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【絶望ノワール2】救世主症候群・全容編【閲覧注意】  作者: 秋犬
亡霊編 第4話 特務予備隊
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実演訓練

言及:探求編第4話特務予備隊時代「剣技の実態」

 32番の認識票をもらって、いよいよ特務予備隊での訓練の日々は始まった。何故か他の子供たちと最初は離されて、訓練のときだけ混ぜてもらうという扱いを受けていた。


「最初はみんな、こんなものなのかな……」


 寝室は面談室のひとつを割り当てられ、そこに簡易的な寝床を設けられていた。


(まあ、部屋の中ってだけで随分上等な場所だと思うけどね)

(落ちるところまで落ちると、何でも有り難くなるもんだな)


 路上で肩掛け1枚にくるまって休んでいたときのことを思えば、ここの環境は天国にも思えた。


(飯は出る、寝床はある、剣は持てる。それだけでいいじゃないか)


 相変わらず夜は眠れなくて、面談室の窓から外を見ていた。月明かりが静かに予備隊の敷地内を照らしていた。他の予備生たちは訓練で疲れ果ててぐっすり眠っていると思うと、やはり世界中でひとり取り残された気分になる。


「でもさあ、いつまでこんなことをしなくちゃいけないんだろう」


 様々な訓練に混ぜてもらったが、剣技を始めほとんどが初等の訓練だったために気絶するほど体力を消耗するまでには至っていなかった。


「うちに帰りたいな……」


 寂しくなって胸が痛むときは、姉の指輪を握りしめた。姉の存在を思い浮かべるだけで何とか少しでも生き延びようという気力が沸いてきた。首から下げている指輪については一度指摘されたが、なくなると困る大事なものと言うとそれ以上の追求はなかった。


「姉さん、僕頑張るからね……」


 姉の指輪と、新たにもらった32番の認識票が自分の存在の全てだった。


***


 3日ほどひたすら素振りを続けて、左手の素振りも少し様になるようになってきた。それから意識して左手を使うようにすることで、怪我のために衰えた筋力も付け直す必要があった。


「そろそろ、実際に手合わせでもしてみましょうか」


(手合わせ!? やった!!)


 クロノは修練場の向こう側で手合わせをしていた予備生をひとり呼んだ。29番と呼ばれた彼は勢いよくこちらへ走ってきた。


「新人よ、思い切り鍛えてやってちょうだい。違反にならない程度に」

「はい、任せてください」


 29番は模擬刀を構えた。鳶色の髪をした、自分と同じくらいの歳の少年だった。


(こいつ……結構出来るな。多分経験はかなりある。実演で手加減はいらないくらいの奴。いいな!)


 剣を構えられると、無意識で相手の分析をしてしまう。剣の持ち方や姿勢ひとつで相手がどれだけの経験を積んできたかを考え、それに合わせて実演の難易度も考えてしまう。


「それじゃあ行くからな!」


 29番が挨拶もそこそこに踏み込んできた。


(やっぱり速いな! 剣技はそう来なくちゃ!)


 上段から真っ直ぐやってくる29番の剣を弾く。そこでようやく致命的な過ちを犯したことに気がつき、頭が真っ白になった。


(まずい! つい普通に受けてしまった! どうしようどうしよう!)


 久しぶりの手合わせということで舞い上がってしまい、素人の振りをするのをすっかり忘れてしまった。相手の29番も新人と聞いていたせいか、どう見ても新人と思えない動きをされたことですっかり驚いているようだった。


(まずい!! 本当にお前は素人かって顔してる!? そりゃそうだ!! うわあどうしようどうしよう!!)


「あのさあ……今のは」

「まぐれ! まぐれだから!」


 29番が何か言おうとしたが、先回りしてなんとか誤魔化す。


「いや、でも今のは」

「適当に振ったら当たっちゃった! もう一度お願いします!」


(とにかく仕切り直して、今度こそ素人っぽいところを見せないと!)


 状況の立て直しのために必死で「素人っぽさ」について考える。


(えーと、実演! 俺は実演で素人に合わせる! 相手は素人じゃないけど、俺が素人で、えーと、とにかくわざと負ける! 負けろ俺! どうやって負けるんだ!? できるだけ無様に負けて見せろ!)


 腑に落ちない顔をしている29番に再度手合わせを願い、今度は真面目に素人っぽい構えをとった。


(幸い今のは教官には見つかってない……こいつさえ黙らせれば、多分何とかなる!)


 再度29番と対峙する。29番は先ほどより警戒してしっかり剣を構えているように見えた。


(こいつを黙らせる!? いや違う、俺が黙るんだ。俺が黙らせられる? 何だろうな、とにかく力を思い切り抜く!)


 剣撃に鋭さを持たせるには、しっかりと剣を持つことが必要になる。つまり、わざと剣を持たなければ剣撃にも力は入らない。


(剣を落とさないくらいの力で持って、おそらく素振りの動きしか出来ないから一直線だけ見る! 他は見ない! 剣を極める者、物事は全て広く見るべしの反対だ! 俺は相手の剣を見ないぞ!)


 不思議そうな顔をした29番が踏み込んできた。相手がどんな手を打ってきても、ひたすら自分の剣先だけを見つめ続けることにした。


「いてっ!」


 相手の剣を受けて、わざと模擬刀を弾き飛ばされたことにする。それから大げさなくらい倒れてみせた。


「……大丈夫か?」


 やはり29番は不審そうな顔をしている。少し素人のふりが大げさ過ぎたのかもしれない。


「あ、大丈夫大丈夫! すごいな、君強いな! どうすればそんなに強くなれるんだ!?」


(こんだけ負けてやったんだからもういいだろ! お前の勝ちだ、参ったか!)


 冷や汗をかきながらやけくそで精一杯誤魔化していると、29番はようやく警戒を解いたようだった。


「じゃあさ、まずは相手の剣先をよく見るところからやってみるか?」

「は、はい!」


(よかった! 何とか素人扱いしてくれたぞ!)


 それから教官が来るまで、29番に少し剣技の指導を受けた。今度は相手の言うとおりにだけ体を動かせばよいので楽だった。素人のふりをしくじったことで一度死にかけた精神が、徐々に生き返ってくるのを感じていた。


(やっぱり誰かと手合わせするの楽しいな……俺がもう少し上達したら、こいつと本気で手合わせしたい。ところで、俺はいつ上手になればいいんだろうな?)


 剣を持っていると、それまで抱えてきた殺されるのではないかという恐怖や死にたい気持ちがきれいに洗い流されるように思えた。そんなとき、やはり自分は剣に愛されて生かされているとしみじみと思うのだった。



本格的に特務予備隊に入りました。探求編でシャスタが語っていた「何故かあいつもビビっててさ」はかなりビビってました。この辺りから「絶対にばれてはいけないリィア軍生活」がスタートします。

次話、ロッカー事件と名乗る名前を決める顛末です。

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