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【絶望ノワール2】救世主症候群・全容編【閲覧注意】  作者: 秋犬
亡霊編 第3話 透明な存在
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安静


 警備隊員に病院に連れてこられ、安静を余儀なくされてから数日が経っていた。医者などから何度か名前などを尋ねられたが、それらには反応をしないでいるうちに誰も何も尋ねてこなくなった。


「結局さ、俺ってどうなるんだろう」


(全くわからない)

(生きていていいのかな、それとも死んだ方がいいのかな)

(少なくとも、簡単に殺されるってことはなさそうだな)

(どこかそういう子供の施設に連れて行かれるのかな)


 筆談で眠れなくて苦しい旨を伝えると、睡眠薬が処方された。最初は夜になったら飲むようにとまとめて何日か分を渡された。しかし数時間もしないで目が覚めてしまうため、繰り返し使用しているうちにもらった分を1日で使い切ってしまった。呆れた看護婦により睡眠薬は夜に1錠のみ手渡されるようになってしまった。


(何だよ、いいじゃないか別に多く使ったって、辛いんだから)


 入院することで寒さや飢えと闘うことはなくなったが、不眠と悪夢はどうしようもなかった。眠ろうとすると土が纏わり付くような気分になるし、眠りに落ちれば悪夢がついてくる。大抵は姉と埋められる夢だったが、たまにアルセイドの手を放してしまう夢や炎の中にひとりだけ取り残される夢も見る。


 夜中に目が覚めてしまった後は、部屋の窓から外を眺めていた。窓には格子がついていて外には出られそうになかったが、冷たい夜の風を受けると少しだけ冷静になれる気がしていた。そして、これからどうなるのか不安で押しつぶされそうになった。


「できれば、このまま意識がなくなって永遠に目覚めなければいいのに」


 睡眠薬を飲む前に祈りとも呪いともつかない言葉を唱えてみる。祈りはどこにも届くことはなかった。


***


 それでもベッドでしばらく安静に過ごすうちに、少しずつ体力が回復していくのを感じていた。清潔な環境で、安定した食事を取ることのありがたさが骨身に染みた。体が元気になるにつれて心に流れ込んできていた暗くて冷たいものが少しずつ小さくなってきていたが、完全にどこかにはいかなかった。


 相変わらず胸の痛みと息苦しさは幾度となく襲ってきたので医者に筆談で胸の痛みを訴えたが、体に問題はないという。医者が言うには、喉が塞がって声が出ないのと胸が痛いのは繋がっているのではないかということだった。


(つまり、声が出れば少しは楽になるってことなのかな。声は出せるんだけど、誰かが目の前にいるとどうしてもダメなんだよな……やっぱりおかしくなってるんだ。一度死んでるんだものな、どうしようもないな)


 入院してから2週間ほどで捻挫をしていた右足の怪我はすっかりよくなっていた。心配だった左肩も医者が言うには問題ないとのことで、胸の痛みと不眠、人前で声が出せないこと以外はすっかり回復したようだった。


「今したいこと。夢も見ないで朝までぐっすり眠ること。思い切り剣を振ること。誰かと話をすること。海を見ること」


 誰もいないところで声を出す練習をする。とりあえず思っていることをそのまま口にすると、言葉はすらすらと溢れてくる。


「剣……そういえばずっと鍛錬してないや。鈍ってるだろうな。父さんに叱られる。なんだお前、俺が死んだくらいで怠けやがって、そんなんじゃ公開稽古は背負っていけないぞ、なんて……言って……」


 死んだはずの父の声が聞こえてきたような気がした。


「また父さんに叱られたって……アルに愚痴ってさ……でも君以外みんな死んじゃったんだから仕方ないよねって言ってもらって、さ……家に帰ったら姉さんがいてさ……キオンとスキロスと散歩に行ってさ……そしてミル兄と鍛錬してさ……エマ叔母さんとフィオ姉が夕飯を一緒に食べようって呼んでくれてさ……」


 安否の知れない叔父一家のことを思い出した。避難所で聞いた噂ではカランの名を持つ者は全員処刑されたと聞いていた。叔母や年の近い従姉妹まで処刑されたのであれば、リィアは何故そんな惨いことをするのかと理解できなかった。 


「せめて、海が見たいな……誰かと2人で、のんびりさ……」


 窓の外を眺めても、見えるのは黒々とした街並みだけだった。エディアにいた頃大好きだった、窓から吹き込んでくる海からの風が恋しくてたまらなかった。


「声、出せるんだよ。どうして、人前だと声が出ないんだろう……僕はここにいるのに、いないことにされてるみたいで、すごく嫌だ」


 警備隊に捕まってから、たくさんの人と話をしなければいけなくなった。そこで改めて声が出せないことがもどかしくて仕方なかった。大声で怖い、助けてと叫びたかった。嫌だと拒否したかった。お腹が空いた、足が痛いと訴えたかった。それでも声は喉の奥に張り付いたように出てこない。


「話が、したいな……そう、誰でもいいや、独り言じゃない、話し相手……」


(僕らじゃ物足りない?)


「うん……申し訳ないけど、君らは結局僕じゃないか。僕じゃない誰かと話がしたいんだ」


(話って、何の話をするんだ?)


「わからない。僕の話をしなくても、誰かの話を聞くだけでもいいかもしれない。とにかく、ここから出ないと無理だろうね」


 延々と続く独り言にも限界が来ていた。日付を見ると、港が吹き飛んだ日から1年が経とうとしていた。1年もまともな会話をしていないと思うと、ますます自分はやはり死んでいるのではないかと思った。



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