にティロは軽く動揺した。
(まさかこいつ、俺の正体見抜いていたりしないよな……まさか、な)
そう言えば最近は上級の予備生でも相手にならなくなってきて、教官に指導してもらうことが増えていた。
「じゃあ、試しに真面目に手合わせでもするか?」
「しない。絶対勝てないから」
予備隊に入れられた頃は左手での剣技に馴染んでいなかったことと、実力を小出しにしていたことで何度もシャスタに花を持たせることが出来ていたが、最近はシャスタにもわかるほど本来の実力が出てくるようになってしまった。
(また拗ねられると面倒くさいな……でも剣技で負けるのは何か嫌だ)
「わかった、何でもありでいいから」
何でもあり、とは2人の間だけで使われる言葉だった。剣技の手合わせを建前にしてどんな手段でも相手を制圧した方が勝ち、という予備隊ならではの特別な手合わせだった。
「言ったな?」
模擬刀を構えれば特に合図はいらなかった。気心の知れた相手と剣を交えるのはいつでも楽しいものだった。シャスタと手合わせをするとき、いつも誰かのことを思い出しそうになっていたがなるべく目の前の相手に集中することで余計な感慨を吹き飛ばしていた。
(純粋な剣技だけなら俺はまだ誰にも負ける気はしないけど、それ以外の何かを使われたら俺は負ける。総合的な力では間違いなくこいつのほうが格上だ)
単純に相手を制圧するだけなら、圧倒的にシャスタの方が技量があった。ナイフを使った勝負や道具を一切使わない体術では彼の方に利があった。剣を交えている間に剣を捨て、相手が怯んだ隙に懐に潜り込む戦法は彼の得意とするところであった。
(何だよ、いつまで剣で勝負してくる気だ?)
ティロはシャスタが勝負に出るのを待っていた。ティロとしてはシャスタが剣を捨てる瞬間を捕らえたかったのだが、シャスタはいつまでも剣技にこだわっているようだった。
結局しびれを切らしたティロは一気に間合いを詰めると横薙ぎを叩き込んだ。
「何でもあり、って言ったくせに結局剣しか使わないじゃないか!」
「そっちこそ、別に剣以外でもよかったのに」
(またこいつ意地張って剣だけで勝負しかけてきた……そんなことしなくても十分俺に勝てるのに、どうして剣にこだわるんだろう?)
いつも一緒にいるはずなのに、ティロはシャスタの肝心なことは未だによくわからないことのほうが多かった。
(いや、俺が剣にこだわってるだけだからこいつも俺に合わせてくれてるのかな……)
「お前の攻撃が速すぎて剣以外を出す暇なんかないんだよ、もっと隙を作れ」
「そんなん無理だよ」
軽口を叩かれたところで再度模擬刀を構えようとすると、見慣れない人物が近づいてきた。
(……特務の査察官だ)
ティロは一度模擬刀を下げた。定期的にやってくる査察官は適性を見定めているのはもちろん、予備隊内でのいざこざを監視している面もあった。
「29番。先ほどの試合を見せてもらったが、なんて様だ」
ちらりとシャスタの顔を見る。査察官に負けたところを見とがめられたことで何か良くない判断を下されるのではないかと顔色がよくなかった。
「……しかし、相手が32番か。善戦していたぞ」
(よかった。そうだよな、たかが自主鍛錬で適性を審査されてたまるものか)
「君たち二人は特に期待されているからな。これからも訓練に励むように」
「はい!」
査察官は満足げにその場を立ち去ろうとして、何かを思い出したかのように振り向いた。
「そう言えば君たち、ところでもし相手がリィアを裏切るなんてことになったら、お互いを斬れるかい?」
その言葉を聞いて、先ほどのシャスタ以上にティロの内心は荒れた。
(そうか……将来、俺がリィアに楯突くってなった場合、俺はこいつらを斬らなきゃいけないんだ……)
「そんな恐れはないだろうが、特務に上がればそういう任務もある。今日の友は明日の敵だからな」
査察官は半分くらい冗談で言ったのだと思った。しかし、現状でそれは冗談では済まないことを知っているのはティロだけだった。
「お前、あんな奴の言うこと真に受けるなよ。どうして俺たちが本当に殺し合わなきゃいけないんだ!?」
シャスタに肩を揺さぶられて、ようやく我に返ることができた。
(そうだな……もし俺が何かの間違いでエディア王家の仇を討つ、なんて本気で動くことになったら、俺は、みんなを、殺せるのか?)
リィアそのものに関しては恨んでも恨みきれないほどの感情があった。しかし、死にかけていた自分を救って受け入れてくれた予備隊には恨みどころか恩しかなかった。
「そうだ、そうだね……うん。そんなわけあるもんか」
嫌な妄想を振り払い、降ろしていた模擬刀を構え直した。
「よし、さっきの続きをするぞ」
(その時はその時考えよう……今は、ここでできる限りのことをする。どうせ一回死んだ身だ、きっと何とかなるに違いない)
再び剣を合わせながらシャスタを見る。彼も気持ちを切り替えようとしているようだった。
(こいつは何を考えてるのかよくわからないけど……俺もこいつも皆が幸せになる道を探さなきゃいけないのかもな。でもさあ……)
安心したシャスタの顔を見て、複雑な胸中を抱えている自分が少し嫌になった。
(俺たちの幸せって何なんだろう?)
予備生たちは、自分たちは幸せになってはいけないと思っている。それは自分にも言えた話だった。その中でも最大限幸せになる方法を探さなければ、とシャスタの剣を受けながら考える。
(とりあえず、俺は今こいつと手合わせが出来れば幸せ、かな)
模擬刀を手に、そう思い込むことにした。




