新人
「新人が来たってよ」
教官に連れられて歩いて行く見慣れない子供が来ると、予備生たちはぞろぞろと見物に行く。
「あいつ何やったんだろうな」
「俺すぐいなくなる方に賭ける」
「じゃあ俺はお前より剣技が強いに賭ける」
(別に誰が来たって変わらないと思うけどな)
そんな光景をティロは毎回冷めた目で見ていた。予備生たちが好き勝手騒いでいるうちに、新入りの少年が45番の認識票をぶら下げてやってきた。大体は初めてたたき込まれる環境におどおどしているものだが、その少年はやけに堂々としていた。
「おい、お前は何してここに来たんだ?」
新人に対する少年たちの関心事は専ら「何をしてここに連れてこられたか」であった。45番は罪状を口にするでもなく、自信たっぷりに言い切った。
「俺か? 俺はなんとエディア王子の生き残りなんだぞ!」
(は!?)
少年が笑われている中、ティロはひとり呆気にとられていた。
(俺は知らねえぞお前みたいな奴!!)
「嘘つけ! なんで王子様がこんなところにいるんだよ!」
「嘘じゃないぞ、この姿は世を忍ぶ仮の姿でな、本当は偉い偉い王子なんだぞ!」
再度笑いが起こる。エディア王家が災禍の後にどうなったのかは大体の者が知っていた。
「じゃあ、お前は処刑から免れたってのか?」
「そうだ、リィア軍から逃れるのは大変だったんだ」
「それなら、なんでこんなところにいるんだ?」
「いろいろあってな、ここにいることで処刑を回避する取り決めになったんだ」
ティロは心の中で思い切り頭を抱えた。
(なんだこいつ……俺はこんな奴と親戚になった覚えはないぞ!)
「そうかそうか、それならせいぜい頑張れよ、王子様」
「王子様か、これは退屈しないな」
周囲は誰も彼が本気でエディアの王族であると思っているわけではないようだった。
(そうだよな、なんでこんなところに王族がいるんだって話だよな……俺のことだよ、全く)
「変な奴が来たな」
「う、うん」
シャスタに小突かれてティロは賢明に平静を装おうとした。
(変な奴、だよな確かに。俺のことだよ、変な奴は)
背中に流れる冷や汗を感じながら、なるべく無関心を貫こうとした。
次の日、エディアの王子であった彼はついでにビスキの公爵家の血縁でもあると言い始めた。その次の日にはリィアで名高い大企業の社長の隠し子であり相続権があると言い、また違う日にはダイア・ラコスの秘密の血縁であるとも言い出した。
最初こそ予備生たちは面白がってからかっていたが、次第に彼の話を真剣に聞く者はなくなった。それでも彼は自分がどこかの名のある者の血縁であるという話を次々とした。あることないことを言うことで注目を浴びたがる「そういう奴」だということになっても、彼は嘘をつき続けた。実際に何をやって予備隊に入れられたのかというより、彼は虚言癖のほうがすっかり有名になってしまった。
***
「ちょっと手合わせしてみないか?」
初等の訓練を終えた虚言癖の45番に、ティロは話しかけた。あの日からどうしても彼のことが気になっていたのだった。
「いいですよ、まだ全然よくわかんないんですけど」
「エディアの王子なら、剣技が得意なんじゃないのか?」
(王族男子は爺ちゃんや父さんから剣技を習っていたからな……みんなそれなりに腕は立つんだぞ)
未だにティロは彼がエディア王家を騙ったことを根に持っていた。
「そうかもしれないですけど、俺王子なんで剣とか持ったことなかったんですよね」
45番はヘラヘラと剣を構える。まだその構えは初心者のもので、とても洗練されたものではなかった。
(どうする? ぶっ飛ばすか? それとも実演に持ち込むか?)
ティロは改めて45番と対峙した。個人的にはエディアの名を騙ったことが非常に腹立たしかったので洗礼代わりに一発キツい仕置きを与えたかったが、まだ剣技を初めたばかりの初心者相手にそこまですることも躊躇われた。
(さて、どうする……ん?)
45番は何となく剣を持って立っているようだったが、初心者特有の隙が一切見当たらなかった。それどころかどこへ剣を持っていっても止められてしまいそうであった。
(こいつ、本当に初心者か……?)
一瞬、胸が苦しくなった。エディア王家でないことは間違いのないことであったが、もしかすれば彼の騙っていた正体の中に本当の彼の姿があるのかもしれない。
(わからないから、とりあえず一発合わせてみる。それで様子を見よう)
ティロは45番にわかりやすい上段からの剣撃を繰り出した。初心者らしく45番はティロの剣を受けた。
(それならこれでどうだ?)
ティロは45番に次々と「実演」をしかけた。最初は初心者でも受けられる程度の剣撃であったが、彼の実力を知りたいために次第に剣の鋭さを増していった。それでも45番は易々と食らいついてきた。
(まだだ、こいつはまだ止められる)
ティロは内心焦り始めた。客観的に見れば、ティロの剣撃は既に初心者に止められるものではなくなっていた。ただ、公開稽古等で多くの剣士を見てきたティロだからこそわかることがひとつだけあった。
(こいつが初心者だっていうのは、本当だ。ここに来るまでに剣技を余所で習得した痕跡がない。つまり、こいつは……)
ティロの剣捌きをひととおり受けきって、45番は剣を降ろした。
「楽しいですね、剣技って」
戯れるように模擬刀を持つ45番を見て、ティロは確信した。
(こいつは、紛れもない天才だ。畜生、もしかすると俺より強いかもしれない……)
虚言を吐いたことなどティロはどうでもよくなった。今まで同年代相手では負けを知らないティロは、自分の存在が脅かされたような気分になっていた。




